101 / 794
ゲーム開始前 5 婚約騒動
75-2 悪役令嬢は入試の心配をする(裏)
しおりを挟む
【ハロルド視点】
私がハーリオン侯爵家に戻って二か月が経った。戻ったと言っても、以前ここで暮らしていた記憶がないため、懐かしい我が家に戻ったという印象はない。唯一懐かしさを感じたもの、それは妹・マリナの微笑だった。
「……お帰りなさいませ、お兄様」
記憶を失くして帰ってきた私に、彼女はそう言って頭を下げた。
しばらく物言いたげに見つめていたが、私にはその視線の意味が分からない。
――何か、胸騒ぎがする。
胸騒ぎと言っていいのだろうか。彼女が私を見る時、私の中に捉えようのない気持ちが頭をもたげる。
朝食時間に顔を合わせる度、廊下ですれ違う度、堪らなく嬉しさがこみ上げる。他の妹達や弟のクリスには感じない何かを。
◆◆◆
「出かけるところですか、マリナ」
廊下を早足で歩く彼女を見つけて声をかけた。マリナははっとして私を見る。
「ええ。王宮へ参ります」
「……また、セドリック殿下の呼び出しですか」
「呼び出し、などと……」
「呼び出しですよね?理由をつけて、三日と空けずにあなたを王宮へ招いているのに。王族の招きを断れないと知っていながら」
「そんな……セドリック様には他意はないのですわ。あの通り、世間知らずの呑気な方ですから」
チリッ
私の胸が小さく痛んだ。
――それほどまでに、王太子をかばうのか?
彼女は王太子妃候補になる。王太子に肩入れしてもおかしくはない。
「随分王太子殿下と仲良くなったのですね」
「……は、はい……」
私が笑いかけるとマリナは俯いた。
「正式に王太子妃候補としてお披露目される日も近いのでしょう?殿下はあなたにご執心のようですから」
「私は……」
マリナは何度も瞬きをして、ふと笑った。
「馬車を待たせておりますの。行ってまいります、お兄様」
美しく礼をして私を振り返ることなく行ってしまった。
◆◆◆
父が私に家庭教師をつけた。記憶をなくす前も教わっていたらしいが、忘れてしまったものもあるだろうと言われた。ダンスの練習もその一つだが、私は脚があまり上手に動かせないためパートナーをリードするのは難しい。一人で練習しても時々ふらついてしまった。
ダンス教師は私がダンスを上達させるには、パートナーとの練習が必要だと言った。実際に舞踏会に出たら、パートナーを変えながら踊るのだと。
「……私が、お兄様のパートナーを?」
私のパートナーに指名されたマリナは、ダンスホールに呼び出されて困惑していた。
「ええ、そうよ。四人のうちであなたが一番安定しているもの」
ダンス教師は彼女達にもダンスを教えている。実力も十分把握した上で、マリナがパートナーにいいのではないかと私に打診した。私は一も二もなく賛成した。何故だか彼女と踊りたかったのだ。
「お兄様の脚は大丈夫なんですの?」
彼女は私の脚の心配をしていた。その様子に既視感を覚える。
「心配ありませんよ。長時間踊るわけではありませんし。そうですよね、先生?」
マリナと踊れるなら、脚の痛みも忘れてしまうだろうと思う。
ホールの真ん中で彼女の手を取る。
「よろしくお願いします。……一曲、踊っていただけますか」
「ええ、喜んで」
踊る以外の選択肢はない。彼女が私の誘いを承ける前に、私が手を取っていたのだから。
曲が進むと胸が苦しくなってきた。脚が痛むわけではない。彼女とダンスを踊った記憶が微かにオーバーラップして心がざわつく。
「……お兄様?脚が痛むのですか?」
「いえ。脚は痛みません。……ただ」
――このまま、あなたを独占していたい。
独占したい?妹を?
妹を大切に思うのは構わない。当然のことだと思う。
彼女はいつか私の傍を離れていくのだ。王太子の元へ嫁ぐのだから。
――行かせない。何処にも。
マリナ、あなただけは失いたくない……。
王太子の目にも、誰の目にも触れない、二人だけの空間に閉じ込めてしまいたい。
「いや、何でもありませんよ」
――私は、今、何を?
私は彼女のいい兄でいなければならないのに。
仄暗い気持ちに気づかれないよう、慌ててマリナの手を放した。
私がハーリオン侯爵家に戻って二か月が経った。戻ったと言っても、以前ここで暮らしていた記憶がないため、懐かしい我が家に戻ったという印象はない。唯一懐かしさを感じたもの、それは妹・マリナの微笑だった。
「……お帰りなさいませ、お兄様」
記憶を失くして帰ってきた私に、彼女はそう言って頭を下げた。
しばらく物言いたげに見つめていたが、私にはその視線の意味が分からない。
――何か、胸騒ぎがする。
胸騒ぎと言っていいのだろうか。彼女が私を見る時、私の中に捉えようのない気持ちが頭をもたげる。
朝食時間に顔を合わせる度、廊下ですれ違う度、堪らなく嬉しさがこみ上げる。他の妹達や弟のクリスには感じない何かを。
◆◆◆
「出かけるところですか、マリナ」
廊下を早足で歩く彼女を見つけて声をかけた。マリナははっとして私を見る。
「ええ。王宮へ参ります」
「……また、セドリック殿下の呼び出しですか」
「呼び出し、などと……」
「呼び出しですよね?理由をつけて、三日と空けずにあなたを王宮へ招いているのに。王族の招きを断れないと知っていながら」
「そんな……セドリック様には他意はないのですわ。あの通り、世間知らずの呑気な方ですから」
チリッ
私の胸が小さく痛んだ。
――それほどまでに、王太子をかばうのか?
彼女は王太子妃候補になる。王太子に肩入れしてもおかしくはない。
「随分王太子殿下と仲良くなったのですね」
「……は、はい……」
私が笑いかけるとマリナは俯いた。
「正式に王太子妃候補としてお披露目される日も近いのでしょう?殿下はあなたにご執心のようですから」
「私は……」
マリナは何度も瞬きをして、ふと笑った。
「馬車を待たせておりますの。行ってまいります、お兄様」
美しく礼をして私を振り返ることなく行ってしまった。
◆◆◆
父が私に家庭教師をつけた。記憶をなくす前も教わっていたらしいが、忘れてしまったものもあるだろうと言われた。ダンスの練習もその一つだが、私は脚があまり上手に動かせないためパートナーをリードするのは難しい。一人で練習しても時々ふらついてしまった。
ダンス教師は私がダンスを上達させるには、パートナーとの練習が必要だと言った。実際に舞踏会に出たら、パートナーを変えながら踊るのだと。
「……私が、お兄様のパートナーを?」
私のパートナーに指名されたマリナは、ダンスホールに呼び出されて困惑していた。
「ええ、そうよ。四人のうちであなたが一番安定しているもの」
ダンス教師は彼女達にもダンスを教えている。実力も十分把握した上で、マリナがパートナーにいいのではないかと私に打診した。私は一も二もなく賛成した。何故だか彼女と踊りたかったのだ。
「お兄様の脚は大丈夫なんですの?」
彼女は私の脚の心配をしていた。その様子に既視感を覚える。
「心配ありませんよ。長時間踊るわけではありませんし。そうですよね、先生?」
マリナと踊れるなら、脚の痛みも忘れてしまうだろうと思う。
ホールの真ん中で彼女の手を取る。
「よろしくお願いします。……一曲、踊っていただけますか」
「ええ、喜んで」
踊る以外の選択肢はない。彼女が私の誘いを承ける前に、私が手を取っていたのだから。
曲が進むと胸が苦しくなってきた。脚が痛むわけではない。彼女とダンスを踊った記憶が微かにオーバーラップして心がざわつく。
「……お兄様?脚が痛むのですか?」
「いえ。脚は痛みません。……ただ」
――このまま、あなたを独占していたい。
独占したい?妹を?
妹を大切に思うのは構わない。当然のことだと思う。
彼女はいつか私の傍を離れていくのだ。王太子の元へ嫁ぐのだから。
――行かせない。何処にも。
マリナ、あなただけは失いたくない……。
王太子の目にも、誰の目にも触れない、二人だけの空間に閉じ込めてしまいたい。
「いや、何でもありませんよ」
――私は、今、何を?
私は彼女のいい兄でいなければならないのに。
仄暗い気持ちに気づかれないよう、慌ててマリナの手を放した。
0
お気に入りに追加
751
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる