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ゲーム開始前 2 暴走しだした恋心
36 悪役令嬢は攻略対象に探りを入れられる
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「へえ。マリナが王太子殿下と婚約ねえ……」
心底興味なさそうにアレックスが相槌を打った。
「婚約っていうか、王太子妃候補になったって」
候補は数人いてそこから選ばれるのだとか。マリナは一人目だから、あと二、三人は選ばれるのだろう。
「俺達もそんな年になったってことか」
頭の後ろで手を組んで、アレックスは芝生の上に体を投げ出した。
「まだまだ子供のままでいられると思ったのにさ。十五、六になって婚約者もいないようじゃ、売れ残りって言われても仕方ないんだって」
「大変だな、女は」
「だよね」
自分はどうしたらいいのだろう。学院に入学しても男のふりをしたままでは、婚約なんてしないのだろう。恋もしたことがないのに、結婚なんて馬鹿げている。
寝転がったアレックスの視線を感じた。
「ジュリアン」
「何だ」
「お前も婚約したりすんの?」
できるわけないだろう。女同士で。
「しない」
「じゃあ、好きな奴は?」
ドクン。
心臓が変な音を立てた。
何言いだすんだこいつは。
「あのなあ、アレックス。女みたいに恋の話でもするつもりか」
ジュリアが寝ているアレックスに掴みかかると、弾みで押し倒しているような姿勢になる。後ろでポニーテールに結った銀髪がさらりと流れ、アレックスの顔にかかる。顔の距離が近い!でも男同士ならこれくらい普通か?ジュリアは一瞬動揺したが、話を続ける。
「俺は婚約するつもりもないし、好きな奴もいない!変な勘繰りはよせ!」
金色の瞳が瞬き、アレックスがジュリアの肩を押しやると、がばっと起き上がった。
「う、うん、分かった。俺が悪かった、ジュリアン」
「そうか。この話はおしまいだ。練習を続けよう」
立ち上がって土埃を払い、ジュリアはアレックスを振り返る。
「……おい、アレックス?」
「あ、わ、悪い。ぼーっとしてた」
「んっとに、やる気あんの?」
手を引いてアレックスを立ち上がらせ、剣を一本渡した。
「ぼんやりしてたら、いつまでも勝てないよ?」
歯を見せてニッと笑うと、アレックスは怒ったように勝負を挑んできた。
◆◆◆
三日と空けずにお互いの家を訪問するようになって、もう三年以上になる。マリナの作戦通りに、アレックスには男だと思われている。意識して「俺」と言うようにしているし、礼儀作法の時間以外は普段から男らしく過ごしている。バレることはないはずだ。ただ、この頃アレックスと体力の差がついてきたのが気になる。背だって出会った頃は同じ歳でもアレックスの方が少し小さかったのに、今ではジュリアより頭一つ大きくなった。鍛え方の問題なのか肩幅も腕の太さもジュリアよりずっとある。手のひらも足の大きさも勝てない。悔しい。
手を開いたり閉じたりしながら、中庭のベンチに座る。
「手、痛むのか」
アレックスが隣に座って、心配そうに覗き込む。アレックスの剣が掠めたのを気にしているのだろう。
「いや。……小さい手だなと思って」
「そりゃ子供だからな」
ジュリアはアレックスの手を引っ張り、自分の手と重ね合わせる。
「おい」
「ほら、お前の方が大きい」
「うちは父上があんなだから、放っておいても俺もでかくなんだろ。お前んとこは、ま、あんまり……」
「お父様は優男だから」
「……前から思ってたけど、お前、まだお父様お母様って呼んでんの?」
「おかしいか?」
「んー。学院に入る歳になったら直さないと、冷やかされるぜ」
王立学院に入るのは十五歳。その頃には女だとバレて、アレックスの傍にはいないだろう。
「考えとく。そうだよな、いつまでもお前が注意してくれるわけじゃないし」
「何だよ。学院で剣技科を選ぶんだろ。そうしたら毎日一緒だろうが」
常々騎士になりたいと言っているジュリアは剣技科に進みたい。だが、アレックスを騙していたと知られたら、同じ科に在籍するのは気まずすぎる。
「どうかな。誰かさんが落第するんじゃないか?」
「うるせー」
複雑な気持ちを隠すように茶化せば、アレックスがジュリアの肩に掴みかかる。白いブラウスが引っ張られ、一番上のボタンが飛んだ。
「あっ」
カツン。
ベンチに当たってどこかへ落ちた。
華奢な首と鎖骨が見えただろうか。胸に巻いている布を見られたら……。
「やめろよ!」
ジュリアは渾身の力でアレックスを突き飛ばした。アレックスはベンチの肘掛に頭をぶつけ、痛、と顔を顰める。
胸元を合わせて握りしめ、ベンチの反対側に凭れる。
「ごめん。今日は帰る!」
立ち上がって自分の剣を取り、ジュリアはヴィルソード侯爵邸を後にした。
◆◆◆
一人で馬車に揺られると、先刻のアレックスの顔が思い出される。
ふざけて掴みかかってきただけなのに、胸元を見られそうになって本気で突き飛ばしてしまった。絶対不審に思われた。
マリナが言うように、アレックスを誑し込むなんて自分にはできない。今ので男同士の友情も壊れたかもしれないのに。
次の練習の約束もしなかったな。こんなこと初めてだ。
もう会えないかもと思うと、ジュリアの胸が少し苦しくなった。
心底興味なさそうにアレックスが相槌を打った。
「婚約っていうか、王太子妃候補になったって」
候補は数人いてそこから選ばれるのだとか。マリナは一人目だから、あと二、三人は選ばれるのだろう。
「俺達もそんな年になったってことか」
頭の後ろで手を組んで、アレックスは芝生の上に体を投げ出した。
「まだまだ子供のままでいられると思ったのにさ。十五、六になって婚約者もいないようじゃ、売れ残りって言われても仕方ないんだって」
「大変だな、女は」
「だよね」
自分はどうしたらいいのだろう。学院に入学しても男のふりをしたままでは、婚約なんてしないのだろう。恋もしたことがないのに、結婚なんて馬鹿げている。
寝転がったアレックスの視線を感じた。
「ジュリアン」
「何だ」
「お前も婚約したりすんの?」
できるわけないだろう。女同士で。
「しない」
「じゃあ、好きな奴は?」
ドクン。
心臓が変な音を立てた。
何言いだすんだこいつは。
「あのなあ、アレックス。女みたいに恋の話でもするつもりか」
ジュリアが寝ているアレックスに掴みかかると、弾みで押し倒しているような姿勢になる。後ろでポニーテールに結った銀髪がさらりと流れ、アレックスの顔にかかる。顔の距離が近い!でも男同士ならこれくらい普通か?ジュリアは一瞬動揺したが、話を続ける。
「俺は婚約するつもりもないし、好きな奴もいない!変な勘繰りはよせ!」
金色の瞳が瞬き、アレックスがジュリアの肩を押しやると、がばっと起き上がった。
「う、うん、分かった。俺が悪かった、ジュリアン」
「そうか。この話はおしまいだ。練習を続けよう」
立ち上がって土埃を払い、ジュリアはアレックスを振り返る。
「……おい、アレックス?」
「あ、わ、悪い。ぼーっとしてた」
「んっとに、やる気あんの?」
手を引いてアレックスを立ち上がらせ、剣を一本渡した。
「ぼんやりしてたら、いつまでも勝てないよ?」
歯を見せてニッと笑うと、アレックスは怒ったように勝負を挑んできた。
◆◆◆
三日と空けずにお互いの家を訪問するようになって、もう三年以上になる。マリナの作戦通りに、アレックスには男だと思われている。意識して「俺」と言うようにしているし、礼儀作法の時間以外は普段から男らしく過ごしている。バレることはないはずだ。ただ、この頃アレックスと体力の差がついてきたのが気になる。背だって出会った頃は同じ歳でもアレックスの方が少し小さかったのに、今ではジュリアより頭一つ大きくなった。鍛え方の問題なのか肩幅も腕の太さもジュリアよりずっとある。手のひらも足の大きさも勝てない。悔しい。
手を開いたり閉じたりしながら、中庭のベンチに座る。
「手、痛むのか」
アレックスが隣に座って、心配そうに覗き込む。アレックスの剣が掠めたのを気にしているのだろう。
「いや。……小さい手だなと思って」
「そりゃ子供だからな」
ジュリアはアレックスの手を引っ張り、自分の手と重ね合わせる。
「おい」
「ほら、お前の方が大きい」
「うちは父上があんなだから、放っておいても俺もでかくなんだろ。お前んとこは、ま、あんまり……」
「お父様は優男だから」
「……前から思ってたけど、お前、まだお父様お母様って呼んでんの?」
「おかしいか?」
「んー。学院に入る歳になったら直さないと、冷やかされるぜ」
王立学院に入るのは十五歳。その頃には女だとバレて、アレックスの傍にはいないだろう。
「考えとく。そうだよな、いつまでもお前が注意してくれるわけじゃないし」
「何だよ。学院で剣技科を選ぶんだろ。そうしたら毎日一緒だろうが」
常々騎士になりたいと言っているジュリアは剣技科に進みたい。だが、アレックスを騙していたと知られたら、同じ科に在籍するのは気まずすぎる。
「どうかな。誰かさんが落第するんじゃないか?」
「うるせー」
複雑な気持ちを隠すように茶化せば、アレックスがジュリアの肩に掴みかかる。白いブラウスが引っ張られ、一番上のボタンが飛んだ。
「あっ」
カツン。
ベンチに当たってどこかへ落ちた。
華奢な首と鎖骨が見えただろうか。胸に巻いている布を見られたら……。
「やめろよ!」
ジュリアは渾身の力でアレックスを突き飛ばした。アレックスはベンチの肘掛に頭をぶつけ、痛、と顔を顰める。
胸元を合わせて握りしめ、ベンチの反対側に凭れる。
「ごめん。今日は帰る!」
立ち上がって自分の剣を取り、ジュリアはヴィルソード侯爵邸を後にした。
◆◆◆
一人で馬車に揺られると、先刻のアレックスの顔が思い出される。
ふざけて掴みかかってきただけなのに、胸元を見られそうになって本気で突き飛ばしてしまった。絶対不審に思われた。
マリナが言うように、アレックスを誑し込むなんて自分にはできない。今ので男同士の友情も壊れたかもしれないのに。
次の練習の約束もしなかったな。こんなこと初めてだ。
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