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学院編15 エピローグ?

586 悪役令嬢は高級織物に感嘆する

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レイモンドが入室した時、王太子セドリックは部屋の隅を向いて蹲り、壁に向かって何か話しかけていた。
「昨日からあのように、すっかり憔悴なされて……」
老侍従が半べそをかいている。
「あれは憔悴しているのとは違うだろうが……。任せてくれ」
侍従に気づかれないように溜息をつき、レイモンドはセドリックの背中へ言葉をかけた。
「いつまでそうしているつもりだ?」
「……放っておいてくれ」
「皆が迷惑している。来週にはアスタシフォンから……」
「リオネルはどうでもいいよ!僕はそれどころじゃないんだから!」
ヒステリックに叫んで、海の色の瞳がレイモンドをキッと睨み付ける。少し乱れた金髪はつやつやと輝いていて、頭頂部に天使の輪ができている。
「元気そうじゃないか」
「レイには分からないよ。アリッサと幸せなんだもんね」
「当然だ。余計な波風が立たないように、あらゆる手を尽くしているからな」
ハーリオン家で若い男の使用人を雇わないように手を回していた再従兄の用意周到さを思い出して、セドリックはレイモンドを敵に回したくない男だと思った。
「婚約を遠回しに断られたくらいで、三日も引き籠っているとは。新学期も始まっているんだぞ?」
「うん……」
「授業を欠席すると、留年するぞ」
「マリナと同じ学年になるなら、喜んで留年するよ」
「馬鹿も休み休み言え。王族が留年など、歴史書に書かれて恥をかくのはお前だろうが」
「うう……」
体育座りで膝を抱え、セドリックは顔を膝につけて呻いた。

数々の証拠を手に王都に戻ったマリナ達は、国王に全てを渡して判断を仰いだ。貴族会議でほぼ失脚が確定していたエンフィールド侯爵は、魔導師団に魔力の性質を調査され、アスタシフォンから護送されたクレメンタインの魔力と近似であると確定した。また、王立博物館に所蔵されている家系が断絶した貴族の肖像画に、クレメンタインとその弟が描かれており、容姿と年齢からエンフィールド侯爵がクレメンタインの弟、メイザー伯爵の息子であると推定された。また、クレメンタインが両親亡き後、弟をエンフィールド家の血縁を偽り、侯爵の後継者にさせたことも、宰相の配下の者達の調査により明らかになった。退路を断たれたエンフィールド侯爵は、自分の出自を認めざるを得ず、姉から聞いていたソフィア嬢、後のハーリオン侯爵夫人に執着していたことも自白した。クレメンタインはソフィアを陥れたかったが、弟はハーリオン侯爵を亡き者にしようと画策していた。最終的に両者の思惑のずれが計画の綻びを生み、ハーリオン家にとって不利な証拠が不完全な形になってしまったらしい。王太子妃になりたいアイリーンを巻き込んだことは、クレメンタインにとっては自分を縛り付けた憎らしい元婚約者の王に復讐する手立てではあったが、弟には単なる厄介ごとにすぎなかった。扱いにくい駒だったのだ。

「アイリーンとの結婚話が流れてよかったな」
「もう言わないでよ。王妃教育をしているって聞いて、本気で悩んだんだからね」
レイモンドはクスクスと笑っている。
「マリナに断られたなら、乗り換えてもいいんじゃないか?」
「冗談にしても酷すぎるよ。僕を傀儡にして権力を握ろうとする妃なんていらないよ」
エンフィールド侯爵の処分が決まるまでの間、アイリーンは王宮内に留められていたが、王太子になりすました影武者に魔法を使った罪で修道院送りが決まった。本人は何かの間違いで、自分は王太子に必要とされていると喚いていたが、実家も救いの手を差し伸べなかった。
「魔力はあるから、しばらく監視つきで修道院生活を送るって言うけど、期間限定なんだよね?」
「心を入れ替えれば、光属性、治癒魔導士として生きる道を与えるそうだ。まあ、あの女が簡単に心を入れ替えるとは思えんが。陛下から直接、指導役を仰せつかったロン先生は嫌そうな顔をしていたぞ」
「だよね。宮廷魔導士に復帰するよう誘われても断ったくらいなのに。関わりたくないんだろうね」
ロンは王立学院に戻った。宮廷魔導士に復職したリチャードと連絡を取り合っているという。
「あれを抑え込むには、コーノック先生が適任なのだろうが……如何せん、エミリー以外の指導は引き受けないと言い切ったからな」
「学院にいるのも、エミリーのためだって。魔導師団長になるのも、最後は父上が命令したくらいだよ」
「名誉のある職なのにな」
「うん」
「王太子妃もそうだろう?どうしてマリナは断ったんだ?」
「だって、絶対承諾してくれると思うよね?一度王太子妃候補から外されたけど、ハーリオン侯爵は名誉を回復したわけだし、領地も元通りになった。元通りになっていないのは僕達の婚約だけだから、その……」
「マリナの気持ちを考えずに、強引に進めようとしたんだろう?」
アリッサから事の顛末は聞いている。セドリックは軽い気持ちで、マリナに再度の婚約を告げたらしい。
「……王太子妃になったらできないことがあって、マリナはそれをやりたいんだって。前の時は、多少……ううん、かなり強引に決めちゃったところがあったから、マリナは妃候補になんてなりたくなかったんだと思う。それでも、時間をかけて分かり合って、心を通わせてきたのに、はあ……」
「時間をかけて口説き落とせ。卒業まではまだ一年以上あるんだからな」
「うん……。頑張るよ、レイ」
王太子はキラキラビームを出しながら微笑んだ。

   ◆◆◆

「これはいいわね。きめが細かいし、模様の乱れもないわ。フロードリンの織物は素晴らしいの一言に尽きるわねえ」
深い赤に金糸で模様が織り込まれた布地を広げ、マリナがほうと溜息をついた。侯爵領に戻ったフロードリンは、工場の再建計画が進んでいるが、被害がなかった建物を使用して試作品を作らせたのだ。
「ドレスにするには重いんじゃない?色は好きだけどさ」
ジュリアが手触りを確かめた。厚みがあって、ドレスに仕立てたら裾さばきが悪そうだ。
「違うわよ。ドレスにはしないわ。これは椅子になるのよ」
「椅子ぅ?」
「エスティアで、以前から木材加工が盛んだったのは知っているでしょう?」
「……そうなの?」
地理に興味がない妹にマリナは軽く苛立った。
「そうなのよ!それで、椅子も机も棚も、仕事は丁寧でいい物なのに、デザインが没個性的だったの。外国で売るには少しインパクトにかけるような、ね」
「マリナちゃん、椅子を外国で売るつもりなの?」
本を読んでいたアリッサが話に加わった。ちなみに、最近の愛読書は素敵な貴族の奥方になるためのハウツー本だ。
「言わなかったかしら?ビルクール海運の輸出部門を強化するのよ。手始めに私が売り込みに行くわ。もちろん、買いつけもね」
「……外国語できるの?」
魔法書から顔を上げ、エミリーがにやりと微笑んだ。姉の語学レベルでは、商品を売り込むことなどできないと知っている。
「今回はアスタシフォンだから、大丈夫……多分」
「勝算があるんだ?」
「リオネル様が貴族の皆様に声をかけてくださるの」
「それって押し売りなんじゃ……」
「王族に買えと言われたら、ねえ……」
「コホン。初めは何でもいいのよ。一度使って、いいものだと思ってもらうことが大切なの。この布地をエスティアに送って、完成させた椅子をビルクールから船で運搬するわ」
「そううまくいくかなあ?私、ちょっと心配になってきちゃった」

ノックの音がして、四人は一斉にドアを見つめた。
「入りますよ」
落ち着いた声で告げ、颯爽と入って来たのはハロルドだ。反乱軍の一件で自ら王立学院を退学しようとしたが、学院長が退学を認めず、休学させる形で故郷のエスティアに帰っていたのだ。
「お兄様、いつお戻りになったの?」
「今戻ったばかりです。エスティアの家具について、お知らせしたいことがあります」
つかつかとマリナの前に進み、白い手をさっと握った。
「!!」
「……すごい。マリナちゃんしか見えてない」
「兄様、前より危険になった気がする」
妹達のざわめきを風の音程度に聞き流し、ハロルドは憂いを秘めた美しい笑顔を見せた。
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