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学院編 8 期末試験を乗り越えろ

231 公爵令息の作戦会議

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【レイモンド視点】

エミリーから伝令魔法が届いたのは夜遅くのことだった。
俺は目の前で腕組みをして憤るセドリックを宥めるのに苦労して、いや、一つも苦労していなかった。
「今日という今日は、レイにガツンと言わないとと思っているんだ」
「そうか。なら、ガツンとを聞こうか」
「昼食にアレックスとキースを呼んだのはいいよ。朝も一緒に通ってるし、僕達は仲がいいからね。だけど……」
「アイリーン・シェリンズがいたのが気に入らない?」
「当たり前だよ!あいつは僕を魔法でおかしくして、僕はマリナに酷いことを言ってしまったんだ。入学してからいつも、僕達の近くをうろうろしていたし、演劇の時だって……」
話し続けるセドリックを手で制し、俺は薄く笑った。
「お前の言う通り、あの女は危険だ」
「分かっているなら、どうして!」
「危険だからこそ、近くに置いて監視する必要がある」
「もっと危険じゃないか!また魔法で操られたらどうするんだよ」
「……手は打ってある。エミリーから連絡があった。明日にはお前にも届くだろう」
「何が届くんだ?」
「対アイリーン、魔法除けの魔導具だ。エミリーを通じて、コーノック先生に依頼し作っていただいた」
セドリックは目を丸くした。魔導具を作ったのが、国唯一の六属性魔導士だと知り、俺の本気度を感じたらしい。
「コーノック先生が作った魔導具があれば、俺達はアイリーンの魔法の影響を受けない。だが、あの女のしてきた悪事を白日の下に晒すためには、まだ証拠が十分ではない。スタンリーとグロリアの事件も、エミリーや先生はあの女の犯行ではないかと疑っていたが、宮廷魔導士達が調べても、罪に問うには決定打に欠けるんだそうだ」
「近くにいれば、ボロが出る……?」
「まあ、そういうことだ。シェリンズに、自分の目的が達成するかのように錯覚させる。あいつの目的は、お前や俺を自分の虜にすることだからな」
王位を狙っているとは、口が裂けても言えない。
推測の域を出ないが、アイリーンはセドリックから譲位されて女王になり、不要になった夫を『処分』するかもしれない、自分が即位するために現国王夫妻を……などと、セドリックが聞いたら卒倒するような内容ばかりだ。
「何人もの男を傅かせたいってこと?」
「らしいな。リオネル王子も言っていたと思うが、アイリーンが俺達の誰かと恋仲になれば、婚約者である『ハーリオン侯爵令嬢』が死ぬ。俺達全員を虜にしたら、恐らくハーリオン姉妹は……」
考えたくはないが、セドリックを説得するには一番の方法だった。自分が少し我慢してアイリーンを手元に置き、証拠を集めて罠にかければマリナが助かる。俺は、罠にかける、とは言うつもりはない。
「……分かった。あくまで監視するってことだよね」
「俺が様子を見る。ただし、俺一人では危険がある。コーノック先生の魔導具が発動せず、俺が『魅了』される可能性もあるだろう。お前やアレックスに傍にいてもらえると助かる」
「任せて!レイが『魅了』されたら、往復ビンタしてでも正気に戻してあげるよ」
にやり。
セドリック、お前、今邪悪な顔になったぞ。
「アレックスには言わないでくれ。あいつは素直すぎるから、あちこち筒抜けになる。魅了されたふりをしろと言ったところで、演技力は皆無だからな」
「レイは魅了されたふりをするの?」
「多少はな」
「アリッサに見られたらどうする?きっと傷つくと思うなあ。僕が魔法にかかった時、マリナだって泣いていたんだよ」
「悪いとは思っている。……アリッサに危険が及ばないように、しばらく距離を置くつもりだ」
セドリックは青い瞳を潤ませ、頭を左右に振った。
「……何てことだ」
「セドリック?」
「君はアリッサを心から大切に想っているとばかり思っていたよ。傷つけるような真似はしないって」
「ああ。アリッサを大切に想っているからこそ、俺は本気で幸せを掴みにいく」
潤んだ瞳を瞠り、セドリックは口をぽかんと開けた。

   ◆◆◆

眠そうに目を擦ったセドリックが部屋を出ていく。
まだ納得がいかないようだが、仕方があるまい。セドリックにはしばらくアイリーンの標的として俺の隣にいてもらうか。
足音が遠のき、しばらくして見計らったようにドアがノックされた。マーゴが応対に出る。
「レイモンド、夜分遅くに申し訳ありません。少し話せますか?」
隣室のハロルドが辺りに気を配りながら、人目を憚るようにして立っていた。

「ユーデピオレをご存知ですか」
テーブルに案内し、開口一番彼は俺に問いかけた。
「確か、種に解毒作用がある……」
「ええ。貴重な植物で、我が国から輸出が禁じられています。その非常に貴重な種が、ビルクール海運によって輸出されているそうなのです」
「ビルクール……ハーリオン家の貿易会社で?」
瞳を伏せて、ハロルドは唇を引き結び、静かに耐えるように頷いた。
「表向きは当家の関連会社が販売していることになっています。当家では一切関知していないのに、です。」
「何者かがハーリオン家の名を騙り、私腹を肥やしているということか」
「問題はそれだけではありません。売っているのは実はピオリの種なのです。解毒作用のあるユーデピオレだと信じて、何の効果もないピオリの種を服用したら、効果が出るのを待っている間に手遅れになってしまいます。命にかかわるのです」
震える手が、ハロルドの真剣な気持ちを代弁していた。

「アスタシフォンの港町ロディスで、ビルクール海運の社員が売られていた種を入手し、父へ届けたのです。私が調べたところ、種はピオリのもののようでしたので、本物のユーデピオレの種と見比べて確認しました。やはり、全く違うものでした。人々は本物のユーデピオレの種を見たことがないから、簡単に騙されたのでしょう」
「どこでそれを?」
「王宮です。研究のためと称して、特別に見せていただいたのです。赤ピオリの種とともに、厳重に保管されていました」
ハロルドは自由課題で植物の研究をしている。ハーリオン侯爵領にいた頃からの趣味らしい。
「赤ピオリ?それも解毒剤なのか?」
ピオリの花は白ではないのか。
「いいえ。劇薬で、かなり強い毒性を持ちます。赤い花が咲いた年のピオリの種を絞った油です。本によれば、油は微かに僅かに赤みを帯びる程度で、古くはよく食事に混ぜて暗殺に使われたとか」
「何者かが輸出している種に、赤ピオリは混入していないのか?我が国が毒を輸出しているとなれば、外交問題だぞ」
「分かりません。売られている種の産地も不明なのです。回収しようにも、販売先がどこなのか義父も掴みかねていて……」
毒薬で死者が出たとなれば、アスタシフォン王国は我が国を攻める大義名分ができる。大きくもないグランディア王国を得たところで、たいした利はなさそうだが。ハーリオン家の事業で戦争を招いたとなれば、親友であっても国王陛下はハーリオン侯爵を罰するだろう。我が父上もハーリオン家との縁組を考え直し、アリッサとの婚約は流れてしまうかもしれない。
「分かった。俺もできるだけ協力しよう。ハーリオン家が罰せられて零落れていくのは耐えられないからな」
「よろしくお願いしますね」
ハロルドは儚く笑った。
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