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学院編 4 歓迎会は波乱の予兆

99 悪役令嬢は黄色い歓声に包まれる

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華やかな主旋律と呼応する第二テーマが美しいピアノ曲を、アリッサは中ほどまで弾いて
「あっ」
と声を上げてしまう。
「また、同じところだな」
彼女の左側に立ち、ピアノに手を添えていたレイモンドが、中指で眼鏡を上げて呟いた。
「ご、ごめんなさい……」
「何を謝る?」
「レイ様に、練習につきあってもらってるのに……私……」
忙しい彼の時間を無駄にしてしまったと、アリッサはアメジストの瞳を潤ませた。

「泣くな……ほら」
アリッサの手を掴むと、レイモンドは指一本一本に口づけていく。
「……っ!レイ様?」
「これはまじないだ。君は必ず、本番で上手に弾けるだろう」
唇を指に触れさせたまま、レイモンドが低く囁く。指先に伝わる振動も、少し湿った感触も、アリッサの鼓動を早めるのに十分だった。
「もう、大丈夫、です」
――大丈夫じゃないわ。ドキドキしすぎて、ピアノなんか弾けない……。
「そうか?」
鍵盤から視線を彼に向けると、少し意地悪に笑っている。
「なっ……?」
「真っ赤になって、全く『大丈夫』ではなさそうに見えるぞ」
「うう……」
――完全にお見通しなんだわ。

「もう一度弾いてみろ。次に失敗したら……別のところにまじないが必要だな」
「別の、ところ?」
聞き返してはいけないと頭の中で警鐘が鳴っている。
「唇か、首筋か……ああ、胸元でもいいか」
沸騰したように赤くなったアリッサを見て、レイモンドがクックックッと笑う。
「茶化さないでください!」
「茶化してなどいない。……さあ、弾いてみてくれ」
レイモンドの指がアリッサの手首を持ち上げ、鍵盤に下ろした。

   ◆◆◆

「キース、助けてくれ……お願いだよ」
生徒会室で机に突っ伏したセドリックは、書類に目を走らせている新入りの生徒会書記に泣きついた。
「まだ挨拶が書けないんですか?」
「『歓迎の言葉』なんて、歓迎する気がないのに書けないよ……」
はあ、とキースは溜息をつく。アリッサがいなくなって、フローラは寮に帰ると言っていなくなってしまった。ジュリアとアレックスも練習に行って、入れ替わりに戻って来たセドリックと向かい合わせで座り、彼の苦悶に付き合っていた。

学院に入学する前は、王太子セドリックは彼にとって雲の上の存在だった。魔導士団長である祖父や、魔導士の父母からは、何とかして王太子の側近になるようにと、口を酸っぱくして言われていた。しかし、キースの目から見て、今の王太子は世話が焼ける情けない男でしかない。一つ年上の二年生なのに、公式の場以外ではマリナやレイモンドに甘えてばかりの困ったちゃんなのだ。
「嘘でも歓迎しないといけないんですよ」
「侯爵令嬢を妃に狙ってるような奴なんだぞ。まるっきり僕の敵じゃないか。敵と仲良くするのは……」
キースが読んでいた本をセドリックに見せる。
「……これは?」
「国王陛下が王太子時代に、アスタシフォンの留学生を歓迎した時の御言葉です。当時の記録が残っていてよかったですね」

「……」
セドリックは夢中で記録を読んだ。途中で何度か頷いている。
「殿下?」
「これ、いいね!すごくいい!流石父上だ。完璧だよ!」
記録を手に持って神の偶像を崇拝するかのごとく掲げている。
「……こんな感じで、って、聞いてます?」
「ありがとうございます父上!これで僕はマリナのもとに駆けていける!」
青い瞳にうれし涙が見える。記録を読みながら、猛烈な速さで挨拶原稿を書いていく。
「殿下、丸写しはいけませんよ?」
「年月日は直すよ」
キラキラと王子オーラを出しながら微笑まれ、キースは何も言えなくなった。

   ◆◆◆

キン!
金属音が響く剣技科訓練場には、多くの生徒達が集まっていた。
「キャー、ジュリア様、頑張って!」
女子生徒の黄色い声援がこだまする。
「……おい、ジュリア」
剣を合わせて顔が近づき、アレックスが小声で問う。
「何?」
「お前の応援、どうして増えてんだよ」
「知らないよ」
カキン!
アレックスが一歩引き、また斬りかかる。ジュリアがさっと躱すも、躱しきれずに押される格好になった。声援の中に悲鳴が混じる。
「くっ……」
「降参か?」
金色の瞳が悪戯っぽく輝く。
「降参……しないっ!」

二人は剣を交えながら、声援に疑問を感じていた。技が決まった時ではなく、二人が接近した時に一段と声援が大きくなるのだ。悲鳴が混じることもある。
「何なんだよ……」
アレックスがシャツの前をはだけさせると、見ていた女子生徒の悲鳴が上がる。
「だから、脱ぐなってば!」
ジュリアがシャツの前を合わせてやると、それでもまた悲鳴が聞こえた。
「……あれ、アレックスのファンじゃない?私が触れると嫌なんだわ」
「そうか?」
首を傾げたアレックスは、不意にジュリアに顔を近づけた。角度によってはキスしているように見える距離だ。一段と悲鳴が大きくなった。
「何すんの!恥ずかしいってば!」
鍛えられた胸を押し返す。手に触れる感触にジュリアが狼狽える。背後でまた女子の悲鳴が……。
「なあ」
「ん?」
「俺達、滅茶苦茶注目されてるんだな」
「アレックス、女子の間で人気あるんだよ、きっと」
きっと、と言うより絶対だ。乙女ゲームの攻略対象者がイケメンでモテるというのは定番路線だ。『とわばら』の攻略対象者の中でモテていないのはマシューくらいなものだろう。
「告白とかされちゃうんだろうな……」
汗を拭いている恋人兼親友を見つめて、ジュリアは憂鬱な気分になった。


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