上 下
174 / 794
学院編 2 生徒会入りを阻止せよ!

27 悪役令嬢はテラス席からの眺めを堪能する

しおりを挟む
「どうしたんですか、エミリーさん。さっきから上の空じゃないですか」
大好きな魔法実技の全体練習の時間なのに、覇気がないエミリーを心配して、キースが声をかけた。
「……うん」
「僕で力になれそうなことなら、いくらでも……」
呼ばれた順番に魔法を出して見せる小テストをしている最中で、生徒達は床に座り込んでいる。エミリーは短いスカートの中が見えないよう、今日も黒いローブで脚を覆っていた。すぐ隣に座ったキースは、先にテストを終えており、後は他の生徒の様子を見ているだけだ。

「あのさ」
「はい!」
キースは頼られる予感に心が躍ったらしい。耳とぶんぶん振られる尻尾が見えそうな気がする。
「魅了の魔法って、知ってる?」
魔導士団長の家なら、普通の魔導士では知らない魔法でも習得しているかもしれない。僅かな期待を胸にエミリーは友を見つめた。
「み、魅了ですか?」
「知らない?なら、別にいい」
「いえ!知っています。知っているのですが……その……」
門外不出だとでも言うのだろうか。マシューが言うように精神干渉系の魔法は危険が多い。使用に制約があっても不思議はない。
「エミリーさんは、いつ、気づいたのですか」
「気づく?」
何のことかよく分からない。エミリーは首を傾げた。
「僕が魅了の魔法をかけていると気づくとは、流石あなたですね。実家から本を取り寄せた甲斐がありました」
――キースが魅了の魔法を使っている?誰に?

「王妃様のお茶会で初めてあなたに会って、今まではライバルで友達でしたね」
「そうね」
出会いは最悪だけど。
「王立学院へ入学した時、僕は決心したのです!」
「声、大きい……」
「あなたとの関係を、友達から恋人にしてみせると!」
瞳を輝かせて宣言したキースは、勢いのままに立ち上がり、顔を赤らめてこちらを見ていた。
――目立つのは勘弁してよ!
「僕があなたを魅了したなんて、まだ信じられませんが……」
「何言ってるの、キース!」
――勘違いも甚だしい!
第一、私がキースに惚れてるなんて、人前で言う?これだから魔導士は空気が読めないって言われるのよ!

「照れなくても分かっています。……はあ、嬉しすぎて倒れそうです。これが夢だったら……」
――夢、ね。
エミリーはこめかみをピクピクさせながら、右手に紫色の球体を浮かび上がらせた。
「……ねえ、キース」
「はっ、エミリーさん、それは一体……」
「夢かどうか、確かめさせてあげるわ!」
バシュッ!ドムッ。
「うっ……」
闇魔法の衝撃波を受け、キースはその場に倒れた。

   ◆◆◆

――昼休みになったら食堂に来い。

レイモンドと約束した通り、アリッサはマリナを伴い、四時間目が終わるとすぐに食堂へ向かった。
「ごめんね、マリナちゃん。つきあわせちゃって……」
「いいのよ」
方向音痴のアリッサが食堂に来るには、どのみち誰かが付き添ってやらなければいけない。レイモンドが一年の教室に迎えに来るか、マリナと一緒に行くかの二択である。食堂へは一階で繋がっている廊下で別棟へ行かなければならないので、上階の教室のレイモンドが一年の教室に寄ってくれてもよさそうなものだ。
「殿下と一緒なの、嫌?」
小さい声でアリッサが訊ねた。心配そうに眉を八の字にしている。
「ううん。嫌ってわけではないの。ただ、昨日のことがね……」
愛情表現が過剰なセドリックに、正直どう返していったらいいか分からない。付き合いも長くなって、悪い人ではないのは重々承知している。彼に恋しているかとなると別問題だ。
「お昼ごはんの間に、何かするとは思えないわ。大丈夫よ、マリナちゃん」
「根拠のない憶測ね……」
マリナは溜息をついた。
「根拠ならあるわ。レイ様も私もいるもの、ちゃんと止めてあげる!」
アリッサが自分の胸を叩いた後、マリナの腕を掴みうんうんと頷いた。
「頼んだわよ」

食堂に入ると、入口近くにレイモンドが立って待っていた。
「遅くなってごめんなさい、レイ様」
「学院長の歴史の時間が長引いて」
「ああ。乗ってくると長くなるからな。……席はあっちに取ってある。行くぞ」
レイモンドはアリッサの肩を抱き寄せた。マリナは後ろからとぼとぼとついていく。
「テラス席ですか?」
「今日は天気がいい。セドリックも庭を眺めて食事がしたいと言うのでな」
テラスへの出入口から足を踏み出した時、マリナは回れ右をして帰りたい衝動に駆られた。
「待っていたよ、マリナ」
輝く王子スマイルで優しく微笑む王太子セドリックと、
「たまには、昼食をご一緒させていただこうかと思いまして」
青緑色の瞳に影を宿し、妖艶に微笑む義兄ハロルドが同じテーブルについて待っていた。
――何でこのメンバーなのよ!さてはレイモンドが……。
キッ、と視線を送ると、レイモンドはマリナなど気にしていない様子で、自分の隣の席にアリッサを腰かけさせている。食堂専属の給仕により円卓に用意された椅子の数は五つ。セドリックの隣にレイモンド、レイモンドの隣にアリッサ。アリッサの隣は先にハロルドが座っていたため、空席は一つだけだ。
「マリナは僕の隣だね。ふふ、嬉しいな」
椅子の背に手をかけてセドリックは言う。
――私は嬉しくない!帰りたい!
「そう言えば、隣同士で食事をするのは初めてですね、マリナ。家ではいつも斜め向かいでしたから」
「……ええ」
言葉が出てこない。給仕が椅子を引き、顔面蒼白のマリナが席に着くと、アリッサがおろおろしてこちらを見ているのに気づいた。
「マリナちゃん……私、席を」
代わろうか?と言い終わらないうちに、セドリックとレイモンドが「ダメだ」「ダメだよ」と口々に言った。
「……はい」
肩を落とししょんぼりして引き下がる。
この後の食事が喉を通らない予感を誤魔化すように、マリナは遠くの景色に目をやった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...