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ゲーム開始前 6 王妃の茶会
91 悪役令嬢は少年剣士と喧嘩する
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令嬢達に紹介されたジュリアは、ドレスを褒められて礼を言う。噂話は正直分からない。
「ごめん。私、その人……その方を知らなくてさ」
王太子に紹介された直後こそ囲まれたものの、剣の話しかできないジュリアは次第に遠巻きにされていく。
「うー。帰りたい帰りたい帰りたい……」
邪魔なドレスの裾を少し持ち上げ、ばっさばっさと動かすと、斜めにあしらわれた黒いレースと赤いフリルが庭園の芝生に引っかかる。
「げ、レースが破けた?あー、お母様に怒られる……」
大股で椅子へ向かおうとすると、後ろから声をかけられた。
「ジュリア!」
毎日のように聞きなれた声。彼の声はこの一年でずっと低くなった。
「……アレックス」
ヴィルソード家の紋章が入った剣を携え、黒地に赤の差し色が入った上着を着ている。赤に黒の装飾がついているジュリアのドレスと、申し合わせたかのように色が合う。
「話がある」
「男のふりしてたこと?それは……」
マリナの策略だよ、とは言えない。何て説明しよう。
「知ってた」
「え?」
「確信は持てなかったが、男にしては力もないし、細いし」
力いっぱい当たっても、アレックスには勝てなくなっていた。練習試合に勝つにはスピードで翻弄するしか策はなかった。
「何か、事情があったんだろ?」
「うーん。事情なんて大それたものはなくて。騎士は男の方がいいのかな?ってくらいで」
「女騎士もいる」
そうだった。言い訳に使おうにも弱い。
「アレックスは、私が女だって知っていたら、友達になってくれたか?」
アレックスはビクッと体を震わせた。
「お前、女嫌いじゃないか。友達になるには男でないと……」
「……俺の、俺のせいなのか?」
「勘違いしたお前も悪い」
開き直ってジュリアはアレックスに責任転嫁をし始めた。
「俺と友達になりたくて、男の恰好をしていたと……」
「んー。そんな感じ?騙してたのは悪かったよ。ごめん、謝る。だから……」
アレックスの金の瞳が強い光を帯び、ジュリアを見据えた。
「今日、ドレスを着てきたのは何故だ?……あそこで群れになってる奴らみたいに、男を狩るためにか」
「違う、違うってば。これはお母様が着ろっていうから仕方なく……ほら、公式の場だし」
まだ疑ってるな、この目は。
「信じられない……」
「私だけじゃないよ。アレックスだってそんな気合の入ったカッコしてさ。さっきだってどっかのご令嬢に話しかけられてデレデレしてたじゃん!」
「してねーよ!」
「どうだか。女は苦手だとか言っておきながら、モテモテで嬉しいくせに!」
「嬉しくない!ってか、お前だって殿下に手ぇ引かれて赤くなってただろうがっ」
「あれは緊張したからですぅー。エスコートもできない誰かさんとは違いますぅー!」
「俺だって……」
唇を突き出して話すジュリアを悔しそうな表情で見返す。
ふん、口喧嘩で勝てると思ってか。ジュリアは腰に手を当てて誇らしげにふんぞり返った。
「俺だって、エスコートくらいできるんだからな!」
――ん?捨て台詞が来るかと思ったら、何か違った。
「そうなの?」
ジュリアは急に距離を詰め、アレックスの顔を覗き込んだ。彼の方が背が高く、ヒールを履いていても少し見上げる感じになる。
「あ、ああ。母上に家庭教師をつけられて……」
「私と同じじゃん。よかった、ここに同志がいて……友よ」
思わず男同士の時のように抱きつくと、たじろいだアレックスが半歩下がり、ジュリアの体重を支えた。
「いきなり抱きつくなよ!びっくりするだろ」
首に回された腕を解き、アレックスは真っ赤になってジュリアを立たせた。
「頼むよアレックス。茶会が終わるまで、エスコートしてよ」
「……」
「ね、お願い!知らない奴ばっかりでさ、男でも女でも話がまともに噛みあわなくて」
「……仕方ないな。俺はお前をエスコートする。……ふりだけどな。二人でいれば、邪魔する奴も来ないだろう」
――邪魔?
その言い方って、私達が二人の世界を作ってるみたいじゃない?
「……向こうにテーブルがあっただろ?いつも殿下とマリナが使ってるやつ」
「うん」
何気ない誘いなのに、少し緊張してしまう。
「そこに行こうぜ。で、茶会が終わるまで適当に時間つぶしてさ」
「うん」
アレックスが差し出した手を取り、人生で初めてエスコートされたジュリアは、庭園の奥へと歩き出した。
◆◆◆
二人が消えた茶会の会場では、多くの令嬢方ががっくりと項垂れていた。
「ご覧になりまして、あの」
「ええ。アレックス様がハーリオン家の……二番目?」
「そう。次女のジュリア様と仲良くどこかへ行ってしまわれたのですわ」
「ああー、何てことでしょう。殿下もレイモンド様もハーリオン侯爵家のご令嬢にご執心な様子ですのに、アレックス様までああでは」
「ジュリア様はこういった場には滅多にお出にならないと聞きましたのに、一日で……」
「前からお知り合いのようでしたわ。激しく喧嘩なされたかと思うと、抱き合って」
「単なる痴話喧嘩?」
「全く人騒がせな。相手がいるならいると教えていただきたいものですわね。アレックス様ったら何を話しかけても『ああ』とか『うん』とかお返事なさらないし」
「ジュリア様と話す時はお口が滑らかになるようですわね」
私達では太刀打ちできませんわねー、と令嬢方は口々に感想を述べ、新たな標的を探しに向かったのだった。
「ごめん。私、その人……その方を知らなくてさ」
王太子に紹介された直後こそ囲まれたものの、剣の話しかできないジュリアは次第に遠巻きにされていく。
「うー。帰りたい帰りたい帰りたい……」
邪魔なドレスの裾を少し持ち上げ、ばっさばっさと動かすと、斜めにあしらわれた黒いレースと赤いフリルが庭園の芝生に引っかかる。
「げ、レースが破けた?あー、お母様に怒られる……」
大股で椅子へ向かおうとすると、後ろから声をかけられた。
「ジュリア!」
毎日のように聞きなれた声。彼の声はこの一年でずっと低くなった。
「……アレックス」
ヴィルソード家の紋章が入った剣を携え、黒地に赤の差し色が入った上着を着ている。赤に黒の装飾がついているジュリアのドレスと、申し合わせたかのように色が合う。
「話がある」
「男のふりしてたこと?それは……」
マリナの策略だよ、とは言えない。何て説明しよう。
「知ってた」
「え?」
「確信は持てなかったが、男にしては力もないし、細いし」
力いっぱい当たっても、アレックスには勝てなくなっていた。練習試合に勝つにはスピードで翻弄するしか策はなかった。
「何か、事情があったんだろ?」
「うーん。事情なんて大それたものはなくて。騎士は男の方がいいのかな?ってくらいで」
「女騎士もいる」
そうだった。言い訳に使おうにも弱い。
「アレックスは、私が女だって知っていたら、友達になってくれたか?」
アレックスはビクッと体を震わせた。
「お前、女嫌いじゃないか。友達になるには男でないと……」
「……俺の、俺のせいなのか?」
「勘違いしたお前も悪い」
開き直ってジュリアはアレックスに責任転嫁をし始めた。
「俺と友達になりたくて、男の恰好をしていたと……」
「んー。そんな感じ?騙してたのは悪かったよ。ごめん、謝る。だから……」
アレックスの金の瞳が強い光を帯び、ジュリアを見据えた。
「今日、ドレスを着てきたのは何故だ?……あそこで群れになってる奴らみたいに、男を狩るためにか」
「違う、違うってば。これはお母様が着ろっていうから仕方なく……ほら、公式の場だし」
まだ疑ってるな、この目は。
「信じられない……」
「私だけじゃないよ。アレックスだってそんな気合の入ったカッコしてさ。さっきだってどっかのご令嬢に話しかけられてデレデレしてたじゃん!」
「してねーよ!」
「どうだか。女は苦手だとか言っておきながら、モテモテで嬉しいくせに!」
「嬉しくない!ってか、お前だって殿下に手ぇ引かれて赤くなってただろうがっ」
「あれは緊張したからですぅー。エスコートもできない誰かさんとは違いますぅー!」
「俺だって……」
唇を突き出して話すジュリアを悔しそうな表情で見返す。
ふん、口喧嘩で勝てると思ってか。ジュリアは腰に手を当てて誇らしげにふんぞり返った。
「俺だって、エスコートくらいできるんだからな!」
――ん?捨て台詞が来るかと思ったら、何か違った。
「そうなの?」
ジュリアは急に距離を詰め、アレックスの顔を覗き込んだ。彼の方が背が高く、ヒールを履いていても少し見上げる感じになる。
「あ、ああ。母上に家庭教師をつけられて……」
「私と同じじゃん。よかった、ここに同志がいて……友よ」
思わず男同士の時のように抱きつくと、たじろいだアレックスが半歩下がり、ジュリアの体重を支えた。
「いきなり抱きつくなよ!びっくりするだろ」
首に回された腕を解き、アレックスは真っ赤になってジュリアを立たせた。
「頼むよアレックス。茶会が終わるまで、エスコートしてよ」
「……」
「ね、お願い!知らない奴ばっかりでさ、男でも女でも話がまともに噛みあわなくて」
「……仕方ないな。俺はお前をエスコートする。……ふりだけどな。二人でいれば、邪魔する奴も来ないだろう」
――邪魔?
その言い方って、私達が二人の世界を作ってるみたいじゃない?
「……向こうにテーブルがあっただろ?いつも殿下とマリナが使ってるやつ」
「うん」
何気ない誘いなのに、少し緊張してしまう。
「そこに行こうぜ。で、茶会が終わるまで適当に時間つぶしてさ」
「うん」
アレックスが差し出した手を取り、人生で初めてエスコートされたジュリアは、庭園の奥へと歩き出した。
◆◆◆
二人が消えた茶会の会場では、多くの令嬢方ががっくりと項垂れていた。
「ご覧になりまして、あの」
「ええ。アレックス様がハーリオン家の……二番目?」
「そう。次女のジュリア様と仲良くどこかへ行ってしまわれたのですわ」
「ああー、何てことでしょう。殿下もレイモンド様もハーリオン侯爵家のご令嬢にご執心な様子ですのに、アレックス様までああでは」
「ジュリア様はこういった場には滅多にお出にならないと聞きましたのに、一日で……」
「前からお知り合いのようでしたわ。激しく喧嘩なされたかと思うと、抱き合って」
「単なる痴話喧嘩?」
「全く人騒がせな。相手がいるならいると教えていただきたいものですわね。アレックス様ったら何を話しかけても『ああ』とか『うん』とかお返事なさらないし」
「ジュリア様と話す時はお口が滑らかになるようですわね」
私達では太刀打ちできませんわねー、と令嬢方は口々に感想を述べ、新たな標的を探しに向かったのだった。
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