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学院編 7 学院祭、当日

174 悪役令嬢は容疑者を知る

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「絵が……?」
講堂に戻り、レイモンドはセドリックにそっと近寄り耳打ちした。
「ああ。学院長が陛下と長話をしていて助かった。いい時間稼ぎになった」
横を見ると、国王夫妻と学院長は学生時代の思い出話に花を咲かせているようだった。エルノー伯爵も若い頃に王立学院へ留学した経験があり、変わらない校舎を懐かしそうに眺めている。もうしばらくは引き留められそうだ。
「どうするのさ。講堂で音楽が始まるまで、少し時間がかかるよ?まだ別室で練習をしているんだ」
「最初の出演者は?すぐに呼びに行く」
「つい今しがた講堂を出て行ったばかりだよ。管楽器が温まるまで、少しは音出しさせてあげないと」
「困ったな、誰かいないか。一時間……出演者は二人か三人、場を繋いでもらえれば、その間にアリッサが展示を立て直せるんだが」
「うーん。僕はピアノが弾けないしなあ……。短剣を投げて頭の上の果物を割るってのはどうかな?」
セドリックの提案に、レイモンドはがっくりと項垂れた。
「言っておくが俺は的にはならないぞ」
「じゃあ、僕が的?」
「馬鹿を言うな。王太子に向かって短剣を投げられるわけがない」
「僕が正直に……父上と母上に話してみるよ。任せて」
「ああ、頼んだ。俺は警備の責任者と話してくる」

   ◆◆◆

王宮内の魔導士独身寮では、エミリーがロンの額に浮き出た汗を拭いていた。
「うっ……ダメだ!行くなっ……うわぁあああ……」
はっきりとした寝言を言い、ロンは時折呻き声を上げている。身体の傷はステファニーにより完全に回復していたが、精神的なショックで目覚めないようだった。
「また叫んでる……悪夢を見ているみたいね」
ステファニーはリチャードに頼まれて、毎日ロンの様子を見に来ていた。身体を洗うことができないため、浄化の魔法を全身にかけていく。
「行くな、っていつも言うんです」
「リックに聞いたけど、彼も昔、ここで働いていたみたいね。何か理由があって辞めて、学院の治癒魔導士になったって。……きっとつらい思いをしたんだわ」
「単なるオネエじゃなかった……」
「おねえ?」
「いや、こっちの話です」

ロンは完治不可能だと言われたハロルドの脚を治したと聞いた。スタンリーの酷い怪我もその日のうちに治した凄腕の治癒魔導士だ。王宮にいて騎士団の魔物討伐に参加しても不思議はない。
「……っ、くっ、行くな!……あ、ああ……」
――これってもしかして。
「どこにも行かない。ここにいるから、安心して!」
気まぐれでエミリーはロンの寝言に返事をしてみた。
「エミリー、今の……」
「行くな行くなってウザいから、つい」
「……あら?」
「あ……」
ロンは寝言で絶叫するのをやめ、静かに寝息を立てはじめた。

「言葉が通じたんじゃない?やったわね!」
「……やった、なの?」
まじまじとロンの顔を見る。眉間に皺を寄せていた先ほどまでとは一変し、艶っぽいイケメンがそこに寝ていた。
「気持ちよさそうに寝てる……」
「これだけ寝れば、魔力も十分に回復したでしょうよ。ナントカっていう奴に仕返ししてやるには」
「ドウェインです」
「そうそう、それ。……ん?ドウェイン……あ!」
ステファニーは少女のような小さな手を口に当てた。
「ロンに怪我させたその男、昨日の夜に捕まったらしいわ」

――何だって?
「魔導士が関係する事件は、こっちにも情報が入ってくるのよ。事件の捜査に駆り出されるしね。何でも、自分の部屋に侍女を連れ込んで乱暴しようとしたとか。最低の輩ね」
「捕まって、どうなったんですか?」
「学院内に置いておいても、魔法で逃走されかねないから、すぐに魔導士用の牢に送られたって噂よ。だから、学院に戻っても、仕返しをしたい相手はいないってこと」
ステファニーが嬉々として話す後ろから、リチャードが部屋に入ってきた。
「そうだね。君達が学院に戻っても、牢に入れられないってことだ」
「コーノック先生……」
リチャードはロンの様子を覗った。大人しく寝ているのを見て、嬉しそうに目を細め、ステファニーと顔を見合わせた。
「悪夢から解放されたか」
「ええ。彼女のおかげよ」
「本当かい?すごいな、エミリーは。どんな魔法を使ったんだい?」
目をきらきらさせているリチャードを、笑いを堪えているステファニーがバシッと叩いた。
「本当にすごいのよ?」
「……寝言に返事をしただけです」

「エミリー、君は学院に戻るかい?ロンは数日で目が覚めるだろうから心配ないよ。何より、今日からは学院祭だ。一年生の時の学院祭の想い出が、ロンの看病だなんて可哀想すぎる。君さえよければ、転移魔法で送ってあげるよ」
正直、学院祭に出るのは面倒だ。
隙があれば寝ていたいエミリーとしては、『一致団結』して『頑張る』イベントは大嫌いだ。
しかし、自分が戻らなければ、劇に穴が開いてしまうだけではなく、姉達に何かあった時に助けることができない。
「……戻りたい、けど……」
「スタンリーを襲った犯人が分からないから、不安なの?」
「はい。事件の捜査は進んでいるんですか?」
「重傷を負わせるくらいの雷撃を、瞬時に繰り出せる光魔法の使い手は、学院内にもそうそういなくてね。同僚が校内で調査をしている時に、気になる証言を得てきたんだけれど、うちの魔導師団としては不本意なものでね」
アイリーンが捕まっても、魔導師団は不本意ではない。というより、アイリーンの存在自体を知らないはずだ。
「どういう意味……」
「事件が発生したと思われる時間帯に、スタンリーが見つかった場所の近くを、魔法科の制服を着た紫色の髪の少年が歩いていたと、ある生徒が証言したんだ」
椅子に座ったリチャードは、テーブルの上に肘をつき、組んだ手に額を当てて溜息をついた。
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