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学院編 14
571 悪役令嬢と紫色の海
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マリナが傭兵を全て邸の外におびき寄せ、少年魔導士セドリックが調子に乗って全員を倒し、ジュリア達は予定通り邸の中に入った。
「人っ子一人いないじゃないか」
ヴィルソード侯爵がキョロキョロと辺りを見回す。怯えているわけではないが、薄暗くおどろおどろしい雰囲気に戸惑っている。
「だね。……そう言えば、私が前に来た時も、邸の主人っぽい人と執事と子供しかいなかった気がする。料理人くらいはいてもおかしくないけど、庭も手入れされてる感じもないから、庭師もいないかもね」
<地下室にはいなかったんだから、兄様がいるなら、他の部屋……二階とか?>
ジュリアの肩でリスになったクリスが呟く。
「ここ、二階建てだもんね。前に兄様が閉じ込められたのは一階だったんだ。でも、窓から逃げられないように幻覚の魔法がかかってた。兄様は高いところに閉じ込められたって思ってたんだよ」
「一度それで逃がしたんなら、再び一階に閉じ込めるような真似はしないだろうな。よし、二階から探そう。使用人もいないようだし、どうどうと……」
言葉通りの堂々とした態度で、ヴィルソード侯爵は階段を上り始めた。しかし、すぐに後ろのジュリアを振り返った。
「まずいぞ。この階段、永遠に続いている……」
「小父様、何言ってんの?」
<姉様、この人、魔力なしじゃなかったの?>
「だと思ったけど?」
「うーん。私には普通に見えてるんだけどなあ。小父様、手を繋いで行こう。どこに階段があるか教えてあげるからさ」
「ああ、頼む。俺には無限回廊に見えているんだ」
ジュリアの手をとり、侯爵は一歩右足を前に出す。次の段を踏むはずの足がまた同じ段に戻っていく。本人は全く気づいていないようだ。
「そういうことか……小父様を背負って行けないし。どうしようか。クリス、魔法でどうにかならない?」
リスのクリスはまた姉の耳を引っ張った。
<光魔法だね。……おじさん、目を瞑って歩いてみて>
「こう、か……?ん?お?何となく上った気がするぞ!」
身体の感覚だけを研ぎ澄まして、侯爵は踊り場までたどり着いた。
「やったじゃん!」
<時間がないよ。急ごうよ>
「オッケー。じゃ、上に……」
肩の上のリスに気を取られ、侯爵から目を離したジュリアは、一瞬で巨体が消えたのに驚いた。
「……ぅえ?」
<いなくなった>
「先に行ったのかな?」
<違う。あれ、見て。踊り場が少し光ってる。魔法陣があったんだ>
「こんなところに罠?ってか、小父様はどこ行っちゃったの?」
リスと二人、実質一人になってしまったジュリアは、頭を抱えて天を仰いだ。
◆◆◆
「魔法陣を読み解けば、あいつの行き先が分かる」
「エミリーさん、無理はよくありませんよ。そんなに床に顔を近づけて」
肩にかけた手を払い落とされ、キースは眉を八の字に下げた。
「……捕まえて王宮に突き出してやる」
珍しく熱を帯びた声で言えば、頭の上から押し殺した笑いと
「俺もそれに賛成だ」
という低い声が降ってきた。
「賛成するなら、手伝って」
「タダ働きは好きじゃない」
「……だから何?」
じろりと睨んでやる。マシューは赤い瞳を細めて嬉しそうだ。
――この非常時に浮かれてるとか、許せない。許せないんだけど……カッコよすぎる。
「エミリー」
不意にマシューの手がエミリーの頬を撫でた。と同時に肩を抱きすくめられ、強く身体を引きつけられる。
「……!」
「うわあっ!ま、まも、のぉおお!」
エミリーの背後でキースが狼狽える声がした。
「おわあああ!」
聞きなれない声もする。抱き寄せるマシューの腕を振り払って様子を見る。キースの姿が見えず、代わりに大きな背中が見えた。
「……な、何だ、ここは……」
スキンヘッドの男が振り返る。エミリーは咄嗟に掌に魔法球を発生させた。
「王都の神殿だ」
マシューが何事もなかったかのように応じた。
「おっと、攻撃は勘弁してくれよ。エミリー」
「……ヴィルソード騎士団長とお見受けするが。何故ここに?」
「そりゃあ、俺が聞きたいくらいだよ。エスティアから敵の本拠地に乗り込んで、ジュリアと二人でハロルドを探していたんだが……」
「じゃあ、ジュリアを危険な場所に置いてきぼりにしたの?」
「好きでやったわけじゃないぞ?いや、その通りなんだが……。畜生、俺が守ってやるつもりが!」
騎士団長は地団駄を踏んだ。魔法陣が消えてしまうのではないかと思い、エミリーは彼の腕に触れて制止した。
「魔法陣は……あなたが来る前にエンフィールド侯爵をどこかへ運んだ。行き先がその邸なら、今頃ジュリアは……」
◆◆◆
「戻るべき、かなあ?」
階段の踊り場で立ちすくみ、姉のもとへ戻ろうかと悩む。弟はリスの姿であり、魔法が使えるのかはっきりしない。いざとなったら一人で立ち向かわなければならない。
「傭兵は皆やっつけたにしても、魔法使う奴が出てきたらアウトだよなあ。んー……」
ぽん、と手を打つ。
「ソッコーで二階を見て回ろう。何もなかったら、窓から出て逃げよう。それがいい」
誰かが来るかもしれない廊下を進むより、窓から出て樹木に飛び移ったほうが見つかりにくい。自分の木登りの才能を過信しているジュリアは、絶対に捕まらない自信があった。
踊り場を抜け、二階への階段を進む。廊下を見渡そうと顔を足元の階段から正面へ向けた時、ジュリアの足元が大きく揺らいだ。
「……え?」
紫と黒と灰色が混じりあったような海が広がる。不安定な波間に立ち、必死にバランスを取ろうとするがうまくいかない。
<……ぅう……>
耳元でクリスが呻き、ジュリアの手の中に落ちてきた。
「クリス!」
「ようこそ、ジュリア・ハーリオン。主不在の邸を訪ねるとは、いささか無作法ではないかな」
冬の海を打つ風のように冷たい声がジュリアの頭に響いた。
「人っ子一人いないじゃないか」
ヴィルソード侯爵がキョロキョロと辺りを見回す。怯えているわけではないが、薄暗くおどろおどろしい雰囲気に戸惑っている。
「だね。……そう言えば、私が前に来た時も、邸の主人っぽい人と執事と子供しかいなかった気がする。料理人くらいはいてもおかしくないけど、庭も手入れされてる感じもないから、庭師もいないかもね」
<地下室にはいなかったんだから、兄様がいるなら、他の部屋……二階とか?>
ジュリアの肩でリスになったクリスが呟く。
「ここ、二階建てだもんね。前に兄様が閉じ込められたのは一階だったんだ。でも、窓から逃げられないように幻覚の魔法がかかってた。兄様は高いところに閉じ込められたって思ってたんだよ」
「一度それで逃がしたんなら、再び一階に閉じ込めるような真似はしないだろうな。よし、二階から探そう。使用人もいないようだし、どうどうと……」
言葉通りの堂々とした態度で、ヴィルソード侯爵は階段を上り始めた。しかし、すぐに後ろのジュリアを振り返った。
「まずいぞ。この階段、永遠に続いている……」
「小父様、何言ってんの?」
<姉様、この人、魔力なしじゃなかったの?>
「だと思ったけど?」
「うーん。私には普通に見えてるんだけどなあ。小父様、手を繋いで行こう。どこに階段があるか教えてあげるからさ」
「ああ、頼む。俺には無限回廊に見えているんだ」
ジュリアの手をとり、侯爵は一歩右足を前に出す。次の段を踏むはずの足がまた同じ段に戻っていく。本人は全く気づいていないようだ。
「そういうことか……小父様を背負って行けないし。どうしようか。クリス、魔法でどうにかならない?」
リスのクリスはまた姉の耳を引っ張った。
<光魔法だね。……おじさん、目を瞑って歩いてみて>
「こう、か……?ん?お?何となく上った気がするぞ!」
身体の感覚だけを研ぎ澄まして、侯爵は踊り場までたどり着いた。
「やったじゃん!」
<時間がないよ。急ごうよ>
「オッケー。じゃ、上に……」
肩の上のリスに気を取られ、侯爵から目を離したジュリアは、一瞬で巨体が消えたのに驚いた。
「……ぅえ?」
<いなくなった>
「先に行ったのかな?」
<違う。あれ、見て。踊り場が少し光ってる。魔法陣があったんだ>
「こんなところに罠?ってか、小父様はどこ行っちゃったの?」
リスと二人、実質一人になってしまったジュリアは、頭を抱えて天を仰いだ。
◆◆◆
「魔法陣を読み解けば、あいつの行き先が分かる」
「エミリーさん、無理はよくありませんよ。そんなに床に顔を近づけて」
肩にかけた手を払い落とされ、キースは眉を八の字に下げた。
「……捕まえて王宮に突き出してやる」
珍しく熱を帯びた声で言えば、頭の上から押し殺した笑いと
「俺もそれに賛成だ」
という低い声が降ってきた。
「賛成するなら、手伝って」
「タダ働きは好きじゃない」
「……だから何?」
じろりと睨んでやる。マシューは赤い瞳を細めて嬉しそうだ。
――この非常時に浮かれてるとか、許せない。許せないんだけど……カッコよすぎる。
「エミリー」
不意にマシューの手がエミリーの頬を撫でた。と同時に肩を抱きすくめられ、強く身体を引きつけられる。
「……!」
「うわあっ!ま、まも、のぉおお!」
エミリーの背後でキースが狼狽える声がした。
「おわあああ!」
聞きなれない声もする。抱き寄せるマシューの腕を振り払って様子を見る。キースの姿が見えず、代わりに大きな背中が見えた。
「……な、何だ、ここは……」
スキンヘッドの男が振り返る。エミリーは咄嗟に掌に魔法球を発生させた。
「王都の神殿だ」
マシューが何事もなかったかのように応じた。
「おっと、攻撃は勘弁してくれよ。エミリー」
「……ヴィルソード騎士団長とお見受けするが。何故ここに?」
「そりゃあ、俺が聞きたいくらいだよ。エスティアから敵の本拠地に乗り込んで、ジュリアと二人でハロルドを探していたんだが……」
「じゃあ、ジュリアを危険な場所に置いてきぼりにしたの?」
「好きでやったわけじゃないぞ?いや、その通りなんだが……。畜生、俺が守ってやるつもりが!」
騎士団長は地団駄を踏んだ。魔法陣が消えてしまうのではないかと思い、エミリーは彼の腕に触れて制止した。
「魔法陣は……あなたが来る前にエンフィールド侯爵をどこかへ運んだ。行き先がその邸なら、今頃ジュリアは……」
◆◆◆
「戻るべき、かなあ?」
階段の踊り場で立ちすくみ、姉のもとへ戻ろうかと悩む。弟はリスの姿であり、魔法が使えるのかはっきりしない。いざとなったら一人で立ち向かわなければならない。
「傭兵は皆やっつけたにしても、魔法使う奴が出てきたらアウトだよなあ。んー……」
ぽん、と手を打つ。
「ソッコーで二階を見て回ろう。何もなかったら、窓から出て逃げよう。それがいい」
誰かが来るかもしれない廊下を進むより、窓から出て樹木に飛び移ったほうが見つかりにくい。自分の木登りの才能を過信しているジュリアは、絶対に捕まらない自信があった。
踊り場を抜け、二階への階段を進む。廊下を見渡そうと顔を足元の階段から正面へ向けた時、ジュリアの足元が大きく揺らいだ。
「……え?」
紫と黒と灰色が混じりあったような海が広がる。不安定な波間に立ち、必死にバランスを取ろうとするがうまくいかない。
<……ぅう……>
耳元でクリスが呻き、ジュリアの手の中に落ちてきた。
「クリス!」
「ようこそ、ジュリア・ハーリオン。主不在の邸を訪ねるとは、いささか無作法ではないかな」
冬の海を打つ風のように冷たい声がジュリアの頭に響いた。
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