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ゲーム開始前 3 攻略対象の不幸フラグを折れ!
43 悪役令嬢は地下に潜む
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マリナが王宮へ連れ去られた後、マリナの分も朝食を堪能したジュリアは、いつも通りにヴィルソード侯爵家へ出かけた。馬車から降りて玄関ホールに入るなり、昨日まで王宮に詰めていた侯爵、つまりアレックスの父の騎士団長が、上半身裸で高速片手腕立て伏せをしているところに出くわした。
「おお、ジュリア。遊びにきたのか」
「はい。おはようございます。アレックスは練習場ですか?」
「ん?どうだったかな。倉庫で剣を探すと言っていたようだが……」
侯爵は傍にいた使用人に声をかけ、アレックスがいるであろう倉庫へジュリアを案内させた。
「ここ?」
「そうです、ジュリア様」
「だってここ、地下室じゃない?」
「そうです、ジュリア様」
「暗いし湿っぽいし、絶対キノコ生えてるって」
「そうです、ジュリア様」
さっきから同じセリフしか言わない従者だなとジュリアは思った。しかし、この地下室には行きたくない。暗くてジメジメしたところは大嫌いなのだ。
「魔法で照らしてはいかがでしょうか」
「私が魔法ダメなの知っててそういうこと言う?」
「失礼いたしました」
では、と従者はその場を去っていく。置き去りにしないでくれーとジュリアは内心懇願した。しばらくして先ほどの従者が光る球を持って戻ってきた。魔法で出した光の球は、光にろうそくのような芯があるわけではないが、手のひらに乗せることができる。
「光魔法の心得がある者に作らせました。ある程度の時間は明るさを維持できます」
「どれくらい?」
「存じません。アレックス様を見つけるには十分な時間かと」
「そう……わかった。行ってみる」
◆◆◆
高さと幅がまちまちな石造りの階段を、光球で照らしながら一段一段慎重に降りていく。途中で階段の踊り場があり、その先は直角に折れ曲がりさらに暗く潜っていた。
「うわあ……」
結い上げた髪が隙間風に吹かれ、地下室特有の冷えた空気が首筋を撫でる。
「アレックスー、いるのー?」
暗い空間に声だけが響く。物音はしない。本当に彼がここにいるのか不安に思えてならない。騎士団長の妄言に惑わされたのではないか。
「手前には……あ、ワインだ」
ワインセラーを兼ねた地下室は、取り出しやすいところにワインの棚を置いている。アレックスはワインに用はないだろう。いるとしたらもっと奥か。
カツン、カツン……
自分の靴音だけが響く。まだ人の気配を感じない。
「ここで合ってるの?他に倉庫があるんじゃないの?」
光球で照らした闇に、不意に人影が現れた。
「ひゃっ!」
よく見れば、甲冑が立てて置いてある。
「な、なんだ、甲冑かぁ……」
傷だらけではあるが物は良く、丈夫なつくりで重そうだ。アレックスは剣を取りに来ているはず。甲冑があるなら、剣はこの近くにあるのか。
ジュリアは地下室の天井まで積み重ねられた木箱の向こう側へ回り込んだ。回り込まなければ向こう側は見えなかった。
「ここにもいないか」
ジュリアがさらに奥の棚へと歩みを進めた時、先ほど甲冑があった辺りで人の話し声がした。息を顰めて聞き耳を立てれば、どうやら大人の男女が会話している。使用人同士の逢引だろうか。今出ていくのはさすがにまずい。
「もう待てないわ。早くして」
女の切羽詰まった声が聞こえる。
何を待っているんだ、一体。濡れ場になったら出ていけない。
そのうちに魔法の光球が消えたらどうしてくれようか。
「ダメだ、今動くのは……」
「いつまで待たせるつもり?早いとこ身代金いただいて逃げましょうよ」
身代金?何か穏やかではない単語が聞こえたような。
「近々アレックス様が出かけられる機会があるだろ。その時に……」
「従者はあなたが?」
「俺は別の仕事がある。弱い奴をつけるから心配は要らない」
「そう。うまくいくといいわね。向こうには私から連絡しておくからね」
「頼む」
二人が出て行った後、ジュリアはしばらく動けなかった。
アレックスが、誘拐される???
出かける機会って、あれだよね。旅芸人一座が来るって……。
「もう明後日じゃん……」
壁に背を預け、ずるりと座り込んだ。
◆◆◆
「元気ないぞ、ジュリアン。何か心配事か?」
地下室ではない別の倉庫に剣を取りに行っていたアレックスと合流し、剣の練習を一頻り終えた後、二人で木陰に座る。
同じ歳だが少しだけ誕生日が早いアレックスは、ジュリアを事あるごとに弟扱いしたがる。弟が欲しい彼の気持ちは分からないでもない。
「アレックス」
「何だよ」
「旅芸人を見に行くのさ、あれ、中止にしないか」
「はあ?お前だって楽しみにしてただろ」
ジュリアもこの世界の暦にバツ印をつけて、あと何日と数えていた。
「そりゃあ、楽しみだよ。でもさあ、子供二人だけじゃ危ないから、アレックスの父上についてきてもらえないかなあ」
「うちの従者はそれなりに鍛えてるぞ。俺達だって毎日練習してるじゃないか。子供だからって舐めてかかると痛い目に遭うぜ!」
アレックスは居もしない敵に剣を突き付けた。
「剣は持っていけないだろう。騎士や剣士と認められなければ、王都では帯剣できないきまりがあるよ」
「……分かった。一緒に行けないか父上に話してみる。父上が行けない時は、騎士団の誰かについてきてもらえないか頼んでみるよ」
「ありがとう、アレックス!」
◆◆◆
帰りの馬車の中で、ジュリアは乙女ゲーム「永遠に枯れない薔薇を君に」のアレックスを思い出していた。アレックスがヒロインに心を寄せるようになり、騎士団長である父との確執が明らかになる話があった。
アレックスの母は平民の出身で、騎士であるアレックスの父に愛されて妻となったが、アレックスを産んでからも貴族社会に馴染めなかった。アレックスが十歳の時、母と二人で外出したところを誘拐され、自分なら悪党を退治できると驕ったアレックスは失敗して殺されかける。息子の命を助けてくれと母が悪党に交渉し、アレックスは別室に閉じ込められる。翌日助け出されたアレックスは、母が殺されたと父に聞かされる。
妻の死の原因が息子にあると思った騎士団長は、次第に彼につらく当たるようになり、周囲の勧めもあって貴族令嬢を後妻に迎える。やがて後妻が身籠り、我が子をヴィルソード侯爵家の跡取りにしたいがために、アレックスの母との婚姻は正式なものではなかったと騎士団長に認めさせ、アレックスは庶子になる。美少年に成長したアレックスに継母は色目を使うようになり、アレックスは女性不審を募らせる……。
「アレックスのお母様の誘拐は起こらなかったのに……」
イベントは発生時期と形を変えてやってきた。彼はどのみち誘拐される。
「……私が守らないと」
――子供だからって舐めてかかると痛い目に遭うぜ!
意気揚々と剣を振り上げたアレックスの自信たっぷりな様子が脳裏に浮かんだ。
「おお、ジュリア。遊びにきたのか」
「はい。おはようございます。アレックスは練習場ですか?」
「ん?どうだったかな。倉庫で剣を探すと言っていたようだが……」
侯爵は傍にいた使用人に声をかけ、アレックスがいるであろう倉庫へジュリアを案内させた。
「ここ?」
「そうです、ジュリア様」
「だってここ、地下室じゃない?」
「そうです、ジュリア様」
「暗いし湿っぽいし、絶対キノコ生えてるって」
「そうです、ジュリア様」
さっきから同じセリフしか言わない従者だなとジュリアは思った。しかし、この地下室には行きたくない。暗くてジメジメしたところは大嫌いなのだ。
「魔法で照らしてはいかがでしょうか」
「私が魔法ダメなの知っててそういうこと言う?」
「失礼いたしました」
では、と従者はその場を去っていく。置き去りにしないでくれーとジュリアは内心懇願した。しばらくして先ほどの従者が光る球を持って戻ってきた。魔法で出した光の球は、光にろうそくのような芯があるわけではないが、手のひらに乗せることができる。
「光魔法の心得がある者に作らせました。ある程度の時間は明るさを維持できます」
「どれくらい?」
「存じません。アレックス様を見つけるには十分な時間かと」
「そう……わかった。行ってみる」
◆◆◆
高さと幅がまちまちな石造りの階段を、光球で照らしながら一段一段慎重に降りていく。途中で階段の踊り場があり、その先は直角に折れ曲がりさらに暗く潜っていた。
「うわあ……」
結い上げた髪が隙間風に吹かれ、地下室特有の冷えた空気が首筋を撫でる。
「アレックスー、いるのー?」
暗い空間に声だけが響く。物音はしない。本当に彼がここにいるのか不安に思えてならない。騎士団長の妄言に惑わされたのではないか。
「手前には……あ、ワインだ」
ワインセラーを兼ねた地下室は、取り出しやすいところにワインの棚を置いている。アレックスはワインに用はないだろう。いるとしたらもっと奥か。
カツン、カツン……
自分の靴音だけが響く。まだ人の気配を感じない。
「ここで合ってるの?他に倉庫があるんじゃないの?」
光球で照らした闇に、不意に人影が現れた。
「ひゃっ!」
よく見れば、甲冑が立てて置いてある。
「な、なんだ、甲冑かぁ……」
傷だらけではあるが物は良く、丈夫なつくりで重そうだ。アレックスは剣を取りに来ているはず。甲冑があるなら、剣はこの近くにあるのか。
ジュリアは地下室の天井まで積み重ねられた木箱の向こう側へ回り込んだ。回り込まなければ向こう側は見えなかった。
「ここにもいないか」
ジュリアがさらに奥の棚へと歩みを進めた時、先ほど甲冑があった辺りで人の話し声がした。息を顰めて聞き耳を立てれば、どうやら大人の男女が会話している。使用人同士の逢引だろうか。今出ていくのはさすがにまずい。
「もう待てないわ。早くして」
女の切羽詰まった声が聞こえる。
何を待っているんだ、一体。濡れ場になったら出ていけない。
そのうちに魔法の光球が消えたらどうしてくれようか。
「ダメだ、今動くのは……」
「いつまで待たせるつもり?早いとこ身代金いただいて逃げましょうよ」
身代金?何か穏やかではない単語が聞こえたような。
「近々アレックス様が出かけられる機会があるだろ。その時に……」
「従者はあなたが?」
「俺は別の仕事がある。弱い奴をつけるから心配は要らない」
「そう。うまくいくといいわね。向こうには私から連絡しておくからね」
「頼む」
二人が出て行った後、ジュリアはしばらく動けなかった。
アレックスが、誘拐される???
出かける機会って、あれだよね。旅芸人一座が来るって……。
「もう明後日じゃん……」
壁に背を預け、ずるりと座り込んだ。
◆◆◆
「元気ないぞ、ジュリアン。何か心配事か?」
地下室ではない別の倉庫に剣を取りに行っていたアレックスと合流し、剣の練習を一頻り終えた後、二人で木陰に座る。
同じ歳だが少しだけ誕生日が早いアレックスは、ジュリアを事あるごとに弟扱いしたがる。弟が欲しい彼の気持ちは分からないでもない。
「アレックス」
「何だよ」
「旅芸人を見に行くのさ、あれ、中止にしないか」
「はあ?お前だって楽しみにしてただろ」
ジュリアもこの世界の暦にバツ印をつけて、あと何日と数えていた。
「そりゃあ、楽しみだよ。でもさあ、子供二人だけじゃ危ないから、アレックスの父上についてきてもらえないかなあ」
「うちの従者はそれなりに鍛えてるぞ。俺達だって毎日練習してるじゃないか。子供だからって舐めてかかると痛い目に遭うぜ!」
アレックスは居もしない敵に剣を突き付けた。
「剣は持っていけないだろう。騎士や剣士と認められなければ、王都では帯剣できないきまりがあるよ」
「……分かった。一緒に行けないか父上に話してみる。父上が行けない時は、騎士団の誰かについてきてもらえないか頼んでみるよ」
「ありがとう、アレックス!」
◆◆◆
帰りの馬車の中で、ジュリアは乙女ゲーム「永遠に枯れない薔薇を君に」のアレックスを思い出していた。アレックスがヒロインに心を寄せるようになり、騎士団長である父との確執が明らかになる話があった。
アレックスの母は平民の出身で、騎士であるアレックスの父に愛されて妻となったが、アレックスを産んでからも貴族社会に馴染めなかった。アレックスが十歳の時、母と二人で外出したところを誘拐され、自分なら悪党を退治できると驕ったアレックスは失敗して殺されかける。息子の命を助けてくれと母が悪党に交渉し、アレックスは別室に閉じ込められる。翌日助け出されたアレックスは、母が殺されたと父に聞かされる。
妻の死の原因が息子にあると思った騎士団長は、次第に彼につらく当たるようになり、周囲の勧めもあって貴族令嬢を後妻に迎える。やがて後妻が身籠り、我が子をヴィルソード侯爵家の跡取りにしたいがために、アレックスの母との婚姻は正式なものではなかったと騎士団長に認めさせ、アレックスは庶子になる。美少年に成長したアレックスに継母は色目を使うようになり、アレックスは女性不審を募らせる……。
「アレックスのお母様の誘拐は起こらなかったのに……」
イベントは発生時期と形を変えてやってきた。彼はどのみち誘拐される。
「……私が守らないと」
――子供だからって舐めてかかると痛い目に遭うぜ!
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