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学院編15 エピローグ?

587 悪役令嬢は喜びをかみしめる

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「お兄様、手を……」
「エスティアの家具工場は順調に作業を進めています。傭兵として集まっていた者達の中にも、技術を身に着けたいという者がおりまして。今後、職人の育成も進めていく予定です」
「は、はあ……そ、それは何より……」
嬉しい報告だが、義兄はパーソナルスペースがないのだろうか。距離が近すぎる。握ったマリナの手を自分の顔に近づけ、指先に唇を触れさせた。
「なっ……!」
「あちらにいる間も、思い浮かぶのはあなたのことばかりでした。報告をしたらあなたは喜んでくださるだろうかと」
「え、ええ。嬉しいですわ」
「椅子を手始めに、家具を諸外国に輸出するそうですね」
ハロルドにはそこまで話をしていなかったような気がしたが、どこで聞きつけたのだろうか。マリナは疑問符を頭の上に浮かべながらアルカイックスマイルで応えた。
「ご存知でしたのね、お兄様」
「レイモンドが教えてくれました。ハーリオン家のことを他人から聞くとは、可笑しいですね」
おかしいと言いつつ、目が全く笑っていない。青緑色の瞳が責めるようにマリナを射抜く。
「そうですか、レイモンドが……」
引き攣り笑いを浮かべ、マリナは横目でアリッサを睨んだ。妹は青い顔で首をぶんぶんと横に振っている。
「遠慮は要りません。あなたの旅に、私を通訳として同行させてください」
「別に遠慮は……」
「初めての旅はアスタシフォンだそうですね」
「はい……」
義兄はアスタシフォン語が得意だ。王立学院の三年生は教養科目に加えて、選択科目として他にもいくつもの外国語を学ぶことができた。選択科目は課外授業に当たり、ハロルドはレイモンドと共に二年の時からそれらの科目を聴講していた。つまり、マリナより余程外国語が堪能なのだ。
「義父上にもぜひにと勧められましたよ」
「そうですか……」
今回の件で家族の結束を重視するようになった父なら、ハロルドの提案を受けない理由がない。活躍次第では義兄にビルクール海運の経営を任せてしまいそうだ。
「お兄様が同行されるとなると、王宮に連絡をしないといけませんわね」
「王宮に?レイモンドが言っていた、アスタシフォン外交団と何か関係があるのですね?」
「はい。オーレリアン王太子殿下をはじめ、御一行がお帰りになった後、グランディアからお礼をする形で私達が訪問するのです。代表はオードファン公爵様ですから国賓待遇ではありませんが……」
「そうですか。だからレイモンドが……」

廊下を走る音が聞こえ、すぐにドアが大きく開かれた。
「マ、マリナお嬢様!」
後ろに纏めた髪をほつれさせ、リリーは肩で息をしている。できた侍女がこれほど慌てるとは、家族に緊急事態があったのか。
「リリー、どうしたの?」
ジュリアが叫んで駆け寄った。背中をさすってやると、侍女は呼吸を整えて話し出した。
「い、一大事、で、ご、ざいます!た、った今、馬車が」
「馬車?お客様なの?」
「畏れ多くも、馬車には王家の紋章が……」
「王家?じゃあ、殿下の侍従か」
「ジュリアちゃん、侍従一人では馬車を使えないわ。紋章入りなら、陛下か王妃様か……」
「……あいつに決まってるじゃん」
エミリーが面倒くさそうに吐き捨てる。すぐにその予想は正しいと証明された。
「マリナ!」
「……セドリック様……予告なしにいらっしゃるのは困りますわ」
「素敵な知らせを一刻も早く届けたくてね。来月、婚前旅行に行くよ!」
「……はい??」
「うん!レイから聞いてないかな?グランディアからの訪問団のこと」
「宰相様が団長の」
「そう。それだよ。僕が行くことになったから」
「は?」
マリナはぽかんと口を開けた。王族は同行しないはずではなかったか。
「オーレリアン様がいらっしゃるのに、僕が行かないなんておかしいよね?ましてや、マリナが家具を紹介するのに、僕が行かないなんて」
「……別に行かなくてもよくない?」
「エミリーちゃん、シッ」
「殿下嬉しそうだね。いいなー、私も旅行に行きたい。剣士の試験さえなかったら」
ひそひそ話をする妹達に視線を投げ助けを乞うも、マリナは孤立無援だった。
「一緒にいろいろなところを見て回ろうね。僕は何度か行ったことがあるから、案内してあげられるよ?」
「リオネル様が御案内してくださると……」
「それなら、僕は通訳になるよ」
「通訳は足りておりますよ、殿下」
セドリックとマリナの間に、ハロルドが身体を割りこませる。王太子は明らかにムッとした顔になった。
「ハロルドも行くの?レイは言っていなかったけどな」
「ハーリオン家の一大事業ですから、家族は助け合うのが当然です。殿下はご公務でお忙しいでしょうから、観光は私がマリナに同行しましょう」
「頼んでないよ」
「こちらも頼まれた覚えはありません」
二人の間に火花が散った気がした。マリナは目を閉じて頭を抱えた。

   ◆◆◆

「いいなー、いいなー、いいなー」
「ジュリアちゃん、朝からそればっかりだね」
机に頬杖をつき、足をばたばたさせて不貞腐れるジュリアに、レナードは爽やかに苦笑した。この子供っぽいところが可愛いと思っているのだ。
「仕方ないだろ、ジュリア。俺達は試験があるんだからな」
「分かってる。でもさー。レナードだけ試験なしってズルくない?」
王太子を魔法剣で庇った功績で、レナードは剣士になる試験を免除されていたのだ。ついでに、騎士団入団試験を受ければ優遇されるとの噂もある。
「瀕死の重傷だったんだから、それくらい当たり前だろ。俺だってその場にいたら、殿下を守ったと思う」
「アレックス、悔しそうな顔」
「うるさいな。ほら、さっさと練習場行くぞ。レナード」
「俺?悪いけど、俺はジュリアちゃんと先約があるから」
「うんうん。三人で練習しようと思ってたの。さ、行こう!」
釈然としない気持ちを抱えたレナードの腕を引っ張る。もう一方の手をアレックスが握って来た。無骨な指が絡む。
「……何だよ」
「ううん。何だかうれしいなって」
「ちょっと、その繋ぎ方ズルいなー。俺もこっちの手、繋いじゃお」
レナードの長い指がジュリアの指の腹を撫でる。
「当面の目標は騎士になることだけど、俺、もっと上目指してるから。ジュリアちゃんの隣に立つのに爵位が必要だって言うなら、いくらでも功績を上げるつもりだよ」
「?」
「あれ?」
「変なの。今だって隣にいるじゃない」
「そういう意味じゃないんだけど……。まあいいか」
レナードは再び苦笑した。
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