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学院編 8 期末試験を乗り越えろ

237 悪役令嬢は熱に蕩ける

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「誘導尋問だわ!」
「そうかしら?私は殿下のご判断を待っているだけですわ」
ハーリオン侯爵夫人そっくりの高圧的な微笑みだ。高飛車令嬢モードに入ったマリナを止められる妹達はここにはいない。
腕に胸を摺り寄せ、上目づかいでセドリックを見つめ、アイリーンは甘えた声を出した。
「私、セドリック様とぉ」
「放して、くれないか……」
動揺したセドリックの声は小さかった。マリナはさらに苛立った。
「お放しなさい!殿下の声が聞こえなかったの?」
一喝するとアイリーンはビクッと肩を震わせた。すかさず腕を払い、セドリックを引き離す。
「殿下、私の話は、ここでお話しするのは憚られますので、自習室までお付き合いくださいませ」
アイリーンの前では腕輪を渡せない。
――時間がかかってしまうわね……ゴメン、アリッサ。
目が据わったマリナの美しさに、セドリックは息をするのも忘れていた。
コクコクと頷き、彼女の手を取って教室を後にした。

   ◆◆◆

「マリナちゃん……遅いなあ……」
階段の傍で待てと言われ、アリッサは小さくなって待っていた。一人でいるのも怖いが、知らない上級生がたくさん歩いているだけで、緊張して吐きそうだ。それでなくとも、これから腕輪を渡しにレイモンドの教室を訪ねなければならない。
「レイ様……」
ポケットに入れた腕輪に触れると、冷たい金属の質感が頭をクリアにしていく。
腕輪を渡さなければ、レイモンドは確実にアイリーンの魔法にかかる。彼がアイリーンといるところを見たくないからと言って、将来的な危険を回避する術を奪ってしまってはいけない。
――うん。頑張って渡すわ。
マリナが帰ってきたら、自分の意気込みを話そうと心に決め、アリッサは目を閉じて頷いた。
「おや、アリッサさん」
ドキン。
不意に声をかけられ、アリッサの心臓が跳ねた。
――この声は。
恐る恐る目を開け、こちらを見つめる瞳と視線が合う。
「マックス先輩……」
「二・三年の教室にいらっしゃるとは珍しいですね。……ああ、そう言えば」
「何ですか」
間合いを詰めてきたマクシミリアンを下から睨むようにしながら、アリッサは一歩後ずさった。

「噂を聞きましてね。どうやら非常に男の心を掴む令嬢が現れたようで、あなた方姉妹が婚約者に捨てられたと」
「捨てられてなんかいません!」
「ふふっ。これでいよいよ、私にも運が向いてきたと喜んでいたのです」
マクシミリアンは灰色の瞳を細めた。また一歩間合いを詰められ、後退したアリッサは、自分の背中が壁にぶつかったのを感じた。
「アイリーン・シェリンズに一番入れあげているのは、セドリック会長ではなく、実はレイモンド副会長だとか」
「レイ様は違いますっ」
ドン。
マクシミリアンはアリッサの頭の上の壁に肘をついた。背の高い彼に腕で上から囲われるような体勢になる。長い指がアリッサの頬から耳を撫でていく。
「……いい加減、諦めろ。いつまでも成長しない婚約者(おまえ)に飽きたんだろうさ。泣いてばかりで姉離れもできない、愚図なお前に、あの男も愛想を尽かしたってところか」
頭の上から絶望的な言葉が降ってくる。
「……信じません」
「チッ。強情だな。……まあいい。せいぜい悪あがきしてみろよ。没落したら囲ってやる」
――没落?囲うって……?
マクシミリアンは薄く笑って身体を離し、少しアリッサと距離を取ると、
「ほら、取れました」
とゴミを払う仕草をした。
「美しい髪にゴミがついていましたよ。気づいてよかったですね」
抑揚のない声で言い、優しく笑う彼の瞳は、どこまでも冷たく昏く輝いていた。

   ◆◆◆

「痛いよマリナ、ねえ、少しゆっくり……」
セドリックの訴えに耳を貸さず、マリナはぐいぐいと腕を引っ張って彼を自習室へ連行した。二時間目と三時間目の間の休み時間は、時間が中途半端なので自習室を利用する生徒はいない。もつれるようにして二人は部屋に入った。
「マリナ……あの」
セドリックの手を掴み、ポケットから出した腕輪をはめた。
「え……」
風魔法を呟き、腕輪にそっと触れる。腕輪はすぐに光って消えた。
「これ……」
「魔法除けの腕輪です。エミリーがコーノック先生にお願いして作っていただきました。アイリーンの魔法だけを除ける効果があります」
怒りにまかせて事務的な口調になってしまう。少しは優しくできないものかと、マリナは自分に嫌気がさした。
「僕がアイリーンに操られないように?」
「そうです」
「操られたら、マリナが泣いちゃうから?」
「そう……っ!」
セドリックは掌でマリナの頬を撫でた。温かさがじわりと伝わり、マリナの心を融かしていく。

「ねえ……名前、呼んでくれる?」
「え……?」
「怒ってるから、僕の名前、呼んでくれないのかな」
「あ……」
アイリーンと対峙している時から、いつの間にか彼を『セドリック様』と呼ばなくなっていた。ゲームの中のハーリオン侯爵令嬢のように、『殿下』と呼んでいたと、マリナは気づいた。
「怒ってなんか、いません……」
「本当に?」
至近距離から青い瞳に覗きこまれ、優しい声で宥めるように囁かれる。マリナの胸が否応なしに高鳴った。
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