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学院編 14

581 悪役令嬢は公開プロポーズに赤面する

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「父上!」
「よし、ここだ!」
自信満々のヴィルソード親子の一歩後ろで、レナードが「またか」と呟いた。
「行くぞ!」
バン!
ドアを蹴破って部屋の中を確認する。単なる客間のようだ。窓が閉められ、しばらく使われていないベッドに光が散っている。
「……違ったな」
「残念」
「……って、おい!アレックス。これで何度目だよ?」
「絶対にここだと思ったんだよ」
金色の目を伏せて、アレックスは唇を尖らせた。
「ああ、もう!」
レナードは我慢の限界に達し、冷や汗を流しながら剣に魔力を纏わせた。
「何やってるんだ?」
「魔法剣。青白い炎が揺らめいているだろう。この動きで魔力の流れが分かる。風向きを見るのと同じだよ」
「おお。魔法剣は見たことがあったが、そんな使い道があったんだな!」
ヴィルソード侯爵が感心して腕組みをして頷く。
「これ、結構疲れるんですよ。さっさと魔法陣を見つけないと、俺がヤバい」
「うーん。じゃあ、こっちだな?」
「違う。よく見てみろ。魔力の『風上』はこっちだ。魔力の発生源は向こうにあるんだ」
「そうか!よし、行くぞ、アレックス!」
見た目以上に素早い動きで騎士団長は廊下を走って行き、二人はそれに続いた。

少し進むと、魔法剣の炎が向きを変えた。
「……上の階から流れてきているみたいだ」
「魔法陣か?今度こそ……うおおおおお!」
アレックスが奇声を上げて走り出し、廊下の端まで着くと、手当たり次第にドアを開け始めた。
「おい!あんまり物音を立てるな!」
「ジュリアぁあ!どこだー!」
ドアの一つがどうしても開かない。鍵がかかっているようだ。壁に足をかけてドアノブを引っ張るが、きしむ音がするだけだった。
「俺が開ける、貸してみろ」
ヴィルソード侯爵は一度ドアに体当たりをし、アレックスと同じ動作でドアを引いた。
「引いてダメなら……ハッ!」
蝶番が壊れてドアが内側に倒れ、勢い余ってヴィルソード侯爵は部屋の中に転がった。
「父上!?」
「大丈夫だ。この程度、痛く……う、ぐぁあああ!」
突然緑色の光が立ち上がり侯爵を上下から貫き、昆虫標本の虫のように床に留めた。檻の中に閉じ込められた。
「罠だ!」
「こんなもの、すぐに……!」
「すぐに魔法陣を壊します!」
魔法陣を描き換えるインク瓶を手にレナードが叫ぶ。
「ダメだ。俺はこのままでいいから、お前達は魔法陣を探すんだ。この邸全体にかかっている魔法を消しさえすれば、エミリー達が中に入って来られるんだろう?無駄遣いするんじゃない」
大男が顔を顰めて痛みに耐える様に、アレックスは酷く動揺した。レナードと視線を合わせると、助けを求めるように頭を振った。
「どうする?アレックス」
「俺は……」
「迷っている暇はないぞ。これで一つ罠が消えた。この階のどこかに魔法陣があるんだろう。行け!」
一人息子を怒鳴ったことがない侯爵が声を荒げた。アレックスはぎゅっと目を瞑り、父を真っ直ぐ見つめた。
「行ってきます、父上!必ず助けに戻ります!」
「ああ。それでこそ俺の息子だ。……頼んだぞ、レナード」
「え?あ、はい」
「アレックスは少し無鉄砲なところがあるからな」
「少し?……うーん……」
苦笑いするレナードを引っ張り、アレックスは再び廊下に出た。

「次はもっと慎重にいこう。俺も魔法剣を何度も出せるわけじゃない。今の騒ぎで大声を出したから、邸の連中に気づかれたかもしれないぞ」
「ああ。……そうか、大声か……ジュリアぁあああ!どこだぁああ!」
「行った先から、何やってんだよ」
「……シッ、何か聞こえなかったか?」
「ん?」

   ◆◆◆

「酷いなあ、マリナ。私はただ、そこの椅子を取りに行っただけじゃん。クリスを籠から出すのに」
「ごめんなさいね。まさか、この暗い部屋で、奥まで見えていると思わなくて」
マリナに足を出され、ジュリアは床に転びそうになったのだが、抜群の運動神経で転ばずに済んだ。部屋の奥から座面に穴が開いた丸椅子を見つけてきて、天井から吊り下げられている鳥籠を取った。中に入れられたリスは、クリスの意識が乗っている。
「折角籠から出したのに、本体に戻らなくていいの?クリス」
「戻っても魔法のせいで具合が悪いもん。そこの役立たずもそうだよね?」
「役立たずとは誰のことだ?ああ?」
少年魔導士セドリックがリスと睨み合う。
「その程度でエミリー姉様の弟子を名乗るなんて、僕が許さないよーだ」
「フン、お前に許してもらわなくてもいいんだよ!」
「二人とも、いい加減にしなさい。クリスは身体に戻らないと、逃げることもできないわよ」
「姉様が抱っこしてよ」
「無理に決まっているでしょう?」
幼児でも体重は二十キロを軽く超えている。体力自慢のジュリアでさえふらつきそうだ。
「部屋のドアを開けさせれば、脱出のチャンスもあるんだよ。騒いでみれば何とかなる」
「待ちなさ……」
「おぉおーい!誰かいませんかぁー!」
「ジュリア、何をしているのよ」
「クリスが粗相をしちゃって、早く掃除しないと大変なことになりますよー!」
ドンドンドン!
ジュリアはドアを叩いた。内側からは開かないドアだ。叩く度に鍵穴の付近がオレンジ色に光っている。魔法がかけられているのだ。
「ちょっとジュリア姉様。酷いよ、僕、粗相なんかしてないよ」
「今はしてなくても、もうじきそうなるでしょ?おーい!誰かぁあ」

廊下に足音がした。一同は顔を見合わせて息を呑んだ。
「来たわね」
「おーい!早くしないとクリスが漏らしちゃうってよー!」
「ジュリア姉様!やめて!」
「ジュリア?そこにいるのか?」
悲鳴に近い声で止めた弟の声に、廊下から低い声が重なった。長い間聞きたかった声だ。
「アレックス!?」
「感動の再会?俺もいるよー」
「レナード!?傷は?もういいの?」
「ジュリアちゃんを助けるために治したに決まってるでしょ?部屋から出たら、触り倒してもいいよ。大歓迎」
「鍵がかかってて出られないんだ。クリスも事情があって動けない」
「俺達、すぐに魔法陣を壊してくるから。エミリー達が外で待ってて、合流することになってる」
「ハーリオン侯爵の子供達を夜盗と間違えて殺してしまったとか、大嘘こいてる奴に一泡吹かせてやろう。元気な姿で王都に戻ろう。ね、ジュリアちゃん?」
ドアを隔ててもレナードがウインクをしている様子が目に浮かぶ。
「私達が死んだことになっているですって?勝手なことを言うのね。……ええ、一泡でも二泡でも吹かせてやりましょう」
「貴族でいられるかなんてこの際どうでもいい。バッドエンドになるかもしれない。でも、コテンパンにしてやんなきゃ私の気が済まない!」
ジュリアが叫び、アレックスがボソッと呟いた。
「なあ、レナード。ばっどえんどって何だ?」
「『幸せに暮らしました、めでたしめでたし』で終わらない話のことみたいだよ。ジュリアちゃんが言うには」
「ジュリア、よく聞け!俺は絶対、『めでたしめでたし』に、お前を幸せにしてみせる!」
「な……!」
聞いた瞬間にマリナが顔を覆った。ド直球なプロポーズにしか聞こえない。遠ざかる二人の足音を聞きながら、平然としている妹を盗み見た。
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