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学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!

166 悪役令嬢は代役を立てる

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仕事から戻って来たコーノック先生、エミリー達の魔法の家庭教師だったリチャードは、自分のベッドに青い顔で横たわる親友の姿に絶句した。
「ど、どういうことだ!何があった!答えろ!マシュー」
優しい表情を厳しいものに変えて、弟に掴みかかった。黒いローブを掴む指先からは、水魔法が氷になって迸る。
「落ち着いて、リック!」
ステファニーがリチャードの手に手を重ねて、氷を溶かして魔法を食い止める。
「……ドウェインに」
「ドウェインだと?」

マシューは淡々と兄に説明した。エミリーは隣でコーノック兄弟の会話を聞いている。
優しく穏やかなコーノック先生は、マシューの前では幾分強い調子で話す。
「お前を目の敵にしていると聞いていたが、実力行使に出たのか……」
「廃魔の腕輪をつけられ、学院を離れていた時期は何もなかった」
「今になって、何故?」
兄に問われて一瞬マシューは押し黙り、エミリーに視線を走らせた。
「……エミリーの入学だ」
「私の?」
「五属性持ちのエミリーを指導するために、俺が呼ばれたのが気に食わないらしい」
「自分より認められる奴が気に食わないってこと?器の小さい男ね」
ステファニーが二人の顔を見て腕組みした。
「エミリーに隷属の魔法をかけ、俺を殺させようとしたこともある。今回は魔法でエミリーと関係がある男子生徒に重傷を負わせ、治療していたロンとエミリーに罪を被せて兵士に捕らえさせた」
「その生徒が、ロンとエミリーが犯人でないと証言をすれば……」
エミリーは首を振った。表情は相変わらず変わらない。
「ドウェインはスタンリーの記憶を消して、自分に都合のいい証言をさせるつもりみたい。きっともう、記憶は消された後ね」
「真犯人は?思い当たることはないか?」

王宮の魔導師団は、有事に王宮を守る戦力になるだけではなく、災害復旧や重大事件の捜査に当たることもあった。魔導士が絡む事件は、魔法が使える者でなければ分からない。今回の事件も、さらに被害者が出れば、リチャードや他の魔導士が捜査に駆り出されるだろう。
「ロン先生は、スタンリーの服が焦げていたって言ってた」
「火魔法なら焦げるだけじゃ済まないだろうな」
「ドウェインは、ロン先生が『雷撃』でスタンリーに瀕死の重傷を負わせたことにしようとしてた」
「ロンは治療をしたんだ。怪我をさせておいて、治療するなどおかしい。辻褄が合わない」
エミリーは頷いた。マシューの言うとおりだ。
二人の話を黙って聞いていたリチャードは、
「学院の中にいた、光魔法を使える全員が怪しい、ということになる。それこそ、王族であってもね。学院は貴族の子女が多い」
と力強い眼差しで弟を見た。
「では、魔導師団が捜査に乗り出すのか?貴族が容疑者として挙がる事件だろう?」
「団長に相談したいとは思うが、団長の孫も光魔法が使える容疑者の一人だからなあ。……今は何とも」
リチャードは申し訳なさそうに眉を下げて頭を掻いた。

「ロンはここに置いていくのか?」
「ああ。頼む。兄さんに匿ってもらうのが一番安全だ。二人が閉じ込められた牢の中には、幻影を仕掛けてきたが、エミリーにも危険が及んでいる。二人の居場所を隠したい」
――えっ!?
エミリーは驚いてマシューを見上げた。
「私も?ここに残るの?」
「真犯人が捕まるまで、ドウェインが何をしてくるか……。ここにいれば安全だ」
「学院祭があるのに」
「何か問題か?」
「劇に出るの。魔法使いの役で」
自分が出なければ、魔法科の誰かが魔法使い役になるだろう。キースならまだしも、アイリーンが代役を務めたら、攻略対象たちが狙われる。
「誰かにやらせる」
「誰に?アイリーンが私の役を狙っているのに」
「やらせたらいけないのか?」
「ダメ。姉達の婚約者を奪おうと狙っているから」
じっと見つめてマシューのローブを引くと、彼は心なしか赤くなった。真面目な話をしているのに赤くなるとは何事だ。
「……分かった。それなら俺が」
「劇の練習に行ったら、マシューもアイリーンに捕まる。……そんなの、嫌」
ローブを引くのをやめ、ぎゅっと腕を掴んだ。
「……エミリー」

赤くなってエミリーを見つめるマシューを、リチャードとステファニーが生温かい眼差しで見つめていた。
「いいわねえ……」
「初々しいね」
キッ、と赤い瞳が兄を睨んだ。
「おっと、冗談。なあ……それなら、魔法使い役がいなくても魔法が発動するように、あらかじめ仕掛けを作っておいたらどうかな」
「そうか。それはいいな」
「練習に出なくてもできるでしょう?私達もよく、魔法で罠をかけるけれど、あの応用なのよ」

   ◆◆◆

帰り際。
マシューはエミリーの手を取った。握手するのかと思いきや、バサリとローブが翻り、腕の中に抱えられた。
「安心しろ。俺が君の無事を伝える。スタンリーの保護もする」
「……うん」
「真犯人を必ず見つける。このままにはしない」
「……うん」
「劇のことも、どうにかする」
「……うん。でも、アイリーンに近づかないで」
「ああ」
黒と赤の瞳を細める。僅かに口元が上がる。
「手錠を外す時に俺の魔力を受けたから、腕輪が見えているな」
「あ」
「誰にも見られないように……消してやる」
かあっ。
とエミリーは自分の頬が熱くなるのを感じた。が、表情は変わらない。
赤い瞳が魔力を湛えて煌めき、ゆっくりと唇が重なった。
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