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学院編15 エピローグ?

589 悪役令嬢は自由を謳歌する?

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「おかえりなさい、エミリー」
寮の部屋に戻ると、珍しくマリナが先に帰ってきていた。
「早いね」
「ええ。今日は生徒会の仕事もなかったから」
「アリッサは?」
「いつも通りよ。レイモンドと勉強会」
アリッサとレイモンドは自習室で毎日二人きりで勉強しているらしい。特にレイモンドが熱心で、アリッサを1学年飛び級させようと考えているのだ。期末試験を欠席し追試を受けたことを考えれば、かなり難しい話ではあるのだが、アリッサの実力と公爵家の圧力があれば可能だとレイモンドは見ている。
「ジュリアは……聞くまでもないか」
「練習場でしょ。三人の練習を見ている生徒が賭け事をしているって、先生方が取り締まりに奔走なさっているわ」
「……何を賭けるの?」
「ジュリアのキスよ」
「は!?」
無表情なエミリーの目が見開かれた。マリナはくすくすと笑った。
「アレックスとレナード、どちらか勝ちが多い方が、ね」
「そんなこと、毎日してるの?」
「ジュリアが二人に勝てばキスはなし、なんですって。人前でキスなんて、ジュリアは絶対に嫌でしょうから、本気で二人に勝とうとするでしょう?アレックスもレナードも、ジュリアを怪我させないようにどこかで手を抜こうとするから、今のところジュリアの連戦連勝みたいよ」
「……先が思いやられる」
こめかみのあたりが痛み、エミリーはふらふらと寝室へ向かった。リリーが心配そうに書駆け寄り、背中を押して誘導する。

四姉妹の部屋のドアはすぐに開いた。
「マリナちゃぁあん!」
「アリッサ?ど、どうしたの?」
「お願い、私と一緒に進級試験を受けて」
「何をいきなり……」
妹の瞳に涙が溢れる。マリナはよしよしとアリッサを宥め、傍にあった椅子に座らせた。
「あのね、今日、お勉強会にね……王太子様がいらっしゃったの」
「セドリック様が?一緒に勉強をしたの?」
「ううん。アスタシフォンに行くから、何かレイ様にお話があったの。話のついでに、私が飛び級できるように勉強してるって、レイ様が言ったら……」
――何となく読めたわ……。
「王太子様は、マリナちゃんも飛び級すればいいって。そうすれば一緒に卒業できるからって、すごくいい思いつきだって仰って」
「妃候補でもない私が、セドリック様と卒業を合わせる意味が分からないわ……」
「それでね、うう……」
アリッサはとうとうアメジストの瞳からぽろぽろと涙を零した。
「学年一位のマリナちゃんが普通に進級して、追試だった私が進級試験を受けるなんておかしいって。認められるわけがないって、う、ううう……」
「何てことを……!」
「お願い、ねえ、一緒に……」

「信じらんない!あの二人!」
勢いよく開いたドアが、壁に当たって跳ね返る。
大股でずかずかと入って来たジュリアが、音を立てて練習用の剣を長椅子に置いた。あまりの剣幕にアリッサが怯え、マリナの後ろに隠れた。
「物にあたるのはよしなさい」
「だって、……んもう!思い出しただけでも腹が立つ!」
「アレックス君とレナード君が何かしたの?喧嘩?」
「あの二人は仲がいいわよ。憎らしいくらいにね!今日は『私にキスする権利』を賭けるって言い出して」
「ジュリアからキスされるのではなくて?」
「逆よ、逆!」
「それで、動揺したジュリアは負けたわけね」
「……負けたよ。そんなの向こうの作戦勝ちじゃない?戦ってる最中も気が散るし、なんか唇とかまじまじと見ちゃうし、うわあああああ!」
銀髪を掻きむしって悶え、長椅子の上で絶叫する。寝室に行っていたエミリーが顔を出し、魔法でジュリアの声を消した。
「……煩い」
口をパクパクさせてジュリアがエミリーに掴みかかる。
「やめなさい!二人とも!」
三人は肩を震わせてマリナを見つめた。腰に手を当ててにっこり微笑むその姿は、神々しくもあり恐ろしくもあった。
「そんな些細な悩みに右往左往してどうするの。私達はもっと難しい問題を乗り越えてきたでしょう?今頃断頭台に上っていたかもしれないのに、こうして生きていられるんですもの。幸せなことだわ」
「マリナちゃん……」
アリッサは涙を拭い、エミリーはジュリアにかけた魔法を解いた。
「いいこと?これからはシナリオに囚われない、自由な人生が待っているのよ。私も商人としての道を……」
ノックの音がして、マリナは嫌な予感しかしなかった。リリーが応対に出て、相手がハーリオン侯爵邸からの使いだと知る。
「マリナお嬢様、旦那様からの伝言です。お邸にすぐにお戻りになるようにと」
「私だけ?」
「はい。先ほど、国王陛下の正式な使者が旦那様をお訪ねになり、マリナお嬢様を王太子妃に内定するという書状をお持ちになったそうです」
「内定?候補、ではなくて?」
妃『候補』から『内定』になるには、様々な手続きが必要である。候補でもない自分に内定が来るのはどう考えてもおかしい。
「確かに『内定』とあったそうです。旦那様は深くお悩みになり、お嬢様と直接話をなさりたいと」
「そうね。私もお父様と話をしたいわ。でも、少し待ってくれる?男子寮に用事があって」
アルカイックスマイルを浮かべたマリナを見て、妹達は肩を寄せ合って怯えた。
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