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閑話 悪役令嬢がRPGだなんて聞いてません!

悪役令嬢がRPGだなんて聞いてません! 10(終)

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「……分かった。力になろう」
黙って話を聞いていたマシューが口を開いた。
「力に……まさか、あなたが!?」
驚いたセドリックの前で、マシューは着ていた黒い外套を脱いだ。
バサリ。
蝙蝠のような羽根が、ところどころ切れ目のあるロック衣装から現れる。
「俺は単なる魔族だ。離島に住んでいる。皆が勝手に魔王と呼ぶが」
堂々とした彼は、毎日実物を見ているエミリーも惚れ惚れしてしまう。
「マシュー、さん?いいんですか?」
エミリーが耳打ちをする。
「ああ。あの程度の小悪党、俺の敵ではない。……姉を助けたら、お前の笑顔が見られるのだろう?」
口の端を少し上げて、目だけで笑う。堪らなくセクシーな、余裕がある大人の微笑だった。
――っ!今その顔するなんて反則!
「……お願いします」
「……だそうだ。国王に手を貸すのは、俺の花嫁の機嫌を取るためだ。国王に従うわけではない」
「構わないよ。……どんな代償でも……僕の命を差し出してもいい。だから……」
「フン。そんなものは要らん。……そうだな、王都に被害が及ぶのを嫌うなら、魔女を物理攻撃で弱らせ、結界魔法を張ってから仕留めるのがいいだろうな」
思わせぶりに言い、マシューはアレックス達をぐるりと見回した。
「よし!私が剣でボコボコにしてやる!」
ジュリアは勢いよくベッドから立ち上がった。身体がふわりと浮いた。

   ◆◆◆

ドタン!
「……いっ、たあ……」
ベッドから落ちたジュリアは、強打した背中を摩った。
「なんで……あ、寮の部屋?」
大きな物音に気づいたリリーがドアをノックする。
「お嬢様、入ってもよろしいですか」
「いいよ」
二人のやりとりで夢から醒めたマリナが、何度も目を瞬いた。
「……夢、終わったの?」
「んー……あれ、起きたの?皆」
テーブルの上に置かれた腕輪の説明書を手に取り、マリナは厳しい顔をした。
「同じ夢に入った一人が目覚めると、他の三人の夢もそこで途切れるようね。主となる腕輪を見につけた者の魔力が高い場合は、他の人の夢に影響を及ぼすとあるわ」
「そっか。私がベッドから落ちて目が覚めたから、夢が終わっちゃったんだ。私の夢にエミリーが出てきたのも、エミリーの魔力が高いからなんだね」
「私の夢にはとうとう三人が出て来なかったわ」
「うーん。マリナを助けようってとこまではいったんだよね。あとちょっとだったかな」
「エミリーちゃんの魔力が低くても、共夢の腕輪の魔力で同じ夢が見られたと思うの。だから、魔力が足りないとかそういうことではないよね。夢は終わったのに、エミリーちゃんはまだ寝てるみたい」
「もう朝だもの、遅かれ早かれ目覚める時間よ」
「じゃあ、何で起きないの?」
「寝たふりじゃないかしら」
「昔から首の後ろが弱いよね、ふっふっふ……」
邪悪な笑いをしたジュリアが飛びかかった。

   ◆◆◆

朝の登校、恒例のリアルモーセの後、幸せそうな笑顔のセドリックは、隣を歩くマリナにそっと告げた。
「僕、予知夢を見たんだ」
「予知夢?」
「正確には違うかもね。あんまりよくない怖い夢だったんだけど、一つだけいいことがあったんだ」
「そうですか」
何と相槌を打つべきだろう。マリナは適当に流そうとした。
「いずれ僕達が結婚して、王子が生まれたら……エルドレッドとウィルフレッドって名前はどうかな?」
「……え?」
「ゴメン……まだ子供の話なんて早いよね。王女かもしれないし……」
ごにょごにょ言っているセドリックの言葉は、マリナの耳には届かなかった。
――な、んで……夢と同じ!?

朝からアレックスの様子が変だと感じたジュリアは、決して視線を合わせようとしない彼の金の瞳を覗き込んだ。
「アレックス、こっち見てよ」
「だ、ダメだ。……俺、お前に顔合わせらんない」
「どうして?」
「夢、見たんだよ。アイリーンに寝室に来いって言われてさ」
「ハア?何それ!」
「行ってない!俺は行かなかったよ。で、お前が……私の夫に手を出すなって言ってくれてさ」
――ん?待てよ……この展開、どっかで見たな。
「ふーん。で、夫婦の私達はどうしたの?」
「皆と町の宿屋に泊まる話になって、……あー。この先はよく覚えてねえ」
赤い髪をガシガシと掻いて苦笑いをする。逞しい腕がジュリアの肩に回る。
「でもさ、俺……お前と同じ部屋になれなくて残念だって思ったんだよ」
少し掠れた吐息交じりの声で耳元に囁かれ、ジュリアは息が止まりそうになった。

   ◆◆◆

一時間目が始まる前に、突如エミリーの傍の空間が白く光った。
「来い」
有無を言わさず、マシューに転移魔法で連れ去られた。着いた先は、独身寮の私室だった。
「……朝っぱらから何?」
「『共夢の腕輪』を知っているな」
――ぎく。知っているも何も……。
「あれは強力な魔法効果を持つ魔導具だ。魔力が少ない者が使うならまだいいが、魔力が高い者が使うと周りに影響を及ぼす。……分かるな?」
「私が使ったから、影響が出たと?」
「昨晩、増幅されたお前の魔力を感じた。もしやと思って俺はすぐに寝た。案の定、お前が見ている夢が俺を巻き込んだ」
――待て待て待て。ということは、あの夢の中のマシューは、現実の彼と同じ……?
「さっきから私、一方的に責められてるみたいね」
「当然だ。使用した者に非がある」
「夢の中でしたことは、どちらに非があるの?」
「うっ……」
「唇を味見したり、ベッドに押し倒したり、ネグリジェに着替えさせるのは……」
「い、言うな!」
真っ赤になったマシューの周りに、一気に魔力が溢れだす。強いミントの香りが漂う。
「と、とと、とにかく。あの腕輪は今後使用禁止だからな。後で寮の部屋に取りに行く」
慌てたマシューを下から見上げて、エミリーは不敵に笑った。
「照れるくらいならしなきゃいいのに……」
唇を尖らせるとマシューが微かに唇の端を上げた。赤と黒の瞳が熱を帯びて潤む。
「もう一度言ってくれ……俺を好きだと」
躊躇いがちにエミリーが口を開きかけた瞬間、一時間目が始まるチャイムが鳴った。
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