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学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!
169 悪役令嬢は一般教養の本を読む
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マシューの声は決して大きくない。レイモンドと周りにいるセドリック達に聞こえる程度の、低い声だったにも関わらず、アイリーンは彼らの会話に乱入していく。
「君には頼んでいないが」
レイモンドが不機嫌そうに吐き捨てた。
「先生が仕掛けをしないと劇にならないなら、ハーリオンさんは最初から役に相応しくなかったんだと思います。光魔法で私が華やかに魔法使いの役を演じて見せますっ!」
「……光魔法以外は不得意だろう?」
マシューが呆れ顔で宥めるも、アイリーンはここぞとばかりに圧してくる。
『とわばら』でヒロインが劇に出る場合、自分から立候補する展開などない。誰かに請われてタナボタ主役になるのである。
「エミリーはちゃんとやれるよ!」
苛立ったジュリアが壇上に呼びかけた。
「ジュリアの言うとおりだ。エミリーは役をやれます。やめさせるなんて言わないでください、レイモンドさん」
アレックスが同調し、レイモンドは横目で彼を見た。
「誰が役を交代させると言った?問題があるのは記憶力だけではないようだな」
「交代はしなくていいと思うよ?」
歩み寄ってきたリオネルがセドリックとレイモンドの肩を叩く。
「エミリーは劇の準備をしているんでしょ?だったら土壇場で変えなくてもいいよね。僕もエミリーの魔法使い役が見たいなあ」
クスクスと可愛らしく笑う。
「ねえ、シェリンズさん。そんなに魔法使い役がやりたいの?それとも……」
唇に人差し指を当てて、小首を傾げながらアイリーンを見つめる。アイリーンの顔がさっと強張った。
「当日、エミリーが来ないとでも言うのかなあ?」
「い、いいえ」
「だよね?風邪だって聞いてるし、明後日までには治るでしょ。魔法使い役は台詞も殆どないし、声が出せなくても大丈夫。君が心配しなくてもいいよ」
心配しなくてもいい=余計な口出しをするな、ということだ。リオネルは王子様スマイルで威圧しながら、アイリーンを舞台袖へと追いやった。
「コーノック先生、お願いできますか」
「無論だ。エミリーの体調が万全でない時のために、直前の台詞に反応して発動するよう、魔法を仕掛けておこう。こちらの作業はすぐに終わるから、皆少し休憩してはどうだ」
「今日の練習はそろそろ終わりにしようかと思っていたところだったんです。ね?レイ」
「ああ」
「僕達はお先に失礼します」
「よろしくお願いします」
マシューは無言で頷いた。
◆◆◆
夜遅く、ハーリオン家四姉妹の部屋を、見慣れない侍女が訪れた。
「リオネル様!」
「しーっ、声大きい。廊下に聞こえたらまずいって」
アリッサが慌てて口を手で覆う。
「ご、ごめんなさい……びっくりしちゃって」
「いいんだって。……ね、ちょっと話したいんだけど、いいかな?」
寝室にリオネルを案内し、中央の二つのベッドに座って、五人は向かい合った。
「お話とは?」
「あいつ、ヒロインのことだよ。強硬手段に出るかもしれない」
「もう出てるかもよ。エミリーが兵士に捕まる原因、スタンリーの怪我だって、アイリーンがやったかもしれないんだからさ」
対外的には風邪で休んでいることになっているエミリーだが、マシューの兄のリチャード・コーノックに預けられたままだ。学院へ復帰できるようになるのは、スタンリーを襲った犯人が明らかになった後だろう。
「そのスタンリーだけどさ、まだ意識が戻らないらしいよ。マリナから話を聞いて、ドウェインが手出しできないように、ノアを見張りにつけている」
「ノアが?一日中?」
ジュリアが目を丸くした。
「夜は寮に帰るよ。マシューがドウェインの周りに結界を張ったらしいし」
「マシュー先生、仕事早いね」
「結界を張る前に記憶を操作されていないといいわね」
「うん。目覚めても覚えていないかもしれないね。期待は薄いかな」
◆◆◆
「展示の準備も終わって、明日の最終チェックが終われば、いよいよ学院祭ね」
「魔法科の魔法ショーは順調に準備ができてるって、レイ様が言ってたわ。剣技科もでしょう?」
アリッサに顔を覗きこまれ、ジュリアは目を閉じた。
「うちは微妙かな。出たくないって抜ける奴らがいてさ。出れるメンバーで何回か闘うことになるかな」
「体力的にきついよね。疲れてくると怪我もしやすいし」
剣の試合でどんなに消耗するかを知っているリオネルが、ジュリアの話に同調した。
「間を空ければいいでしょう?」
「騎士団へ入りたい生徒には、アピールする絶好の機会なんだよ。私達は遊びだけど、三年生の熱心な人はこれにかけてるみたい」
「就職かあ……そういうの聞くと、現実に引き戻されるね」
アリッサの呟きにマリナが頷いた。四姉妹のうち、就職した経験があるのはマリナだけだ。新卒で入った会社に何か月も行かないうちに死んでしまったのだが。
「『とわばら』の世界だもの、無理に就職しなくてもいいよね。私は騎士になるつもりだけど、マリナとアリッサは就職しないでしょ?うちは娘の二人くらい余裕で養えるもの。でもさ、剣技科の生徒には平民もいるし、零落れた家を自分が立て直そうとしてるような人もいるんだ。無理をさせないで、先輩達に華を持たせたいんだ」
「力説するねぇ、ジュリアちゃん」
「無理をしないのはあなたもよ、ジュリア。……『みすこん』の時間には抜けて来られるんでしょう?」
「順番を組む時に、劇と『みすこん』には、時間がかぶらないようにはしたよ。アレックスもね」
他愛ないおしゃべりが続き、リオネルは目を擦りながら部屋を出て行った。アリッサが机に向かい、一般教養本を読み漁っている。
「いい加減、寝たら?」
マリナが寝具を引き被りながら呼びかける。
「『みすこん』の予習、レイ様と踊るためだもの。しっかり知識を」
「いーいーかーら!アリッサは何でも根を詰めすぎ!少しはゆったり構えてさ」
本を閉じさせて、ジュリアが足を下ろした抱きかかえるようにして、ずるずるとベッドに連れて行く。
「ジュリア、あなた、思ったより力があるのね」
「鍛え方が違うもん」
「びっくりした。お姫様だっこされるかと思った」
「一般教養本、ジュリアも読んでおきなさいよ?」
「えー?」
「アイリーンに負けて、初戦敗退なんてカッコ悪いわよ」
机の上から本を持ってきたマリナはが膝の上に置くと、ジュリアは分厚い本を枕にして横になった。
「君には頼んでいないが」
レイモンドが不機嫌そうに吐き捨てた。
「先生が仕掛けをしないと劇にならないなら、ハーリオンさんは最初から役に相応しくなかったんだと思います。光魔法で私が華やかに魔法使いの役を演じて見せますっ!」
「……光魔法以外は不得意だろう?」
マシューが呆れ顔で宥めるも、アイリーンはここぞとばかりに圧してくる。
『とわばら』でヒロインが劇に出る場合、自分から立候補する展開などない。誰かに請われてタナボタ主役になるのである。
「エミリーはちゃんとやれるよ!」
苛立ったジュリアが壇上に呼びかけた。
「ジュリアの言うとおりだ。エミリーは役をやれます。やめさせるなんて言わないでください、レイモンドさん」
アレックスが同調し、レイモンドは横目で彼を見た。
「誰が役を交代させると言った?問題があるのは記憶力だけではないようだな」
「交代はしなくていいと思うよ?」
歩み寄ってきたリオネルがセドリックとレイモンドの肩を叩く。
「エミリーは劇の準備をしているんでしょ?だったら土壇場で変えなくてもいいよね。僕もエミリーの魔法使い役が見たいなあ」
クスクスと可愛らしく笑う。
「ねえ、シェリンズさん。そんなに魔法使い役がやりたいの?それとも……」
唇に人差し指を当てて、小首を傾げながらアイリーンを見つめる。アイリーンの顔がさっと強張った。
「当日、エミリーが来ないとでも言うのかなあ?」
「い、いいえ」
「だよね?風邪だって聞いてるし、明後日までには治るでしょ。魔法使い役は台詞も殆どないし、声が出せなくても大丈夫。君が心配しなくてもいいよ」
心配しなくてもいい=余計な口出しをするな、ということだ。リオネルは王子様スマイルで威圧しながら、アイリーンを舞台袖へと追いやった。
「コーノック先生、お願いできますか」
「無論だ。エミリーの体調が万全でない時のために、直前の台詞に反応して発動するよう、魔法を仕掛けておこう。こちらの作業はすぐに終わるから、皆少し休憩してはどうだ」
「今日の練習はそろそろ終わりにしようかと思っていたところだったんです。ね?レイ」
「ああ」
「僕達はお先に失礼します」
「よろしくお願いします」
マシューは無言で頷いた。
◆◆◆
夜遅く、ハーリオン家四姉妹の部屋を、見慣れない侍女が訪れた。
「リオネル様!」
「しーっ、声大きい。廊下に聞こえたらまずいって」
アリッサが慌てて口を手で覆う。
「ご、ごめんなさい……びっくりしちゃって」
「いいんだって。……ね、ちょっと話したいんだけど、いいかな?」
寝室にリオネルを案内し、中央の二つのベッドに座って、五人は向かい合った。
「お話とは?」
「あいつ、ヒロインのことだよ。強硬手段に出るかもしれない」
「もう出てるかもよ。エミリーが兵士に捕まる原因、スタンリーの怪我だって、アイリーンがやったかもしれないんだからさ」
対外的には風邪で休んでいることになっているエミリーだが、マシューの兄のリチャード・コーノックに預けられたままだ。学院へ復帰できるようになるのは、スタンリーを襲った犯人が明らかになった後だろう。
「そのスタンリーだけどさ、まだ意識が戻らないらしいよ。マリナから話を聞いて、ドウェインが手出しできないように、ノアを見張りにつけている」
「ノアが?一日中?」
ジュリアが目を丸くした。
「夜は寮に帰るよ。マシューがドウェインの周りに結界を張ったらしいし」
「マシュー先生、仕事早いね」
「結界を張る前に記憶を操作されていないといいわね」
「うん。目覚めても覚えていないかもしれないね。期待は薄いかな」
◆◆◆
「展示の準備も終わって、明日の最終チェックが終われば、いよいよ学院祭ね」
「魔法科の魔法ショーは順調に準備ができてるって、レイ様が言ってたわ。剣技科もでしょう?」
アリッサに顔を覗きこまれ、ジュリアは目を閉じた。
「うちは微妙かな。出たくないって抜ける奴らがいてさ。出れるメンバーで何回か闘うことになるかな」
「体力的にきついよね。疲れてくると怪我もしやすいし」
剣の試合でどんなに消耗するかを知っているリオネルが、ジュリアの話に同調した。
「間を空ければいいでしょう?」
「騎士団へ入りたい生徒には、アピールする絶好の機会なんだよ。私達は遊びだけど、三年生の熱心な人はこれにかけてるみたい」
「就職かあ……そういうの聞くと、現実に引き戻されるね」
アリッサの呟きにマリナが頷いた。四姉妹のうち、就職した経験があるのはマリナだけだ。新卒で入った会社に何か月も行かないうちに死んでしまったのだが。
「『とわばら』の世界だもの、無理に就職しなくてもいいよね。私は騎士になるつもりだけど、マリナとアリッサは就職しないでしょ?うちは娘の二人くらい余裕で養えるもの。でもさ、剣技科の生徒には平民もいるし、零落れた家を自分が立て直そうとしてるような人もいるんだ。無理をさせないで、先輩達に華を持たせたいんだ」
「力説するねぇ、ジュリアちゃん」
「無理をしないのはあなたもよ、ジュリア。……『みすこん』の時間には抜けて来られるんでしょう?」
「順番を組む時に、劇と『みすこん』には、時間がかぶらないようにはしたよ。アレックスもね」
他愛ないおしゃべりが続き、リオネルは目を擦りながら部屋を出て行った。アリッサが机に向かい、一般教養本を読み漁っている。
「いい加減、寝たら?」
マリナが寝具を引き被りながら呼びかける。
「『みすこん』の予習、レイ様と踊るためだもの。しっかり知識を」
「いーいーかーら!アリッサは何でも根を詰めすぎ!少しはゆったり構えてさ」
本を閉じさせて、ジュリアが足を下ろした抱きかかえるようにして、ずるずるとベッドに連れて行く。
「ジュリア、あなた、思ったより力があるのね」
「鍛え方が違うもん」
「びっくりした。お姫様だっこされるかと思った」
「一般教養本、ジュリアも読んでおきなさいよ?」
「えー?」
「アイリーンに負けて、初戦敗退なんてカッコ悪いわよ」
机の上から本を持ってきたマリナはが膝の上に置くと、ジュリアは分厚い本を枕にして横になった。
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