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学院編 5 異国の王子は敵?味方?
125 ルーファスの回想 2
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侯爵と父の間で、俺をレオノーラ――リオネル王子の側近にし、貴族の男子としての振る舞いを身に付けさせようとしたらしい。質素なワンピースから豪奢な男子の服に着替えさせられ、リオネルはその日のうちに王都へ出立した。
エルノー伯爵家の馬車が王都へ向かう道で、馬に乗った急使に会った。父に宛てた手紙は、王都で孫を待つ侯爵からで、王妃が危篤だと書かれていた。急いで着いた王都は夜になっており、王宮へ参じた父から王妃の死を知らされた。二人目の子共々、何者かによって毒殺されたのではないかと噂になったが、真相は明らかになっていない。
王妃の兄である侯爵は、自分の権力を失わないために、リオネルを王の実子と認めさせ、嫌がる娘を王の傍に侍らせた。リオネルは人目を避け、再び古城に戻された。俺も側近として同行し、一緒に家庭教師に学び、剣の腕を磨いた。以前から木刀を振り回していただけあって、滅茶苦茶だが勢いはあると剣の教師に褒められて、リオネルはどんどん剣術に傾倒していった。
ある夜、リオネルの部屋に暗殺者が忍び込んだ。見つかっても怪しまれずに逃げ出せるよう、依頼者が使ったのは子供の暗殺者で、それがノアとの出会いだった。二つ年下のリオネルに簡単に負かされるようでは、ノアの暗殺の腕も大したことはなかったのだろう。生かしておいても役には立たないと判断した侯爵は、ノアを『処分』しようとした。
リオネルは祖父である侯爵に泣いて訴え、立派な王子になるのと引き換えにノアの命乞いに成功した。
ノアはそれ以来、リオネルを神のように崇めている。命の恩人だからと言われても、俺は気に食わない。リオネルの爪先にキスしそうな勢いで傅いているのを何度も見たが、その度に腸が煮えくり返る思いがした。
「私は親の顔も分からない、奴隷身分の子供なのです。いざという時にリオネル様の盾になれたら本望です」
などと万事諸事控えめにしようとしている。リオネルと同じ剣の師について学ぶようになってめきめきと腕を上げ、王がリオネルを王宮に呼び寄せた一昨年に史上最年少で騎士団の入団試験に合格してからは、真面目で控えめで禁欲的なところがいいと侍女達に人気があるのだ。
リオネルは剣が得意な男が好きなのだろうな。
王子として生きると宣言していても、剣の扱いの上手な、好みの容姿の男に言い寄られたら……。
……リオネルはどんな男が好きなんだろう?改めて聞いたことがなかったな。
◆◆◆
「危ない!」
物思いに耽っていた俺の目の前に、銀色の光が飛んでくる。
――剣だ!
試合をしていた彼らのどちらかの剣が、刃先と柄を交互にこちらに向けながら回転してきたほんの僅かの時間に、俺は剣の軌道を読み、柄を掴んだ。
ガン。
刃先が客席に当たり音がした。
だが、剣を弾いた赤髪の男も、剣の持ち主の茶髪の男も、見物していた生徒達も音に驚いたのではなかった。
「す、すっげえ……」
「見たか、今の!」
「すみません。手が滑って放してしまって」
茶髪の男が駆け寄ってきた。
「いや、別に謝ることはない。訓練中にはよくあるだろう」
「ですが……ええと、二年生の普通科の、リオネル王子の……」
「いかにも、俺はリオネル王子殿下の側近だが。……お前がレナードか?」
「な、は、はい。俺に何か用ですか?」
剣技科にいる男にしては少し線が細いな。クラスメイトがこいつにリオネルの行先を聞けと言っていた意味が少し分かった。
――リオネルは細身の男が好きなのだ。
苛立つ気持ちを抑えて、俺はレナードに訊ねた。
「お前がリオネル殿下の行先を知っているそうだな。教えろ」
「……さっきから何なんですかね。いきなり現れて横柄な態度。伯爵家だか何だか知りませんけど、そんなに偉いんですか」
「なっ……」
「あー、違いますかね」
レナードは猫のように少し吊り目の大きな瞳を瞬かせ、ふっと細めて俺の耳元に顔を近づけた。
「俺のリオネルちゃんが他の男に取られそうで警戒してるとか?」
――こいつ!リオネルの秘密を知っているのか!?
好みのタイプの優男に騙され、リオネルは転入初日に秘密を――女だと暴露してしまったのだろうか。
「……何の話だ?」
わざと気づかない素振りをすれば、レナードは曖昧に微笑んだ。
「いいえ。俺の勘違いかもしれません。ですが……」
勘違いだったと認めないあたり、食えない男である。こんな奴がクラスにいるなんて、リオネルの学院生活は危険すぎる。
「剣が上手な可愛い子って、なかなかいませんよね。側近さんが手放せなくなる気持ちも分かりますよ?」
と囁き、呆けている俺の手から剣を奪うと、レナードは砂地へ戻って行った。
「あ」
と振り返ると、
「ジュリアちゃんと一緒に自習室へ行くと言ってましたよ。何でも、仲良しのアレックスでさえ連れて行かないって。秘密の話みたいですよ」
と何でもないように言った。
ジュリアちゃん?誰だそれは。
何者だか知らないが、二人で自習室に行ったのか?
王族であろうと容赦しない、新参者に対するいじめか何かだろうか。
リオネルに悪い影響を与える者は俺が潰す。すぐに助けなければ。
続けて何か話していたレナードの声を後ろに聞きながら、俺は自習室へと走り出していた。
エルノー伯爵家の馬車が王都へ向かう道で、馬に乗った急使に会った。父に宛てた手紙は、王都で孫を待つ侯爵からで、王妃が危篤だと書かれていた。急いで着いた王都は夜になっており、王宮へ参じた父から王妃の死を知らされた。二人目の子共々、何者かによって毒殺されたのではないかと噂になったが、真相は明らかになっていない。
王妃の兄である侯爵は、自分の権力を失わないために、リオネルを王の実子と認めさせ、嫌がる娘を王の傍に侍らせた。リオネルは人目を避け、再び古城に戻された。俺も側近として同行し、一緒に家庭教師に学び、剣の腕を磨いた。以前から木刀を振り回していただけあって、滅茶苦茶だが勢いはあると剣の教師に褒められて、リオネルはどんどん剣術に傾倒していった。
ある夜、リオネルの部屋に暗殺者が忍び込んだ。見つかっても怪しまれずに逃げ出せるよう、依頼者が使ったのは子供の暗殺者で、それがノアとの出会いだった。二つ年下のリオネルに簡単に負かされるようでは、ノアの暗殺の腕も大したことはなかったのだろう。生かしておいても役には立たないと判断した侯爵は、ノアを『処分』しようとした。
リオネルは祖父である侯爵に泣いて訴え、立派な王子になるのと引き換えにノアの命乞いに成功した。
ノアはそれ以来、リオネルを神のように崇めている。命の恩人だからと言われても、俺は気に食わない。リオネルの爪先にキスしそうな勢いで傅いているのを何度も見たが、その度に腸が煮えくり返る思いがした。
「私は親の顔も分からない、奴隷身分の子供なのです。いざという時にリオネル様の盾になれたら本望です」
などと万事諸事控えめにしようとしている。リオネルと同じ剣の師について学ぶようになってめきめきと腕を上げ、王がリオネルを王宮に呼び寄せた一昨年に史上最年少で騎士団の入団試験に合格してからは、真面目で控えめで禁欲的なところがいいと侍女達に人気があるのだ。
リオネルは剣が得意な男が好きなのだろうな。
王子として生きると宣言していても、剣の扱いの上手な、好みの容姿の男に言い寄られたら……。
……リオネルはどんな男が好きなんだろう?改めて聞いたことがなかったな。
◆◆◆
「危ない!」
物思いに耽っていた俺の目の前に、銀色の光が飛んでくる。
――剣だ!
試合をしていた彼らのどちらかの剣が、刃先と柄を交互にこちらに向けながら回転してきたほんの僅かの時間に、俺は剣の軌道を読み、柄を掴んだ。
ガン。
刃先が客席に当たり音がした。
だが、剣を弾いた赤髪の男も、剣の持ち主の茶髪の男も、見物していた生徒達も音に驚いたのではなかった。
「す、すっげえ……」
「見たか、今の!」
「すみません。手が滑って放してしまって」
茶髪の男が駆け寄ってきた。
「いや、別に謝ることはない。訓練中にはよくあるだろう」
「ですが……ええと、二年生の普通科の、リオネル王子の……」
「いかにも、俺はリオネル王子殿下の側近だが。……お前がレナードか?」
「な、は、はい。俺に何か用ですか?」
剣技科にいる男にしては少し線が細いな。クラスメイトがこいつにリオネルの行先を聞けと言っていた意味が少し分かった。
――リオネルは細身の男が好きなのだ。
苛立つ気持ちを抑えて、俺はレナードに訊ねた。
「お前がリオネル殿下の行先を知っているそうだな。教えろ」
「……さっきから何なんですかね。いきなり現れて横柄な態度。伯爵家だか何だか知りませんけど、そんなに偉いんですか」
「なっ……」
「あー、違いますかね」
レナードは猫のように少し吊り目の大きな瞳を瞬かせ、ふっと細めて俺の耳元に顔を近づけた。
「俺のリオネルちゃんが他の男に取られそうで警戒してるとか?」
――こいつ!リオネルの秘密を知っているのか!?
好みのタイプの優男に騙され、リオネルは転入初日に秘密を――女だと暴露してしまったのだろうか。
「……何の話だ?」
わざと気づかない素振りをすれば、レナードは曖昧に微笑んだ。
「いいえ。俺の勘違いかもしれません。ですが……」
勘違いだったと認めないあたり、食えない男である。こんな奴がクラスにいるなんて、リオネルの学院生活は危険すぎる。
「剣が上手な可愛い子って、なかなかいませんよね。側近さんが手放せなくなる気持ちも分かりますよ?」
と囁き、呆けている俺の手から剣を奪うと、レナードは砂地へ戻って行った。
「あ」
と振り返ると、
「ジュリアちゃんと一緒に自習室へ行くと言ってましたよ。何でも、仲良しのアレックスでさえ連れて行かないって。秘密の話みたいですよ」
と何でもないように言った。
ジュリアちゃん?誰だそれは。
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王族であろうと容赦しない、新参者に対するいじめか何かだろうか。
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