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学院編 7 学院祭、当日

222 少年魔導士は師を求める

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セドリックは急いで階段を下り、一階の廊下を走った。校舎裏が良く見える位置にある窓に近寄る。何者かが言い争っていたはずが、途端に声がしなくなったと気づく。
場所を移動したのだろうかと目を凝らせば、二人いた人影が一人になっている。いや、もう一人は立っている人物の足元に倒れているではないか。
――大変だ!
自分の危険を顧みず、セドリックは開け放った廊下の窓から外へ飛び出した。

「何をしている!」
王族の威厳をフル活用して、立っている相手に怒鳴った。
「セドリック殿下!」
「……君は……」
月明かりに目が慣れ、セドリックは自分の前に膝を折った人物を見て驚いた。「ノア、だよね。リオネルの側近の。……倒れているのは、えっと?」
「剣技科一年のジェレミー・デイガーです」
ゴロリ。
そんな形容が相応しいジェレミーは、ノアの足元で気を失っている。ノアが剣の達人だとしても、簡単には倒せそうにない頑丈そうな男だ。金髪に見間違えたのは、彼が被っていた重そうな兜だったのだと分かった。胸当ても腕も脚も完全装備なのに一撃で倒されたのだろうか。
「何があったんだ?」
「何も。お話を伺っておりましたら、突然昏倒されて」
「突然?どこか悪いのではないか?ロン先生を呼んで来よう」

踵を返したセドリックを、ノアが落ち着いた声で呼び止めた。
「……お待ちください」
「どうして?早くしないと……」
「殿下はお分かりになりませんか?……辺りに魔法の気配がいたします。恐らく彼が倒れたのは魔法による狙撃ではないかと」
「狙撃……」
ゴクリ。セドリックは唾を飲みこんだ。王族は常に命を狙われる可能性があると、父母や侍従から言われていたのに。野次馬根性で言い争う二人を見に来るのではなかった。
「私が彼から情報を引き出そうとしたからでしょう。……ああ、少し気配が薄れましたね。殿下、寮までお守りいたします。どうぞ私をお供にお連れ下さい」
セドリックが頷くとノアは立ち上がり、彼の一歩後ろについた。
「うん。ありがとう。……リオネルは帰っているんだね?」
「はい。私はリオネル様の命を受けて、ジェレミー・デイガーに話を聞いていたのです」
「リオネルが……」
ジェレミーはリオネルのクラスメイトだ。自分で話を訊けないのだろうか。
「ご自身でジェレミーを問い詰めると仰って聞かず、ルーファスが説得し、私が代わりに話を訊くことに致しました」
「そんなことだろうと思ったよ」

   ◆◆◆

偶然通りかかった警備員にジェレミーを任せ、二人はその場を離れることにした。
寮への帰り道、ノアはぽつりぽつりと話し始めた。セドリックが後ろにいた彼に隣に来るように言い、静かに語り合った。
「彼はリオネル様が統括を務める『仮装闘技場』に乱入し、多くの生徒に試合を挑みました」
「飛び入りの人?」
「単なる飛び入り参加であれば、リオネル様も彼を調べろとは仰いません。実行委員の話によれば、試合中に明らかに強さが上がったようなのです。丁度、劇の時間が始まる時間帯に」
「時間で発動する魔法、ってことかな」
ノアはしっかり頷いた。
「ジェレミーは魔法が使えません。彼に魔法をかけた者がいると、リオネル様は推測しておいでです」
「狙いは何だい?学院祭を混乱させるのが目的?」
「いいえ。それだけではないようです。まだ調べている途中ですので、はっきりとしたことは申し上げられませんが」
北風がノアの黒髪を揺らし、セドリックは寒風に自分の身体を抱きしめた。

   ◆◆◆

その日の夜遅く、レイモンドの私室を訪れた者があった。
「……何だ、キースか」
「嫌そうな顔をしないでくださいよ、レイモンドさん」
「俺はもう寝るところだ。くだらない用事なら……」
もう帰れ、と言いながらドアを閉めようとする。キースはドアに足を挟んだが、レイモンドに力一杯閉められて涙目になる。
「期末試験の問題を教えてください!」
「……は?」
「レイモンドさんは試験問題を暗記してしまうんですよね。僕にも過去の問題を教えてください」
「暗記しようとしなければ覚えていないぞ。一年生の期末試験など、覚えていると思うか?」
「……そうですか……」
がっくりと肩を落としたキースに、レイモンドは首を傾げた。
「授業を真面目に受けていれば答えられる問題ばかりだぞ。そう心配するほど難しくはない」
「ダメなんです。期末テストに僕の人生がかかっているんです!」
「大袈裟だな。期末テストなど、これから何度もあるだろう?何も一位にならなくても……一位はアリッサに決まっているだろうからな」
レイモンドはにやりと口の端を上げた。
「一位になろうなんて、僕には過ぎたる望みです。ただ、エミリーさんよりいい成績を取りたいんです」
「エミリーか。あいつは勉強をしていないようだ。余裕で勝てるだろう?」
「僕は魔法実技ではエミリーさんに敵いません。魔法薬学や魔法史も、エミリーさんはよく自分で勉強しているみたいなんです」
「ふむ……魔導師団長の孫として負けられない戦い、というわけか?」
「いえ……」
赤くなって俯いたキースは、レイモンドに思い切り不信感を抱かれているとは気づいていない。
「エミリーさんが負けたら、……僕の婚約者になってもらうつもりです」
「……」
「あの……」
「……」
「……レイモンドさん?」
「悪いことは言わないからやめておけ。あいつの背後には……いや、分かっていて挑むのだろうな。魔王の餌食になると」
「覚悟の上です」
キースは立ったまま握りこぶしを作っていた。震える手に気づいたレイモンドは、ふっと笑って彼を部屋に招き入れた。
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