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学院編 2 生徒会入りを阻止せよ!
54 公爵令息は選挙の準備をする
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【レイモンド視点】
食堂のテラス席で、テーブルに額を乗せたセドリックは微動だにしない。
「いい加減にしろ。食事時くらい陰気な顔をするな」
「……つらい」
給仕が置いたフルーツジュースには目もくれず、どんよりと陰鬱なオーラを放っている。
「だったら婚約保留などと言わなければよかっただろうが」
「マリナに嫌われたくなかったんだ」
子供の頃に出会って以来、時には王妃様の力を借りながら王宮に呼びつけ、散々自分の想いをぶつけてきたくせに、何を今さら。
「そうか。さぞマリナは喜んだだろうな」
「……どうだろう。驚いていたけど」
マリナだけではない。俺も顛末を聞かされた時は驚いた。
「保留にしたくないとは言わなかったよ。……ねえ、それってつまり」
セドリックの青い瞳が曇る。数年前なら、この顔をしたら泣いていたな。すぐに泣かなくなったところを見れば、泣き虫王太子も成長したということか。
「つまり?マリナは婚約の保留、いや、婚約破棄を望んでいたってことか」
「はっきり言わなくてもいいだろ、レイ!」
「残念だったな、セドリック。まあ、王太子妃になりたい令嬢はいくらでもいる。マリナ以外に目を向けてみるのも……」
「嫌だ。他の令嬢なんかマリナの足元にも及ばないよ」
頑固すぎるのも困ったものだ。
確かにマリナの立ち居振る舞いは、群を抜いて王妃らしい。アリッサの姉だけあって容姿も優れている。セドリックの気持ちも分からなくはない。
「婚約を保留にして、マリナに考える時間をやって、お前にも考える時間ができたんだ。気持ちを押しつけるより、通い合わせる努力をするんだな」
「……うん」
こちらを横目でちらりと見る。
「納得していない顔だな」
「レイは、アリッサと気持ちを通い合わせてる?」
何を言い出すんだ。
「俺のことはいいだろう」
「アリッサは努力家だよね。生徒会の仕事も覚えようとしているし、いつも君の期待に応えようとしてる。新入生代表になるために、きっと懸命に勉強したと思う」
「だろうな」
そう言えば、試験のために勉強したかと訊ねたことはなかったな。
アリッサなら当然、新入生代表になるだろうと思っていた。同学年に王族もいなければ、学力を認められて入学する平民も少ない。
「そうか。彼女の努力を分かっていたんだね。いいなあ、レイモンド」
「羨ましいか」
「うん。君は無条件でアリッサを信じてるんだろう?」
――信じている?
セドリックに言われて、言い表せなかった気持ちが腑に落ちた。
「ああ」
「僕も、マリナに信頼してもらえるかな」
「さあ、どうだろうな」
目を細めてセドリックを見て、俺は手元の紅茶を飲み干した。
「そこは励ますところだよ」
「元気が出たようだな。……教室に戻るぞ。五時間目が始まる」
◆◆◆
教室に戻ると、ハロルドが声をかけてきた。青緑の瞳が心なしか微笑んでいるように見える。
「どうした?」
「先ほど、あなたに来客がありましたよ」
「誰だ」
「ええ。マリナとアリッサが、選挙の演説会と投票の件で、最終確認をしたいと。明日なのですね」
マリナが来たのか。選挙の準備にはマリナは関わっていないから、アリッサに付き合ったのだろう。ハロルドは思いがけず義妹に会えて嬉しかったようだ。
「ああ。セドリックと俺とマリナは、王宮の用事で生徒会室に行かないことも多い。実質、アリッサとマックスが二人で準備したようなものだな」
「アリッサは役員として優秀なのですね」
「勿論だ。……マリナも副会長として優秀だがな」
「そうでしょうとも」
ハロルドは自分のことのように誇らしげだった。
「ところで、レイモンド。……あれ以来、マリナは王太子殿下と共に昼食をとってはいないようですが」
鋭いな。いや、食堂で義妹を観察しているのだろうか。
ハロルドは人当たりの良い優しい男だが、時々言動にドキリとさせられる。特に、マリナに関しては。
「少し距離をおいて考える時間を持つそうだ。……なあに、堪え性のないセドリックのことだ。三日もすれば禁断症状が出るだろう」
「距離を……おく?」
口元に手を当て、ハロルドが意味を咀嚼しようとした。
「王太子殿下は、マリナに構うのをやめると?」
「いつまでもつか分からないが」
「……そうですか……」
ハロルドの切れ長の瞳が輝き、ふっと細められた。
◆◆◆
放課後。俺は生徒会室に急いだ。
アリッサが俺の力を必要としているのだ。
「抜かりなく準備しなければ」
つい呟いて、生徒会室のドアに手をかけた。
――うん?
中から話し声がする。アリッサの声に間違いはない。
「ほめすぎですよ、マックス先輩」
俺達がマクシミリアンをマックスと呼んでいるからか、アリッサも愛称で呼ぶようになった。他の男と距離を縮めていくようで面白くない。
「アリッサさんがいなければ、私は途方に暮れていたでしょうね。あなたは十分すぎる働きをしていますよ」
「私はただ……少しでも皆さんの助けになれたらと」
「皆さん?レイモンド副会長の間違いではありませんか」
一瞬沈黙が流れた。ドアの前で立ち聞きをする趣味はないが、中に入りにくいのは確かだ。
「レイ様は、私が完璧に準備をして当たり前だと思ってらっしゃいますわ」
「……アリッサさん。あなたは……入学したばかりなのですよ。指名された形で生徒会に入って、右も左もわからないのに完璧に事務をするよう求められて、おかしいと思わないのですか」
「おかしいって、何ですか?」
「ああ……可哀想に。あなたは洗脳されているのですよ」
わざと音が大きくなるようにドアを開けた。
「レイ様!」
アリッサが花が綻ぶように笑顔を見せる。
「遅くなってすまない」
マクシミリアンを軽く睨みつければ
「いえ……」
とだけ短く返事をする。
「俺がいない間に、アリッサが手を焼かせただろう?」
「とんでもない。アリッサさんは一人でも仕事をこなしていましたよ」
――そうだろうな。一を聞いて十を知る、だからな。
「なら、いい。……選挙の準備ができたと聞いたが」
「はい!投票用紙も揃っています。演説会の進行台本はこれです」
アリッサは俄然張り切っている。これを俺に見せたくて、昼休みに教室を訪ねてきたのだ。
「……ど、どうですか?」
おずおずと俺の様子を窺う。上目使いで見つめられて思わずキスしたくなったが、隣にいるマクシミリアンが視界に入り諦めた。
「いいな。投票用紙は魔法科の先生から預かったものか」
「はい。別の先生に魔法効果の確認をしていただいています」
俺は深く頷いた。
「よく頑張ったな、アリッサ」
銀髪を撫でて抱きしめる。腕の中で紫の瞳が俺を見上げる。
「俺も婚約者として鼻が高いよ」
額に口づける。
その時アリッサがどんな顔をしていたか、俺には見えなかった。
食堂のテラス席で、テーブルに額を乗せたセドリックは微動だにしない。
「いい加減にしろ。食事時くらい陰気な顔をするな」
「……つらい」
給仕が置いたフルーツジュースには目もくれず、どんよりと陰鬱なオーラを放っている。
「だったら婚約保留などと言わなければよかっただろうが」
「マリナに嫌われたくなかったんだ」
子供の頃に出会って以来、時には王妃様の力を借りながら王宮に呼びつけ、散々自分の想いをぶつけてきたくせに、何を今さら。
「そうか。さぞマリナは喜んだだろうな」
「……どうだろう。驚いていたけど」
マリナだけではない。俺も顛末を聞かされた時は驚いた。
「保留にしたくないとは言わなかったよ。……ねえ、それってつまり」
セドリックの青い瞳が曇る。数年前なら、この顔をしたら泣いていたな。すぐに泣かなくなったところを見れば、泣き虫王太子も成長したということか。
「つまり?マリナは婚約の保留、いや、婚約破棄を望んでいたってことか」
「はっきり言わなくてもいいだろ、レイ!」
「残念だったな、セドリック。まあ、王太子妃になりたい令嬢はいくらでもいる。マリナ以外に目を向けてみるのも……」
「嫌だ。他の令嬢なんかマリナの足元にも及ばないよ」
頑固すぎるのも困ったものだ。
確かにマリナの立ち居振る舞いは、群を抜いて王妃らしい。アリッサの姉だけあって容姿も優れている。セドリックの気持ちも分からなくはない。
「婚約を保留にして、マリナに考える時間をやって、お前にも考える時間ができたんだ。気持ちを押しつけるより、通い合わせる努力をするんだな」
「……うん」
こちらを横目でちらりと見る。
「納得していない顔だな」
「レイは、アリッサと気持ちを通い合わせてる?」
何を言い出すんだ。
「俺のことはいいだろう」
「アリッサは努力家だよね。生徒会の仕事も覚えようとしているし、いつも君の期待に応えようとしてる。新入生代表になるために、きっと懸命に勉強したと思う」
「だろうな」
そう言えば、試験のために勉強したかと訊ねたことはなかったな。
アリッサなら当然、新入生代表になるだろうと思っていた。同学年に王族もいなければ、学力を認められて入学する平民も少ない。
「そうか。彼女の努力を分かっていたんだね。いいなあ、レイモンド」
「羨ましいか」
「うん。君は無条件でアリッサを信じてるんだろう?」
――信じている?
セドリックに言われて、言い表せなかった気持ちが腑に落ちた。
「ああ」
「僕も、マリナに信頼してもらえるかな」
「さあ、どうだろうな」
目を細めてセドリックを見て、俺は手元の紅茶を飲み干した。
「そこは励ますところだよ」
「元気が出たようだな。……教室に戻るぞ。五時間目が始まる」
◆◆◆
教室に戻ると、ハロルドが声をかけてきた。青緑の瞳が心なしか微笑んでいるように見える。
「どうした?」
「先ほど、あなたに来客がありましたよ」
「誰だ」
「ええ。マリナとアリッサが、選挙の演説会と投票の件で、最終確認をしたいと。明日なのですね」
マリナが来たのか。選挙の準備にはマリナは関わっていないから、アリッサに付き合ったのだろう。ハロルドは思いがけず義妹に会えて嬉しかったようだ。
「ああ。セドリックと俺とマリナは、王宮の用事で生徒会室に行かないことも多い。実質、アリッサとマックスが二人で準備したようなものだな」
「アリッサは役員として優秀なのですね」
「勿論だ。……マリナも副会長として優秀だがな」
「そうでしょうとも」
ハロルドは自分のことのように誇らしげだった。
「ところで、レイモンド。……あれ以来、マリナは王太子殿下と共に昼食をとってはいないようですが」
鋭いな。いや、食堂で義妹を観察しているのだろうか。
ハロルドは人当たりの良い優しい男だが、時々言動にドキリとさせられる。特に、マリナに関しては。
「少し距離をおいて考える時間を持つそうだ。……なあに、堪え性のないセドリックのことだ。三日もすれば禁断症状が出るだろう」
「距離を……おく?」
口元に手を当て、ハロルドが意味を咀嚼しようとした。
「王太子殿下は、マリナに構うのをやめると?」
「いつまでもつか分からないが」
「……そうですか……」
ハロルドの切れ長の瞳が輝き、ふっと細められた。
◆◆◆
放課後。俺は生徒会室に急いだ。
アリッサが俺の力を必要としているのだ。
「抜かりなく準備しなければ」
つい呟いて、生徒会室のドアに手をかけた。
――うん?
中から話し声がする。アリッサの声に間違いはない。
「ほめすぎですよ、マックス先輩」
俺達がマクシミリアンをマックスと呼んでいるからか、アリッサも愛称で呼ぶようになった。他の男と距離を縮めていくようで面白くない。
「アリッサさんがいなければ、私は途方に暮れていたでしょうね。あなたは十分すぎる働きをしていますよ」
「私はただ……少しでも皆さんの助けになれたらと」
「皆さん?レイモンド副会長の間違いではありませんか」
一瞬沈黙が流れた。ドアの前で立ち聞きをする趣味はないが、中に入りにくいのは確かだ。
「レイ様は、私が完璧に準備をして当たり前だと思ってらっしゃいますわ」
「……アリッサさん。あなたは……入学したばかりなのですよ。指名された形で生徒会に入って、右も左もわからないのに完璧に事務をするよう求められて、おかしいと思わないのですか」
「おかしいって、何ですか?」
「ああ……可哀想に。あなたは洗脳されているのですよ」
わざと音が大きくなるようにドアを開けた。
「レイ様!」
アリッサが花が綻ぶように笑顔を見せる。
「遅くなってすまない」
マクシミリアンを軽く睨みつければ
「いえ……」
とだけ短く返事をする。
「俺がいない間に、アリッサが手を焼かせただろう?」
「とんでもない。アリッサさんは一人でも仕事をこなしていましたよ」
――そうだろうな。一を聞いて十を知る、だからな。
「なら、いい。……選挙の準備ができたと聞いたが」
「はい!投票用紙も揃っています。演説会の進行台本はこれです」
アリッサは俄然張り切っている。これを俺に見せたくて、昼休みに教室を訪ねてきたのだ。
「……ど、どうですか?」
おずおずと俺の様子を窺う。上目使いで見つめられて思わずキスしたくなったが、隣にいるマクシミリアンが視界に入り諦めた。
「いいな。投票用紙は魔法科の先生から預かったものか」
「はい。別の先生に魔法効果の確認をしていただいています」
俺は深く頷いた。
「よく頑張ったな、アリッサ」
銀髪を撫でて抱きしめる。腕の中で紫の瞳が俺を見上げる。
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