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学院編 14

574 悪役令嬢は自分の不器用さを自覚する

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「この人数を一度に移動させるのは、流石に厳しいでしょうか」
「魔導士が五人、余裕でしょ。余裕。で、殿下も行くの?」
ロンが人数を数えて笑って手を振った。
「もちろん僕も……」
「失礼いたします、殿下」
胸を叩いたセドリックは、軽くむせながら侍従の声に顔を向けた。
「どうしたの?」
「王妃様がお呼びでございます。急ぎ、殿下にお願いしたいことがあるとのことです」
「何だろう……」
「恐れながら……陛下はハーリオン侯爵家への処分を言い渡すべく、王都中に使者を出されました。本邸から各領地へ連絡をすることを踏まえ、三時間以内に王宮へ参じることとして……」
侍従は知っている限りの情報を伝えた。
「そんなに早いの?魔導師団は間に合わないね」
「魔導師団の皆様でしたら、今しがたお戻りになったと聞き及びました。魔導師団長様が陛下に報告をなさっている頃ですよ」
「そうか。……役者は揃ったというわけだな」
レイモンドの流し目にセドリックが頷く。
「僕達はマリナ達を救出して、エンフィールド侯爵の嘘を暴く。そして……」
「あら、あなたは出かけてはダメよ?」
侍従が慌てて頭を下げる。
「呼んできてと言ったわよね?」
「申し訳ございません。王妃様!」
「母上。僕が行かなければいけない用事なのですか?」
「そうよ。あなただからこそできること。あなたがマリナだと証言してくれさえすれば、ね」
人差し指を唇に当て、王妃は茶目っ気たっぷりに笑った。

   ◆◆◆

「さっぶ」
歯をガチガチ鳴らしてジュリアが膝を抱えた。背筋がぞくぞくする。
エンフィールドの邸の中でも外れにある部屋らしく、暖房もなく窓からの日差しも感じられない。見える景色から察するに、建物の二階以上であることは間違いない。
「地下室よりはマシか」
「汗が冷えたのね。皆で集まって温めあいましょう。クリスの身体を温めないと……」
「ああ、くそ!魔力抑制の縄じゃなかったら!」
少年魔導士セドリックが歯ぎしりをする。彼の視線の先には天井から吊り下げられた鳥籠があり、中でリスが鳴いている。
「身体に戻りたいよな?わかる。でも、俺じゃ無理で……」
クリスが乗り移ったリスは、紫色に輝く籠の中で暴れた。リスの姿では使える魔法が限られる上、先ほどから魔力が少しずつ吸い取られている。
「さっさとここから出せ!それでもエミリー姉様の弟子なの?」
「まあまあ、クリス。私達がどうにかするから」
「どうにかって……あなた、酷い顔色よ?髪もボサボサで」
マリナはジュリアの顔に自分の顔をすり寄せた。明らかに妹の顔には疲労の色が見える。
「エンフィールド?とやりあったときに、無駄に体力使ったっぽい。異次元空間みたいなところに放り出されてさ。幻覚だったんだろうけど、頑張って崖を登ろうとしたり、海を泳いでみたりしちゃったんで」
「魔力がないのに?」
「邸自体には魔力があるとつらくなる魔法?がかかってるんだろうね。私はそれには引っかからない。でも、直接魔法を使われたら防ぎようがないよ。……さて、と」
「ジュリア?」
後ろ手に縛られた手首に何かが触れる。それが妹の指先だと分かるのに時間はかからなかった。
「解くから、じっとしててね」
「……余計にきつくなったわよ?」
「ごめん。うまくできないや。やっぱ、見えないと難しいな。アレックスと一緒に捕まったときはうまく解けたのに。あー。アレックスどうしてるかな……」

   ◆◆◆

オードファン宰相は極めて事務的に、しかし眼鏡の奥の瞳を鋭く輝かせて、淡々と確認した。
「エンフィールド侯爵。ハーリオン家の子供達が、貴殿の邸に許可なく立ちいり、強盗と誤って殺してしまったとのことだが……」
「はい。先ほど陛下に申し上げたとおりです」
「ハーリオン家の子供達ではなく、別の銀髪の少年少女だったのではないかな」
「と、申しますと?私が勘違いをしているとでも?」
宰相が期待した答えが返ってきた。エンフィールド侯爵は少し不機嫌になった。
「いやいや。陛下にお伝えした以上のことがあるとは思っていない。貴殿は正直に、ありのままを申し上げただけにすぎない。身なりの良い少年少女、それも珍しい銀髪とくれば、隣の領地のハーリオン家の縁者と思っても無理はない」
「確認してみてはいかがですか?騎士団はハーリオン家の一族全員を捕らえたのでしょう?反乱を指揮したハロルドも含めて。三人足りないと思いますよ」
「ほう……」

不意にドアが開いた。
「あっ!ゴメンね、公爵。僕、部屋を間違ったみたいだ」
「おや、セドリック殿下。どなたかをお探しですか」
「いいんだ。行こう、マリナ」
セドリックはドアの外にいる人物に声をかけた。
「……マリナ?」
エンフィールド侯爵の作られた温和な表情が一気に険しいものに変わる。王妃から借りたドレスを纏ったアリッサが、セドリックに手を引かれて室内を覗き込み軽く一礼すると、侯爵は爪が掌に食い込むほど拳を強く握った。
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