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学院編 4 歓迎会は波乱の予兆
116 悪役令嬢は抱きしめる
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「とうとう……やったわ……」
入浴を済ませて夜着に着替えたマリナは、一点を見つめたまま小さく震えていた。
「マリナちゃん?……ねえ、エミリーちゃん、マリナちゃんてばどうしちゃったの?」
訊ねられたエミリーは、面倒くさそうにベッドから身体を起こし、
「引導渡したって」
とだけ言う。アリッサは眉を寄せて首を傾げた。
「誰に?」
「義兄に」
「……ええっ!?お兄様に……近づくなとか嫌いだとかキモいとか言っちゃったの?」
「どうかな」
エミリーはちらりと長姉を見るが、わなわなと震えながらブツブツ言っているだけだ。
「酷いこと言ったら、お兄様がもっとヤンデレになっちゃうよ?」
「または、ひたすら病んで、デレない……?」
「マリナちゃんを恨んじゃうとか?怖いよぉ……」
「……っしゃああああ!」
マリナが突然声を上げて立ち上がった。
驚いたアリッサがエミリーを押し、長椅子に倒れたエミリーは肘掛に頭をぶつけた。
「痛……」
「ごめんねえ」
「ビビっててもしかたないわ!生きるために前に進むしかないのよ!」
胸を張って腰に手を当てたマリナは、女王然とした大物感を漂わせ、アメジストの瞳に凛とした決意を滲ませていた。
◆◆◆
消灯時間が過ぎても、ジュリアは女子寮に戻って来なかった。
「ねえ、マリナちゃん。ジュリアちゃん遅いね」
「男子寮から来るのに手間取っているのよ。生徒の目に触れないように、使用人の出入口から出てくるって、リリーが言っていたでしょう?」
「ジュリアが、男装……前と同じか」
エミリーは魔法球をお手玉しながら暇をつぶしている。
「フィービー先生に許可をもらったっていっても、男子寮に泊まるのは流石によくないよね。アレックス君だって迷惑だよ」
「……案外喜んでるかも」
にやり。エミリーが笑った瞬間、寝室の向こうの居間部分が騒がしくなった。
「帰ってきたんだわ」
寝る支度をしてもらったジュリアは、姉妹に向かって情けない顔をした。
「はー。参ったよ」
「帰りが遅かったのと関係があるの?」
「そ。消灯時間の後で、いきなり殿下がきてさ」
「セドリック様が?」
「違う違う。リオネル殿下だよ。うちのクラスに来てる」
あの空気を読まない王子か、とマリナは内心舌打ちした。
「国では対等に話せる友達がいなかったとかって、やけに楽しそうでさ」
「お友達になったの?」
「……世話係」
「アレックスが世話係になってんの。席替えでアレックスが私の隣の席だったのに、一番前が嫌だからってリオネル王子がアレックスと席を交換して……」
しばらくジュリアの愚痴が続いた後、マリナは改めて三人に報告した。
「お兄様に、セドリック様が好きだと言いました!」
「えええええ!」
大声を上げたジュリアの口をアリッサが塞ぎ、エミリーは消音の魔法をかけようかと指を上げた。
「静かに。……もう潮時だと思ったのよ。セドリック様の妃になっても、あるいは家が没落して死ぬとしても、お兄様と私の道は交わらないわ。ハーリオン家の領地管理人でいるよりも、どこかの貴族の養子になれば……」
「お兄様優秀だからねえ」
「うちが没落しなくても、跡取りはクリスがいるもんね。マリナの婿になれるかもって期待させるよりは、今のうちにスパッと諦めて別の道に進んでもらおうってこと?」
「そうよ」
マリナの英断を褒めるジュリアとアリッサの隣で、エミリーが目を細める。
「……単純」
「エミリーちゃん、何を……」
「優柔不断なマリナにしては、よくやったと思うけど?」
「義兄が隠しキャラなら、心に深手を負わせるのは、危険。憎しみを持ったままヒロインに取りこまれたら、確実に破滅する。……マリナも、私達も」
シン……
姉妹の寝室を静寂が支配した。
「破滅するのが先か、魔王が全てを壊すのが先か……」
「魔王?」
「マシュー先生と何かあったの?」
「魔法が使えなくなっちゃうから、腕輪は返したんだよね?」
こくり、とエミリーが頷いた。
「今日、アイリーンが……腕輪してた」
「嘘!」
「乗り換え早すぎだろ、おい!」
「何かわけがあるのよ、きっと。先生と話してみたの?エミリー」
俯く妹の手を取りゆっくりと撫でる。前世で末妹がぐずった時の必殺技だった。
「……話してない」
「腕輪だけで判断するのは早急じゃないかしら?」
顔を覗きこんだマリナは、エミリーの瞳からぽたぽたと雫が垂れているのに気づいた。人形のように無表情の妹が、ただ涙だけ流していた。
「……アイリーンは喜んでた。さも、マシューが自分のものになったって顔で!……だから、この世界でマシューに会うのが嫌だった。会えば好きになるし、好きになっても結局、ヒロインに取られるんだ……」
「エミリー……」
マリナがぎゅっと抱きしめた。その上からアリッサとジュリアが抱きしめる。
「マリナちゃんだけじゃなくて、私もいるよ?」
「ヒロインから奪い返してやりな!協力する!」
「……だ、そうよ。定められた物語に抗ってみてもいいと思うわ。ヒロインの言いなりになった彼らに、ただ殺されるのは馬鹿馬鹿しいもの」
「よぉし、ここで一発、円陣でも組んどくか!」
一番外側に腕を回していたジュリアが離れ、マリナとアリッサの肩を叩く。
「ほら、準備準備!」
三人が手を重ね、ジュリアに掴まれたエミリーの手が一番上に乗る。
「何て言うか決めたの?」
「決めてない。エミリーが決めて」
「は?私?」
驚いて涙が止まった。
「エミリーちゃんお願い」
「う……」
それから何度か掛け声をかけたものの、姉三人に交互にダメ出しをされ、いい台詞が見つからなくなったエミリーがブチギレて寝るまで、ハーリオン家四姉妹の部屋は賑やかだった。
入浴を済ませて夜着に着替えたマリナは、一点を見つめたまま小さく震えていた。
「マリナちゃん?……ねえ、エミリーちゃん、マリナちゃんてばどうしちゃったの?」
訊ねられたエミリーは、面倒くさそうにベッドから身体を起こし、
「引導渡したって」
とだけ言う。アリッサは眉を寄せて首を傾げた。
「誰に?」
「義兄に」
「……ええっ!?お兄様に……近づくなとか嫌いだとかキモいとか言っちゃったの?」
「どうかな」
エミリーはちらりと長姉を見るが、わなわなと震えながらブツブツ言っているだけだ。
「酷いこと言ったら、お兄様がもっとヤンデレになっちゃうよ?」
「または、ひたすら病んで、デレない……?」
「マリナちゃんを恨んじゃうとか?怖いよぉ……」
「……っしゃああああ!」
マリナが突然声を上げて立ち上がった。
驚いたアリッサがエミリーを押し、長椅子に倒れたエミリーは肘掛に頭をぶつけた。
「痛……」
「ごめんねえ」
「ビビっててもしかたないわ!生きるために前に進むしかないのよ!」
胸を張って腰に手を当てたマリナは、女王然とした大物感を漂わせ、アメジストの瞳に凛とした決意を滲ませていた。
◆◆◆
消灯時間が過ぎても、ジュリアは女子寮に戻って来なかった。
「ねえ、マリナちゃん。ジュリアちゃん遅いね」
「男子寮から来るのに手間取っているのよ。生徒の目に触れないように、使用人の出入口から出てくるって、リリーが言っていたでしょう?」
「ジュリアが、男装……前と同じか」
エミリーは魔法球をお手玉しながら暇をつぶしている。
「フィービー先生に許可をもらったっていっても、男子寮に泊まるのは流石によくないよね。アレックス君だって迷惑だよ」
「……案外喜んでるかも」
にやり。エミリーが笑った瞬間、寝室の向こうの居間部分が騒がしくなった。
「帰ってきたんだわ」
寝る支度をしてもらったジュリアは、姉妹に向かって情けない顔をした。
「はー。参ったよ」
「帰りが遅かったのと関係があるの?」
「そ。消灯時間の後で、いきなり殿下がきてさ」
「セドリック様が?」
「違う違う。リオネル殿下だよ。うちのクラスに来てる」
あの空気を読まない王子か、とマリナは内心舌打ちした。
「国では対等に話せる友達がいなかったとかって、やけに楽しそうでさ」
「お友達になったの?」
「……世話係」
「アレックスが世話係になってんの。席替えでアレックスが私の隣の席だったのに、一番前が嫌だからってリオネル王子がアレックスと席を交換して……」
しばらくジュリアの愚痴が続いた後、マリナは改めて三人に報告した。
「お兄様に、セドリック様が好きだと言いました!」
「えええええ!」
大声を上げたジュリアの口をアリッサが塞ぎ、エミリーは消音の魔法をかけようかと指を上げた。
「静かに。……もう潮時だと思ったのよ。セドリック様の妃になっても、あるいは家が没落して死ぬとしても、お兄様と私の道は交わらないわ。ハーリオン家の領地管理人でいるよりも、どこかの貴族の養子になれば……」
「お兄様優秀だからねえ」
「うちが没落しなくても、跡取りはクリスがいるもんね。マリナの婿になれるかもって期待させるよりは、今のうちにスパッと諦めて別の道に進んでもらおうってこと?」
「そうよ」
マリナの英断を褒めるジュリアとアリッサの隣で、エミリーが目を細める。
「……単純」
「エミリーちゃん、何を……」
「優柔不断なマリナにしては、よくやったと思うけど?」
「義兄が隠しキャラなら、心に深手を負わせるのは、危険。憎しみを持ったままヒロインに取りこまれたら、確実に破滅する。……マリナも、私達も」
シン……
姉妹の寝室を静寂が支配した。
「破滅するのが先か、魔王が全てを壊すのが先か……」
「魔王?」
「マシュー先生と何かあったの?」
「魔法が使えなくなっちゃうから、腕輪は返したんだよね?」
こくり、とエミリーが頷いた。
「今日、アイリーンが……腕輪してた」
「嘘!」
「乗り換え早すぎだろ、おい!」
「何かわけがあるのよ、きっと。先生と話してみたの?エミリー」
俯く妹の手を取りゆっくりと撫でる。前世で末妹がぐずった時の必殺技だった。
「……話してない」
「腕輪だけで判断するのは早急じゃないかしら?」
顔を覗きこんだマリナは、エミリーの瞳からぽたぽたと雫が垂れているのに気づいた。人形のように無表情の妹が、ただ涙だけ流していた。
「……アイリーンは喜んでた。さも、マシューが自分のものになったって顔で!……だから、この世界でマシューに会うのが嫌だった。会えば好きになるし、好きになっても結局、ヒロインに取られるんだ……」
「エミリー……」
マリナがぎゅっと抱きしめた。その上からアリッサとジュリアが抱きしめる。
「マリナちゃんだけじゃなくて、私もいるよ?」
「ヒロインから奪い返してやりな!協力する!」
「……だ、そうよ。定められた物語に抗ってみてもいいと思うわ。ヒロインの言いなりになった彼らに、ただ殺されるのは馬鹿馬鹿しいもの」
「よぉし、ここで一発、円陣でも組んどくか!」
一番外側に腕を回していたジュリアが離れ、マリナとアリッサの肩を叩く。
「ほら、準備準備!」
三人が手を重ね、ジュリアに掴まれたエミリーの手が一番上に乗る。
「何て言うか決めたの?」
「決めてない。エミリーが決めて」
「は?私?」
驚いて涙が止まった。
「エミリーちゃんお願い」
「う……」
それから何度か掛け声をかけたものの、姉三人に交互にダメ出しをされ、いい台詞が見つからなくなったエミリーがブチギレて寝るまで、ハーリオン家四姉妹の部屋は賑やかだった。
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