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ゲーム開始前 6 王妃の茶会

93 悪役令嬢は薬指に約束される

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「どこ行ったのよ、エミリー……」
マリナは王宮の回廊を歩いていた。
王宮に一度しか来たことがないエミリーは、どこで迷っているのだろう。迷子を捜すうち、自分も迷子になりそうだ。王宮で迷うと碌なことがない。以前も建物の中で迷い、変な男に殺されかけたことがある。
曲がり角を曲がった時、見覚えのある後姿を見つけた。
――こ、この間の変質者だわ!
忍び足で角の手前まで戻り、ふぅ、と深呼吸する。
――ここから離れなきゃ。
「また会ったね」
ひいいいい!
後ろを振り向くと、先ほどの青年貴族がすぐ傍に立っていた。
すぐに裾を持ち上げ逃げようとするも、この日のために作らせた豪華絢爛な刺繍入りドレスは重かった。すぐに捕らえられてしまった。
「放して!人を呼ぶわよ!」
「ここは滅多に人が来ない。今日は王妃の茶会で警備が手薄だ」
何てこと!
エミリーを探しに来ないで、おとなしく庭園にいるんだったわ。
「今日は君のお披露目なんだってね?王太子の婚約者として現れるはずの令嬢が、王宮の中で死体になるとは……ふふふ」
ふふふじゃない、笑うな!
壁際に追い詰められ、前回同様に急所を蹴ろうとするものの、ドレスの重さで脚が動かせない。
マリナの手首を捕らえていない手で、青年貴族はマリナの首に触れた。
「銀の髪も顔立ちも、気が強そうな眼差しも、なんてそっくりなんだ……」
そっくり?誰と?
って首絞められてる!!!


瞬間、眩い光が二人の前に現れた。
――何なの?
ドサドサッ。
「はあ、はあ……」
急に首にかかっていた手が離れ、息を上げて周りを見れば、廊下に倒れた青年貴族の上に紫のドレスが見える。
「エ、エミリー?」
エミリーは両手に赤紫色の魔法球を発生させている。気を失っている青年に向かってではなく水色の服の誰かに向かって。
「また触った」
「だから事故ですってば」
「二回も……」
「故意に揉んだわけでは」
「うるさい。死ね!」
無表情のエミリーが珍しく少し頬を紅潮させて感情を露わに魔法を繰り出す。水色の服の少年が、青みがかった金の光を放ち応戦し、魔法の効果が相殺された。
「一体、何なの……」

   ◆◆◆

エミリーからキースを紹介され、マリナは挨拶を交わした。首の痛みはキースの治癒魔法で消えてなくなった。
「危険な目にあったのね」
「ええ。銀の髪がどうどか言っていたわ」
「お母様のストーカーか」
侯爵夫人の度の過ぎたファンは、時々四姉妹を誘拐しようとすることがあった。光源氏よろしく手に入らない女性にそっくりな容姿の少女を自分の手で養育して自分好みの女にしようというわけなのか、自宅から出ないエミリーを除いて、外出することがある三人は何度か攫われかけたことがある。
「今日は殺されかけたわ」
「死体愛好家?」
「そうかもね。どのみち変態よ」
「……」
くるりと振り返り、青年貴族に向かって衝撃波を繰り出す。
「ぐっ」
呻き声が聞こえ、効果に納得したエミリーは、今度こそ座標をぶれさせないようにとキースに厳命して、二人と手を繋いだ。

   ◆◆◆

「どこに行っていたんだい?マリナ」
先程から彼女を探していたセドリックは、マリナ達が現れたのを見て胸をなでおろした。
「エミリーを探しに」
「王太子殿下、お二人を見つけたのはこの私でございます」
キースが一歩前に進み出る。あからさまなアピールにエミリーが吐き気を催す。
「そうか。ご苦労だったな。……さあ、マリナ、皆が待っているよ」
差し出された手に手を添えると、セドリックはマリナを見つめて小さく頷いた。
――いよいよ、決まってしまうのだわ。

二人が現れると、仲良く談笑していた令息令嬢達が口を閉ざし、一斉に振り返る。
「皆、聞いてくれ」
セドリックはいつもの頼りない風情を隠し、堂々と胸を張り、王子らしく声を上げた。
「既に聞き及んでいるとは思うが……私は彼女、マリナ・ハーリオンを王太子妃にする」
――え?
候補じゃなく、妃にするってどういうことよ?
視線だけで問いかけるも、セドリックはうっとりしてマリナを見るばかりだ。
ダメだ、全然分かってない。
「候補、が抜けておりましてよ、殿下?」
作り笑顔のまま、耳元に顔を寄せてひそひそと話しかける。
「候補も何も、初めから君に決まっているだろう?」
「他に候補を発表なさいませんと」
「僕に他の令嬢を呼べと言うの?」
「慣例でしょう?」
「そうだったかな」
とぼけたふりをしても許さないんだから。
そんなににこにこして、嬉しそうだからって許さないんだからね!

王太子妃(予定)としてマリナは全員の前で紹介された。セドリックに手を引かれ優雅に微笑む様は、少し前までストーカーに首を絞められていたとは思えない。候補は複数いてもいいのだが、セドリックは今日の茶会で他の令嬢を候補に入れなかった。事実上、マリナが婚約者となったのである。
「マリナ」
青い瞳を輝かせてマリナを見つめる王太子は、彼女以外視界に入っていないようだ。
「殿下。もう少し他の方にも目を向けられては……」
「必要ないよ。僕が誰か別の女の子と話していたら、君は嫉妬してくれる?」
「しません」
「うん、そうだろうと思った。だから、声をかけない」
王太子はマリナの薬指にキスをして、
「早くここに指輪をはめたいよ」
と甘い声で囁いた。
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