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学院編 14
568 悪役令嬢は自分の幸福のために魔法を使う
しおりを挟むヴィルソード侯爵が手を挙げた。
「ちょっといいか」
「どうぞ」
「魔導士のことだが……。一定以上の能力、四属性以上だったかな?……の魔導士が、住む場所を変える時には、届出が必要だったと思うぞ」
「どこに?」
「その町を治める領主、大概は貴族だが、そいつが陛下に書状で報告するんだったと思う。うちの領地じゃ魔導士は殆ど出ないんで詳しいことは知らんぞ。もちろん、領地の子供が魔力測定を受けて、強力な魔力を持つと分かった時も報告するんだ」
マリナは記憶の糸を辿った。言われてみれば、王立学院の資料室に、一定以上の魔力を持つ貴族の名簿があったように思う。国で管理していなければ名簿の作成はできない。
「領地で無償の学校を開くことは領主である俺達の義務だが、魔導士の素質がある子を王都の王立学院みたいな上級の学校に行かせるのは国策としてやってることだ。エンフィールドが自分の役に立てるためだけに、才能のある子を領地に閉じ込めていたとしたら問題だろうな」
マリナが深く頷いた。
「魔導士は全体の幸福のために奉仕すべき……というようなことをエミリーから聞いたわ」
「あの子そんなこと言ったっけ?」
「『私は全体じゃなく自分の幸福のために魔法を使う』って宣言していたわ」
「エミリーらしいじゃん。……と、つまり。魔導士を隠してるってバレたら、エンフィールドは終わりってことか」
「終わりとは言えないけれど、お咎めを受けるのは間違いないわね。それなら……」
言いかけた言葉が途切れた。クリスがマリナにぎゅっと抱きついた。
「やめようよ、姉様。魔導士を探しに行っても無駄だよ」
「クリス?」
「遠見魔法を使ったんだ。強い魔導士はあの邸にいないよ」
「すごいじゃん。で?兄様がいる場所は?」
クリスは半べそをかいて首を振った。
「結界に邪魔されて……魔力が弱い兄様までは分からなかったの。ごめんね」
◆◆◆
作戦会議は打開策を見つけられずにいた。
「これで一つ分かったのは、建物の外なら魔力の高い奴でも平気だってことだな。魔導師団で囲んで、騎士団が突入すれば……」
「騎士団をここへ呼び寄せるおつもりですか?」
マリナはぎょっとして侯爵を見た。ハーリオン侯爵家の養子が捕らえられている『かもしれない』だけでは、一個人の邸宅を捜索することなどできない。空振りに終わったら騎士団長の責任問題になる。
「フレディが騎士団をあっちこっちに行かせてるだろ。あ、俺が謹慎してる間な。こっちに部隊を回すのは無理だろうなあ。見習いまで駆り出してるし」
「学院の皆に応援を頼めないかな?」
「無理よ。敵側の人間がいないとも限らないでしょう?」
「うーん……名案だと思ったんだけどなあ。小父様が最強でも、私と二人だけじゃ戦力が足りない気がする」
「いや、そうでもないかもしれん。魔法で守りを固めているなら、肉弾戦には弱いんじゃないか?クリス達は中に入れないんだから、外で敵を引きつける。向こうの用心棒が出てきたら、俺達がその隙に中に入ろう」
「陽動作戦ね」
「よう……。うん、分かった。マリナとクリス、セドリックが正面から挑むんだね」
「戦うふりをして相手を引きつけておくわ。任せて」
マリナは胸を張った。
◆◆◆
「ハーリオン侯爵夫人が陛下にお目通りを願い出ております」
「……どういうことかな、フレディ?」
国王は傍に控えていた宰相に訊ねた。ハーリオン侯爵一家を捕らえるよう命じたが、まさか自分から城へやってくるとは思わなかったのだ。
「さあな。ソフィアは昔から突飛なことをするからな。大方、神殿の反乱の噂を聞いて、ハロルドの命乞いにでも来たのだろう」
「ひとまず、話を聞いてみよう。……通せ」
侍従が一礼して去っていく。間髪おかずに侯爵夫人が姿を見せた。
「失礼いたします。ご無沙汰して申し訳ございません、陛下」
恭しく礼をする。王宮に来るに相応しい一張羅のドレス姿である。
「宰相閣下にも、ご機嫌麗しく……」
「……言い方に棘があるな」
「何か仰いました?フレデリック・オードファン公爵様」
頭を上げ、宰相をギリッと睨む。オードファン公爵は表情には出さないものの、内心この場からいなくなりたくなった。
「あ、と……用件とは?」
「単刀直入に申し上げます。……陛下……いえ。あなた方はいつまで、この茶番をお続けになるつもりですの?」
「茶番?」
「国内の膿を出し切るおつもり?そのために、うちの子供達が犠牲になるなんて耐えられませんわ!今もハロルドが心を痛めているのに。一刻も早く、何とかしてくださらないと!」
ハーリオン侯爵夫人は腰に手を当てて、真っ直ぐに国王を見つめた。
◆◆◆
エミリー達は混乱に乗じて神殿から離れようと決めた。
「反乱軍と間違われては危険です」
「また牢屋に逆戻り……どう?」
「遠慮する。……お前と二人なら、牢に入れられても構わないが」
「……却下」
即答しながら、エミリーはマシューの甘い囁きに痺れた。クールで塩対応の魔王が、色気ダダ漏れの糖度高め甘々ボイスで迫ってくるのだ。前世なら間違いなく、ゲーム機を前にして悶絶していただろう。
「ここを出て、どこに行くの?キースのおじいさんが追っ手をかけてるのに」
「追っ手は北へ向かったでしょう。僕達が王都にいるとは思っていません。先生と合流していると気づいていないと思います。逃げるなら今です、エミリーさん!」
「……え?逃げる?」
エミリーは首を傾げて固まった。
「逃げないんですか?……行きますよ!」
「ちょ、キース、待って……!」
エミリーとマシューの腕を掴んだキースが、どこへ行くとも分からない転移魔法を発動させた。
「うわ!」
空中に放り出され、落ちる衝撃に備えて身構えた。……が痛みはない。
「……気をつけろ」
マシューが三人を大きなシャボン玉のような塊に包んで、ふわふわと空中に浮かべていた。
「すみません……。それと、まだ神殿の中みたいですね。転移もできなくて重ね重ねすみません」
天井画が美しい大空間には、礼拝や結婚式などで使うベンチが並んでいた。大勢が右往左往していたこの場所に残っているのは、甲冑を着た人間が一人だけだ。エミリーが目を凝らした時、
「誰の許可を得て入った?」
と男が叫び、シャボン玉に向かって魔法を放った。
「危ない!」
バチバチッ!
マシューが作ったシャボン玉は、男の魔法を受けて一瞬凹んだが、空気を受け流すように揺れて形を保ったままだった。
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ドオン!
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「煩い」
エミリーの手に大きな魔法球が浮かんだ。炎の周りに紫色の火花が見える。
「ここで私を殺すのか?ハーリオン家の罪が一つ増えるだけだぞ?」
男の挑発を聞き、マシューがエミリーの肩に手を置いた。
「零落れて路頭に迷いたいのか?ははは、いい気味だ。全てを奪ったハーリオン家は、全てを失くしてしまえばいい。地位も、財産も、恋人もな!」
静かな神殿に狂気じみた男の笑い声が響いた。
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