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学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!
155 悪役令嬢はボイコット教師を復帰させる
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魔法実技の時間は、エミリーが最も楽しみにしている授業である。
「嬉しそうですね、足取りが軽いですよ、エミリーさん」
キースが隣で弾んだ声を上げる。
「あなたのほうが楽しそうだけど?」
「僕は練習場までの往復が楽しいんです。エミリーさんと一緒に移動できますし」
「……そう」
何と返事をしたらいいか分からない。リオネルの情報では、キースも『とわばら2』で追加された攻略対象なのである。セドリック達に比べると若干地味目ではあるが、笑顔の破壊力はかなりのものだ。
「エミリーさんは別に嬉しくないですよね」
「……答えにくい質問はしないで」
「すみません。でも、この時間だけでもエミリーさんを独占していると思うと、自然と顔がにやけてきます」
「緩みすぎ」
「ふふ。ああ、そう言えば」
練習場に到着し、キースは辺りを見回す。魔法科一年の生徒達が思い思いに集まって話している。
「今日はあなたの天敵がいませんしね」
「助かったわ」
マシューの高度な授業を受けられると思うと、エミリーは心が浮き立った。朝からアイリーンが教室にいないだけで、警戒する必要がなくて楽なのだ。
「この調子で毎日風邪を引いて寝込んでくれるといいんですが」
生徒達を指導教官が連れていき、校内のあちこちで練習をするのだが、エミリーは最後に一人残ってしまった。マシューは姿を現さなかった。
「……サボリ?」
元々あまりやる気のない彼だが、こちらから迎えに行かないと授業にも来ないとはあんまりである。
ぴくりと眉を上げ、エミリーは転移魔法を発動して魔法科教官室へ向かった。
◆◆◆
魔法科教官室のマシューの部屋の前で、そっとドアに手をかざす。アイリーン除けのための魔法の罠がかけられている可能性がある。
ギイ……。
ドアには何も、鍵さえかかっていなかった。
「……マシュー先生?」
室内に置かれた机には魔法書が乱雑に重なっており、いくつかは机の下に落ちていた。長椅子に横たわったマシューは、腕を顔の上に置いて目を隠し真っ青な顔をして呻いていた。
「だ、大丈夫?」
駆け寄るとマシューは腕を顔から離した。
「……ああ、エミリーか」
「具合悪いの?ロン先生のところまで連れて行こうか?」
一人では転移魔法を使えなくても、エミリーが魔法で連れて行くことはできる。
「いや……いい。原因は、分かっている……あいつのせいだ」
「あいつって、まさか」
「アイリーンだ。……昨日の夜、強い魔力の発動を感じなかったか?」
紫色の瞳を見開いたエミリーに、マシューは軽く頷いた。
「気づいたか」
「夜遅い時間にね」
「魔法科教師でも気づかなかった者もいるが、流石だな」
黒と赤の瞳が光った。指導者冥利に尽きるらしい。
「……あの魔力のせいなの?」
「俺は魔力を肌触りで感じる。アイリーンの魔力は俺にとっては不快だ。一晩中、蛇が身体を這い回るような感覚で……」
「想像したくない。やめて」
「……眠れなかったんだ。やっと魔法の痕跡が消えたと思ったら、生徒達からあいつの魔力の気配がする。気持ちが悪くて部屋から出られない。職員寮にも帰れなかった」
「部屋に籠って結界でも張るしかないんじゃない?あなたの結界なら、誰も破れないもの」
「……エミリー、頼みがある」
「受けるかどうかは内容による」
「俺の不快感を、お前の魔力で上書きしてくれないか」
「具体的にはどうすれば?一発攻撃すればいい?」
エミリーは両手に魔法球を発生させた。右手は炎、左手は闇だ。
「荒療治だな」
「……いけない?」
「いけなくはないが、もう少し優しくしてくれ」
「大丈夫、少し焦げるだけだから……あっっ」
魔法球を出したままの腕が引かれ、マシューの上に跨る姿勢になった。
「このまま……抱きしめているだけでいい。……頼む」
しばらく抱きしめられた後、エミリーはマシューを見下ろして尋ねた。
「アイリーンの魔法は何だったか分かる?姿は確認できても、魔法の種類だけは見えなかったから」
「……『魅了』だ」
またか!とエミリーは頭を抱えた。
「誰に?」
「男子寮にいた生徒全員だ。魔力を使いすぎたんだろうな。今日は欠席だと連絡があった」
「……『みすこん』対策か」
「何だそれは」
「人気投票をして、学院祭当日に公開審査をして、男女それぞれ一位を決めるって」
「聞いたことがないが、新しい催しか?」
学院の卒業生の彼も知らない、前世の世界での催しなのだ。馴染がないのも頷ける。
「そう。アイリーンは女子の一位になって、男子の一位と後夜祭のファーストダンスを踊るつもりみたい」
「何かまずいことでもあるか?別に一位でも……」
「上位はおそらく、私の姉三人の誰かの婚約者だから」
「……ああ、それは嫌だろうな」
と言ったきり、マシューは黙り込んでしまった。彼は投票で選ばれることはない。
「お前は、その……俺が他の誰かと踊ったら、嫌か?」
「……踊らないでしょう?」
「ああ、ダンスはしないが……仮に、だ」
「仮でも何でも、そんなの考えたくない」
マシューの上に乗ったまま、エミリーは彼の胸に頬を当てる。
「……そろそろ、魔法の練習に行きたい。ダメ?」
「分かった。俺も観念するとしよう。……そうだな、高度な混合魔法に挑戦してみるか」
エミリーの師匠兼恋人は、フッと口の端を歪めて笑い、気だるそうな雰囲気を漂わせて黒い髪を掻き上げた。
「嬉しそうですね、足取りが軽いですよ、エミリーさん」
キースが隣で弾んだ声を上げる。
「あなたのほうが楽しそうだけど?」
「僕は練習場までの往復が楽しいんです。エミリーさんと一緒に移動できますし」
「……そう」
何と返事をしたらいいか分からない。リオネルの情報では、キースも『とわばら2』で追加された攻略対象なのである。セドリック達に比べると若干地味目ではあるが、笑顔の破壊力はかなりのものだ。
「エミリーさんは別に嬉しくないですよね」
「……答えにくい質問はしないで」
「すみません。でも、この時間だけでもエミリーさんを独占していると思うと、自然と顔がにやけてきます」
「緩みすぎ」
「ふふ。ああ、そう言えば」
練習場に到着し、キースは辺りを見回す。魔法科一年の生徒達が思い思いに集まって話している。
「今日はあなたの天敵がいませんしね」
「助かったわ」
マシューの高度な授業を受けられると思うと、エミリーは心が浮き立った。朝からアイリーンが教室にいないだけで、警戒する必要がなくて楽なのだ。
「この調子で毎日風邪を引いて寝込んでくれるといいんですが」
生徒達を指導教官が連れていき、校内のあちこちで練習をするのだが、エミリーは最後に一人残ってしまった。マシューは姿を現さなかった。
「……サボリ?」
元々あまりやる気のない彼だが、こちらから迎えに行かないと授業にも来ないとはあんまりである。
ぴくりと眉を上げ、エミリーは転移魔法を発動して魔法科教官室へ向かった。
◆◆◆
魔法科教官室のマシューの部屋の前で、そっとドアに手をかざす。アイリーン除けのための魔法の罠がかけられている可能性がある。
ギイ……。
ドアには何も、鍵さえかかっていなかった。
「……マシュー先生?」
室内に置かれた机には魔法書が乱雑に重なっており、いくつかは机の下に落ちていた。長椅子に横たわったマシューは、腕を顔の上に置いて目を隠し真っ青な顔をして呻いていた。
「だ、大丈夫?」
駆け寄るとマシューは腕を顔から離した。
「……ああ、エミリーか」
「具合悪いの?ロン先生のところまで連れて行こうか?」
一人では転移魔法を使えなくても、エミリーが魔法で連れて行くことはできる。
「いや……いい。原因は、分かっている……あいつのせいだ」
「あいつって、まさか」
「アイリーンだ。……昨日の夜、強い魔力の発動を感じなかったか?」
紫色の瞳を見開いたエミリーに、マシューは軽く頷いた。
「気づいたか」
「夜遅い時間にね」
「魔法科教師でも気づかなかった者もいるが、流石だな」
黒と赤の瞳が光った。指導者冥利に尽きるらしい。
「……あの魔力のせいなの?」
「俺は魔力を肌触りで感じる。アイリーンの魔力は俺にとっては不快だ。一晩中、蛇が身体を這い回るような感覚で……」
「想像したくない。やめて」
「……眠れなかったんだ。やっと魔法の痕跡が消えたと思ったら、生徒達からあいつの魔力の気配がする。気持ちが悪くて部屋から出られない。職員寮にも帰れなかった」
「部屋に籠って結界でも張るしかないんじゃない?あなたの結界なら、誰も破れないもの」
「……エミリー、頼みがある」
「受けるかどうかは内容による」
「俺の不快感を、お前の魔力で上書きしてくれないか」
「具体的にはどうすれば?一発攻撃すればいい?」
エミリーは両手に魔法球を発生させた。右手は炎、左手は闇だ。
「荒療治だな」
「……いけない?」
「いけなくはないが、もう少し優しくしてくれ」
「大丈夫、少し焦げるだけだから……あっっ」
魔法球を出したままの腕が引かれ、マシューの上に跨る姿勢になった。
「このまま……抱きしめているだけでいい。……頼む」
しばらく抱きしめられた後、エミリーはマシューを見下ろして尋ねた。
「アイリーンの魔法は何だったか分かる?姿は確認できても、魔法の種類だけは見えなかったから」
「……『魅了』だ」
またか!とエミリーは頭を抱えた。
「誰に?」
「男子寮にいた生徒全員だ。魔力を使いすぎたんだろうな。今日は欠席だと連絡があった」
「……『みすこん』対策か」
「何だそれは」
「人気投票をして、学院祭当日に公開審査をして、男女それぞれ一位を決めるって」
「聞いたことがないが、新しい催しか?」
学院の卒業生の彼も知らない、前世の世界での催しなのだ。馴染がないのも頷ける。
「そう。アイリーンは女子の一位になって、男子の一位と後夜祭のファーストダンスを踊るつもりみたい」
「何かまずいことでもあるか?別に一位でも……」
「上位はおそらく、私の姉三人の誰かの婚約者だから」
「……ああ、それは嫌だろうな」
と言ったきり、マシューは黙り込んでしまった。彼は投票で選ばれることはない。
「お前は、その……俺が他の誰かと踊ったら、嫌か?」
「……踊らないでしょう?」
「ああ、ダンスはしないが……仮に、だ」
「仮でも何でも、そんなの考えたくない」
マシューの上に乗ったまま、エミリーは彼の胸に頬を当てる。
「……そろそろ、魔法の練習に行きたい。ダメ?」
「分かった。俺も観念するとしよう。……そうだな、高度な混合魔法に挑戦してみるか」
エミリーの師匠兼恋人は、フッと口の端を歪めて笑い、気だるそうな雰囲気を漂わせて黒い髪を掻き上げた。
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