379 / 794
学院編 7 学院祭、当日
222 少年魔導士は師を求める
しおりを挟む
セドリックは急いで階段を下り、一階の廊下を走った。校舎裏が良く見える位置にある窓に近寄る。何者かが言い争っていたはずが、途端に声がしなくなったと気づく。
場所を移動したのだろうかと目を凝らせば、二人いた人影が一人になっている。いや、もう一人は立っている人物の足元に倒れているではないか。
――大変だ!
自分の危険を顧みず、セドリックは開け放った廊下の窓から外へ飛び出した。
「何をしている!」
王族の威厳をフル活用して、立っている相手に怒鳴った。
「セドリック殿下!」
「……君は……」
月明かりに目が慣れ、セドリックは自分の前に膝を折った人物を見て驚いた。「ノア、だよね。リオネルの側近の。……倒れているのは、えっと?」
「剣技科一年のジェレミー・デイガーです」
ゴロリ。
そんな形容が相応しいジェレミーは、ノアの足元で気を失っている。ノアが剣の達人だとしても、簡単には倒せそうにない頑丈そうな男だ。金髪に見間違えたのは、彼が被っていた重そうな兜だったのだと分かった。胸当ても腕も脚も完全装備なのに一撃で倒されたのだろうか。
「何があったんだ?」
「何も。お話を伺っておりましたら、突然昏倒されて」
「突然?どこか悪いのではないか?ロン先生を呼んで来よう」
踵を返したセドリックを、ノアが落ち着いた声で呼び止めた。
「……お待ちください」
「どうして?早くしないと……」
「殿下はお分かりになりませんか?……辺りに魔法の気配がいたします。恐らく彼が倒れたのは魔法による狙撃ではないかと」
「狙撃……」
ゴクリ。セドリックは唾を飲みこんだ。王族は常に命を狙われる可能性があると、父母や侍従から言われていたのに。野次馬根性で言い争う二人を見に来るのではなかった。
「私が彼から情報を引き出そうとしたからでしょう。……ああ、少し気配が薄れましたね。殿下、寮までお守りいたします。どうぞ私をお供にお連れ下さい」
セドリックが頷くとノアは立ち上がり、彼の一歩後ろについた。
「うん。ありがとう。……リオネルは帰っているんだね?」
「はい。私はリオネル様の命を受けて、ジェレミー・デイガーに話を聞いていたのです」
「リオネルが……」
ジェレミーはリオネルのクラスメイトだ。自分で話を訊けないのだろうか。
「ご自身でジェレミーを問い詰めると仰って聞かず、ルーファスが説得し、私が代わりに話を訊くことに致しました」
「そんなことだろうと思ったよ」
◆◆◆
偶然通りかかった警備員にジェレミーを任せ、二人はその場を離れることにした。
寮への帰り道、ノアはぽつりぽつりと話し始めた。セドリックが後ろにいた彼に隣に来るように言い、静かに語り合った。
「彼はリオネル様が統括を務める『仮装闘技場』に乱入し、多くの生徒に試合を挑みました」
「飛び入りの人?」
「単なる飛び入り参加であれば、リオネル様も彼を調べろとは仰いません。実行委員の話によれば、試合中に明らかに強さが上がったようなのです。丁度、劇の時間が始まる時間帯に」
「時間で発動する魔法、ってことかな」
ノアはしっかり頷いた。
「ジェレミーは魔法が使えません。彼に魔法をかけた者がいると、リオネル様は推測しておいでです」
「狙いは何だい?学院祭を混乱させるのが目的?」
「いいえ。それだけではないようです。まだ調べている途中ですので、はっきりとしたことは申し上げられませんが」
北風がノアの黒髪を揺らし、セドリックは寒風に自分の身体を抱きしめた。
◆◆◆
その日の夜遅く、レイモンドの私室を訪れた者があった。
「……何だ、キースか」
「嫌そうな顔をしないでくださいよ、レイモンドさん」
「俺はもう寝るところだ。くだらない用事なら……」
もう帰れ、と言いながらドアを閉めようとする。キースはドアに足を挟んだが、レイモンドに力一杯閉められて涙目になる。
「期末試験の問題を教えてください!」
「……は?」
「レイモンドさんは試験問題を暗記してしまうんですよね。僕にも過去の問題を教えてください」
「暗記しようとしなければ覚えていないぞ。一年生の期末試験など、覚えていると思うか?」
「……そうですか……」
がっくりと肩を落としたキースに、レイモンドは首を傾げた。
「授業を真面目に受けていれば答えられる問題ばかりだぞ。そう心配するほど難しくはない」
「ダメなんです。期末テストに僕の人生がかかっているんです!」
「大袈裟だな。期末テストなど、これから何度もあるだろう?何も一位にならなくても……一位はアリッサに決まっているだろうからな」
レイモンドはにやりと口の端を上げた。
「一位になろうなんて、僕には過ぎたる望みです。ただ、エミリーさんよりいい成績を取りたいんです」
「エミリーか。あいつは勉強をしていないようだ。余裕で勝てるだろう?」
「僕は魔法実技ではエミリーさんに敵いません。魔法薬学や魔法史も、エミリーさんはよく自分で勉強しているみたいなんです」
「ふむ……魔導師団長の孫として負けられない戦い、というわけか?」
「いえ……」
赤くなって俯いたキースは、レイモンドに思い切り不信感を抱かれているとは気づいていない。
「エミリーさんが負けたら、……僕の婚約者になってもらうつもりです」
「……」
「あの……」
「……」
「……レイモンドさん?」
「悪いことは言わないからやめておけ。あいつの背後には……いや、分かっていて挑むのだろうな。魔王の餌食になると」
「覚悟の上です」
キースは立ったまま握りこぶしを作っていた。震える手に気づいたレイモンドは、ふっと笑って彼を部屋に招き入れた。
場所を移動したのだろうかと目を凝らせば、二人いた人影が一人になっている。いや、もう一人は立っている人物の足元に倒れているではないか。
――大変だ!
自分の危険を顧みず、セドリックは開け放った廊下の窓から外へ飛び出した。
「何をしている!」
王族の威厳をフル活用して、立っている相手に怒鳴った。
「セドリック殿下!」
「……君は……」
月明かりに目が慣れ、セドリックは自分の前に膝を折った人物を見て驚いた。「ノア、だよね。リオネルの側近の。……倒れているのは、えっと?」
「剣技科一年のジェレミー・デイガーです」
ゴロリ。
そんな形容が相応しいジェレミーは、ノアの足元で気を失っている。ノアが剣の達人だとしても、簡単には倒せそうにない頑丈そうな男だ。金髪に見間違えたのは、彼が被っていた重そうな兜だったのだと分かった。胸当ても腕も脚も完全装備なのに一撃で倒されたのだろうか。
「何があったんだ?」
「何も。お話を伺っておりましたら、突然昏倒されて」
「突然?どこか悪いのではないか?ロン先生を呼んで来よう」
踵を返したセドリックを、ノアが落ち着いた声で呼び止めた。
「……お待ちください」
「どうして?早くしないと……」
「殿下はお分かりになりませんか?……辺りに魔法の気配がいたします。恐らく彼が倒れたのは魔法による狙撃ではないかと」
「狙撃……」
ゴクリ。セドリックは唾を飲みこんだ。王族は常に命を狙われる可能性があると、父母や侍従から言われていたのに。野次馬根性で言い争う二人を見に来るのではなかった。
「私が彼から情報を引き出そうとしたからでしょう。……ああ、少し気配が薄れましたね。殿下、寮までお守りいたします。どうぞ私をお供にお連れ下さい」
セドリックが頷くとノアは立ち上がり、彼の一歩後ろについた。
「うん。ありがとう。……リオネルは帰っているんだね?」
「はい。私はリオネル様の命を受けて、ジェレミー・デイガーに話を聞いていたのです」
「リオネルが……」
ジェレミーはリオネルのクラスメイトだ。自分で話を訊けないのだろうか。
「ご自身でジェレミーを問い詰めると仰って聞かず、ルーファスが説得し、私が代わりに話を訊くことに致しました」
「そんなことだろうと思ったよ」
◆◆◆
偶然通りかかった警備員にジェレミーを任せ、二人はその場を離れることにした。
寮への帰り道、ノアはぽつりぽつりと話し始めた。セドリックが後ろにいた彼に隣に来るように言い、静かに語り合った。
「彼はリオネル様が統括を務める『仮装闘技場』に乱入し、多くの生徒に試合を挑みました」
「飛び入りの人?」
「単なる飛び入り参加であれば、リオネル様も彼を調べろとは仰いません。実行委員の話によれば、試合中に明らかに強さが上がったようなのです。丁度、劇の時間が始まる時間帯に」
「時間で発動する魔法、ってことかな」
ノアはしっかり頷いた。
「ジェレミーは魔法が使えません。彼に魔法をかけた者がいると、リオネル様は推測しておいでです」
「狙いは何だい?学院祭を混乱させるのが目的?」
「いいえ。それだけではないようです。まだ調べている途中ですので、はっきりとしたことは申し上げられませんが」
北風がノアの黒髪を揺らし、セドリックは寒風に自分の身体を抱きしめた。
◆◆◆
その日の夜遅く、レイモンドの私室を訪れた者があった。
「……何だ、キースか」
「嫌そうな顔をしないでくださいよ、レイモンドさん」
「俺はもう寝るところだ。くだらない用事なら……」
もう帰れ、と言いながらドアを閉めようとする。キースはドアに足を挟んだが、レイモンドに力一杯閉められて涙目になる。
「期末試験の問題を教えてください!」
「……は?」
「レイモンドさんは試験問題を暗記してしまうんですよね。僕にも過去の問題を教えてください」
「暗記しようとしなければ覚えていないぞ。一年生の期末試験など、覚えていると思うか?」
「……そうですか……」
がっくりと肩を落としたキースに、レイモンドは首を傾げた。
「授業を真面目に受けていれば答えられる問題ばかりだぞ。そう心配するほど難しくはない」
「ダメなんです。期末テストに僕の人生がかかっているんです!」
「大袈裟だな。期末テストなど、これから何度もあるだろう?何も一位にならなくても……一位はアリッサに決まっているだろうからな」
レイモンドはにやりと口の端を上げた。
「一位になろうなんて、僕には過ぎたる望みです。ただ、エミリーさんよりいい成績を取りたいんです」
「エミリーか。あいつは勉強をしていないようだ。余裕で勝てるだろう?」
「僕は魔法実技ではエミリーさんに敵いません。魔法薬学や魔法史も、エミリーさんはよく自分で勉強しているみたいなんです」
「ふむ……魔導師団長の孫として負けられない戦い、というわけか?」
「いえ……」
赤くなって俯いたキースは、レイモンドに思い切り不信感を抱かれているとは気づいていない。
「エミリーさんが負けたら、……僕の婚約者になってもらうつもりです」
「……」
「あの……」
「……」
「……レイモンドさん?」
「悪いことは言わないからやめておけ。あいつの背後には……いや、分かっていて挑むのだろうな。魔王の餌食になると」
「覚悟の上です」
キースは立ったまま握りこぶしを作っていた。震える手に気づいたレイモンドは、ふっと笑って彼を部屋に招き入れた。
0
お気に入りに追加
751
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる