上 下
320 / 794
学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!

165 悪役令嬢は闇に吼える

しおりを挟む
エミリーとロンが連れて来られたのは、物置として使用された後、使わずに放置されていた旧校舎だった。兵士達に歩かされて建物の一室に着いた時、真新しい鉄格子の前に黒衣の男が立っていた。
「……ドウェイン、お前……」
ロンは低い唸るような声で呟いて睨みつけた。ドウェインは気にも留めず、兵士達に二人を鉄格子の向こうへ入れるよう指示する。

ガシャン。
牢の入口が閉められる。ドウェインは魔法を発動させながら戸口を指でなぞり、にやりと笑った。
――火魔法!?
骸骨のように細い指先から迸る炎が牢の入口を溶かし、出られないように溶接している。
「学院には時々、コソ泥が入り込むのでね。こうして簡易な牢が用意されているんだ。まさか、ここに学院の関係者が入ることになるとは……いやはや、何があるか分からないものだな」
と白々しく言い、魔法が使えないロンを目がけて、強力な風魔法を放った。
バウッ!
突風が起こり、跳ね飛ばされたロンは石造りの壁に背中を強打し、ぐふぅ、と呻いた。髪を結っていた紐が解け、赤紫色の髪が冷たい床に広がった。
「反抗的な容疑者は、おとなしくさせないとな」
――酷い。許せない!
「私達、何もしていません!」
「言うな、エミリー!」
反論しようとしたエミリーを、息も絶え絶えなロンが制する。
「いい心がけだ。何も言わなくとも、お前達は裁かれる。……そうだな、間もなく始まる学院祭の期間中は、外から来る客も多い。終わったら、本物の刑務所に連れて行かれるだろうな」
三日後から学院祭が始まる。少なくとも五日間は、この暗くて冷たい牢に入れられたままなのだろうか。すぐに戻れると思って姉達には行先を告げて来なかった。エミリーは酷く後悔した。

「心配するな。あのスタンリーには俺が付き添ってやる。つらい記憶を忘れられるように、しっかり治療してやるさ」
治癒魔法を使えないドウェインに治療などできるはずがない。恐らく、記憶を消す、忘却魔法をかけるつもりなのだ。自分達の無実を証明できるのは、彼の証言しかないのに。
「新しい制服も用意してやらなければな。所々焼けていたそうじゃないか」
ドウェインはクックッと笑った。そして、壁に凭れて荒い息をしているロンに、
「雷撃はお得意ですよね、ロン先生?」
と白目の多い瞳を見開き、口の端を歪めて問いかけると、返答を聞かずに部屋を出て行った。

   ◆◆◆

ドウェインの足音が遠ざかったのを確認し、エミリーはロンに駆け寄った。
白い石壁に背を預け、斜め上をぼんやりと見つめて、ハアハアと苦しそうに息を荒げている。
「風、魔法……を、腹に食らっちゃった」
ウインクをしているのか、片目を瞑りエミリーに笑いかける。
「……無理に笑わなくていい」
「ふふっ。……っく、……うう。……魔法、使えたら、いい、のに……」
「……私の居場所はマシューが見つけるから」
「マシューが?……いいな、愛し、あって、るんだ?」
「苦しいなら話さないで」
白い指先がロンの唇に触れる。水色の瞳が優しく細められ、そのままロンは目を閉じた。

廊下を走る音がする。エミリーが部屋の入口を振り返ると、黒い人影が見える。牢として改造された大きな窓のない部屋は、天井付近に小さな窓があるだけで、ドウェインが持っていた魔法灯がない今はほぼ真っ暗だった。
――またドウェインが来たの!?
ロンは瀕死の状態だ。次に魔法をまともに食らったら、確実に命にかかわるだろう。
「来ないで!ロン先生に手を出さないで!」
エミリーにはもう、声を出すしか抗う術がなかった。普段は滅多に大声を出さないが、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「エミリー!そこにいるんだな!」
――!!
声にならない。
牢の鉄格子に向かってエミリーが走り出すと、それより早く鉄格子にぶつかったマシューが声を上げた。
ガシャン!
「ちっ、強化魔法をかけてあるな……っぐう!」
呻いたのは魔法を解くためではない。走り寄ったエミリーが首に抱きついたからだ。
「……来てくれて、嬉しい」
「少し離れていろ。ロンの傍に」
「……うん」
抱きついてもマシューは何とも思わなかったのだろうか。エミリーは壁際まで後退し、ロンの隣に座った。牢の鉄格子が赤く光を放ち、溶けてやがて消滅した。物凄いエネルギーだった。

「……エミリーは歩けるか?」
歩み寄ってきたマシューは、傷ついたロンの様子を確認し、眉間に皺を寄せた。
「歩ける」
「俺はロンを運ぶ。……そうだな、二人ともここを脱出したと気づかれては、また狙われるかもしれない」
エミリーが首を傾げた瞬間、マシューは壁に向かって魔法を放った。
「……今の何?……あっ!」
今までロンが凭れていたところに、意識を失っている二人の幻影が浮かんだ。
「……幻覚魔法だ。そこに『ない』ものを『ある』ように感じさせる。ドウェインは闇属性持ちだが、奴の実力では『ない』ものからは幻覚を生み出せない。『ある』ものが形を変えて見えるだけだ」
「……私達がいないと思われない?」
「ああ。……急ごう。ロンを治療させる」
「どこへ?学院内は……」
ローブの袖を掴んだエミリーに、マシューはフッと笑いかけた。手から放たれた魔法が鉄格子をみるみるうちに元通りに修復していく。
「……木は森に隠せ、だ」
ロンを肩に担ぎ、片手でエミリーを抱き寄せると、彼らの周りを白い光が包んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...