227 / 794
学院編 3 初めてのキスと恐怖の勉強会
76 悪役令嬢は口を塞がれる
しおりを挟む
「すまなかった。謝っても謝りきれない。初めての、あ、相手は、愛する人と……」
言い淀みながら謝ろうとするマシューに、エミリーは苛立って仕方がなかった。口づけだの愛する人だの、よく恥ずかしくもなく言えるものだ。エミリーにも理想はあった。初めてのキスは好きな人と、どこで、こんなふうにと妄想したこともある。
「そうね。謝るって発想が許せない」
「ああ。だから、謝っても謝りきれないと……」
頭の上から悔しそうな声がする。顔の傍で彼の鼓動が早鐘を打っている。
「……ドキドキしてる」
つい口に出してしまった。
「当たり前だ!……お前だって」
「キャッ」
腕を解き身体を離すと、マシューはエミリーの胸に耳を当てた。
――ちょ、この、体勢はっ……。
エミリーは動揺した、が、顔に出なかった。
「ああ……ちゃんと音がする。お前の呼吸も鼓動もしないと分かった時、俺は……」
声が震えた。エミリーの肩と腕を掴んでいたマシューの手から力が抜け、シーツの上に滑り落ちた。支えがなくなったエミリーの身体は、再びベッドに倒れた。
「怖くて仕方がなかった。二度と目を覚まさないのなら、お前に魔法をかけたドウェインも、学院も、全て吹き飛んでしまえばいいと思った」
赤い瞳が光る。
――この顔、見たこと、ある!
エミリーの脳裏にゲームの画面がフラッシュバックした。野外学習でヒロインが悪役令嬢の放った魔獣に襲われて意識を失った場面で、マシューが魔王化しかける時の顔だった。
シトラスミントの香りがきつくなった。マシューの身体から魔力が溢れてきているのだ。
――止めないと!
「ダメ」
なけなしの腹筋を使って起き上がり、エミリーはマシューの首筋に抱きついた。
「怖いこと、言わないで。私が目を覚まさなくても、ここはあなたが生きていく世界、私が愛した世界なの。……吹き飛んでしまえなんて、言ってはダメ!」
マシューの魔力が揺らいだ。温かい波動を感じる。
「エミリー……俺は、怖いんだ」
「怖い?」
「お前を好きだと認めることも、お前を失うことも、全て。自分が自分でなくなるような気がしてしまう。だから……」
「私は死なない」
首に回していた手を緩め、エミリーはマシューの顔を正面から見つめた。
「誰にも負けない最強の魔導士になるわ。あなたが教えてくれるんでしょう?」
羞恥心をひた隠し、渾身の力で言い放つ。きっと顔が真っ赤になっているに違いないとエミリーは思っていたが、実際はほんのり頬が染まっただけだった。
「ああ……そうだな」
マシューは目を細めて、降参だ、と呟いた。大きな骨ばった手がエミリーの頬を撫でた。見つめる黒と赤の瞳は優しく、魔王が持つ狂気は微塵も感じられない。至近距離で見る彼は、やはりエミリーの好みのタイプ、ストライクゾーンど真ん中だ。
――カッコよすぎて直視できない!
視線を逸らした。体内の血液が猛烈な勢いで巡っている気がする。
やがて視線を逸らしても回避できないほど近くにマシューの顔が近づき、
「……好きだ」
と低い声で吐息たっぷりに囁かれた。
――ぐはっ……。
頭の中で警報が鳴り響く。エミリーは恥ずかしさで悶絶しそうだった。彼にこれ以上近づくのは危険だ。ドキドキしすぎて身がもたない。
「あ、あの、マシュー……」
「記憶を上書きさせてくれ」
――上書き?何のこと?
と戸惑っている間に素早く唇が重なった。
互いの魔力が触れ合った唇から一気に流れ込んだ。独特の痺れるような感覚が全身を駆け抜けていく。
「ん……はあ……」
マシューも荒く息をしている。皮膚に触れる感覚で魔力を感じ取る彼は、匂いで感じるエミリーよりも快不快を強く感じるらしい。
ベッドに並んで腰かけ魔力の波動が落ち着くのを待って、マシューはエミリーの手を引き寄せた。小声で呪文を詠唱し、手首に触れると光と共にシャンと金属音がした。
「これ……」
何もない空間から現れたブレスレットがエミリーの手首にはめられていた。シンプルな銀の輪に六つの宝石が等間隔に埋め込まれている。飾り気が全くない。
「攻撃魔法防御、精神干渉魔法防御と、腕輪を外して壊されないように鍵をかけてある」
細い手首に丁度良い大きさのそれは、手首から外そうとしても外れない。
「鍵って……」
「石があるだろう。それぞれに六属性の鍵の魔法をかけてある。鍵を解除するのは同一人物でなければならない」
六属性の魔力を持つ人物は、エミリーの知る限り彼しかいない。エミリーでも鍵は五つしか開けられない。
――外せないってこと?
「ドウェインは軽く脅しておいたが、また何か仕掛けてくるかもしれない。あいつは俺を目の敵にしているからな。教職員と使用人は、寮の部屋にも入って来られる。油断はできない」
目の前で眉間に皺を寄せているマシューも、堂々とエミリーの寝室に入ってきたくらいだ。
「それに、気づいているみたいだ……お前が俺の『特別』だと」
「私を特別扱いしなければいいんですよ、先生?」
『特別』と言われて高鳴る胸を誤魔化すように、エミリーはマシューを見上げた。
「……そんな目で見るなっ」
ストイックな性格で渋い顔ばかりしているマシューが赤くなる様子は見ていて楽しい。内心笑いが止まらない。
「いつもと同じ顔ですよ?」
無表情なのには自信がある。姉妹でババ抜きをして、一番先に勝ち抜けるのは常にエミリーだ。
「うるさい。……からかうなら口を塞ぐぞ」
欲の滲んだ瞳がエミリーを射すくめる。吐息が近づき、キスの予感にエミリーの魔力が震えた。
言い淀みながら謝ろうとするマシューに、エミリーは苛立って仕方がなかった。口づけだの愛する人だの、よく恥ずかしくもなく言えるものだ。エミリーにも理想はあった。初めてのキスは好きな人と、どこで、こんなふうにと妄想したこともある。
「そうね。謝るって発想が許せない」
「ああ。だから、謝っても謝りきれないと……」
頭の上から悔しそうな声がする。顔の傍で彼の鼓動が早鐘を打っている。
「……ドキドキしてる」
つい口に出してしまった。
「当たり前だ!……お前だって」
「キャッ」
腕を解き身体を離すと、マシューはエミリーの胸に耳を当てた。
――ちょ、この、体勢はっ……。
エミリーは動揺した、が、顔に出なかった。
「ああ……ちゃんと音がする。お前の呼吸も鼓動もしないと分かった時、俺は……」
声が震えた。エミリーの肩と腕を掴んでいたマシューの手から力が抜け、シーツの上に滑り落ちた。支えがなくなったエミリーの身体は、再びベッドに倒れた。
「怖くて仕方がなかった。二度と目を覚まさないのなら、お前に魔法をかけたドウェインも、学院も、全て吹き飛んでしまえばいいと思った」
赤い瞳が光る。
――この顔、見たこと、ある!
エミリーの脳裏にゲームの画面がフラッシュバックした。野外学習でヒロインが悪役令嬢の放った魔獣に襲われて意識を失った場面で、マシューが魔王化しかける時の顔だった。
シトラスミントの香りがきつくなった。マシューの身体から魔力が溢れてきているのだ。
――止めないと!
「ダメ」
なけなしの腹筋を使って起き上がり、エミリーはマシューの首筋に抱きついた。
「怖いこと、言わないで。私が目を覚まさなくても、ここはあなたが生きていく世界、私が愛した世界なの。……吹き飛んでしまえなんて、言ってはダメ!」
マシューの魔力が揺らいだ。温かい波動を感じる。
「エミリー……俺は、怖いんだ」
「怖い?」
「お前を好きだと認めることも、お前を失うことも、全て。自分が自分でなくなるような気がしてしまう。だから……」
「私は死なない」
首に回していた手を緩め、エミリーはマシューの顔を正面から見つめた。
「誰にも負けない最強の魔導士になるわ。あなたが教えてくれるんでしょう?」
羞恥心をひた隠し、渾身の力で言い放つ。きっと顔が真っ赤になっているに違いないとエミリーは思っていたが、実際はほんのり頬が染まっただけだった。
「ああ……そうだな」
マシューは目を細めて、降参だ、と呟いた。大きな骨ばった手がエミリーの頬を撫でた。見つめる黒と赤の瞳は優しく、魔王が持つ狂気は微塵も感じられない。至近距離で見る彼は、やはりエミリーの好みのタイプ、ストライクゾーンど真ん中だ。
――カッコよすぎて直視できない!
視線を逸らした。体内の血液が猛烈な勢いで巡っている気がする。
やがて視線を逸らしても回避できないほど近くにマシューの顔が近づき、
「……好きだ」
と低い声で吐息たっぷりに囁かれた。
――ぐはっ……。
頭の中で警報が鳴り響く。エミリーは恥ずかしさで悶絶しそうだった。彼にこれ以上近づくのは危険だ。ドキドキしすぎて身がもたない。
「あ、あの、マシュー……」
「記憶を上書きさせてくれ」
――上書き?何のこと?
と戸惑っている間に素早く唇が重なった。
互いの魔力が触れ合った唇から一気に流れ込んだ。独特の痺れるような感覚が全身を駆け抜けていく。
「ん……はあ……」
マシューも荒く息をしている。皮膚に触れる感覚で魔力を感じ取る彼は、匂いで感じるエミリーよりも快不快を強く感じるらしい。
ベッドに並んで腰かけ魔力の波動が落ち着くのを待って、マシューはエミリーの手を引き寄せた。小声で呪文を詠唱し、手首に触れると光と共にシャンと金属音がした。
「これ……」
何もない空間から現れたブレスレットがエミリーの手首にはめられていた。シンプルな銀の輪に六つの宝石が等間隔に埋め込まれている。飾り気が全くない。
「攻撃魔法防御、精神干渉魔法防御と、腕輪を外して壊されないように鍵をかけてある」
細い手首に丁度良い大きさのそれは、手首から外そうとしても外れない。
「鍵って……」
「石があるだろう。それぞれに六属性の鍵の魔法をかけてある。鍵を解除するのは同一人物でなければならない」
六属性の魔力を持つ人物は、エミリーの知る限り彼しかいない。エミリーでも鍵は五つしか開けられない。
――外せないってこと?
「ドウェインは軽く脅しておいたが、また何か仕掛けてくるかもしれない。あいつは俺を目の敵にしているからな。教職員と使用人は、寮の部屋にも入って来られる。油断はできない」
目の前で眉間に皺を寄せているマシューも、堂々とエミリーの寝室に入ってきたくらいだ。
「それに、気づいているみたいだ……お前が俺の『特別』だと」
「私を特別扱いしなければいいんですよ、先生?」
『特別』と言われて高鳴る胸を誤魔化すように、エミリーはマシューを見上げた。
「……そんな目で見るなっ」
ストイックな性格で渋い顔ばかりしているマシューが赤くなる様子は見ていて楽しい。内心笑いが止まらない。
「いつもと同じ顔ですよ?」
無表情なのには自信がある。姉妹でババ抜きをして、一番先に勝ち抜けるのは常にエミリーだ。
「うるさい。……からかうなら口を塞ぐぞ」
欲の滲んだ瞳がエミリーを射すくめる。吐息が近づき、キスの予感にエミリーの魔力が震えた。
0
お気に入りに追加
751
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる