上 下
737 / 794
学院編 14

565 悪役令嬢と悪戯小僧

しおりを挟む
「なっ……!」
「鍵かけられたらヤバい!」
すぐさま入口へ引き返し、ジュリアが落胆の声を上げた。
「うっそ……。鍵かかってるじゃん」
鋼鉄製の扉は閉ざされ、扉一枚隔てた向こうから少年の笑い声がする。何度も扉を拳で叩くが、相手はただ笑うばかりだ。
「何度も同じ手にひっかかると思う?少しは学習しなよ、お姉さん?」
「開けてよ!」
「開けるわけないでしょ。旦那様に怒られちゃう」
鍵の束がじゃらりと音を立てる。軽い足取りで少年は地下室から遠ざかって行った。
「ジュリア、今の子、知り合いなの?」
「前にここから逃げた時にちょっとね。まさかはめられるとは思わなかったなあ」
「何感慨深げにしているのよ。それどころではないでしょう?私達、放っておかれたら飢え死によ?」
「いや、その前に凍死するかもしれんな。通気口から外の風が入ってきている。ここは寒い土地だから……へっくしっ」
「小父様大丈夫?」
「何のこれしき!あの鉄の扉も、俺が何とかする!」
力こぶを見せて張り切るも、侯爵の鼻からは鼻水が出ている。
「無理はなさらないでください。それより、どうにかして外にいるクリス達に連絡を取る方法を考えましょう」
「そうだな。俺達がここに潜入したのは知っているし、ハロルドが閉じ込められているとしたらどこか、あの子なら察しているだろう。ただ、俺達が出られなくなったとは思っていない。ハロルドがいないこともな」
「兄様、本当にこのお邸にいないのかな?地下室はあの子……小僧の罠だとしてもさ、兄様はどこか別の部屋にいるんじゃない?閉じ込められてなくて動けるようなら、ここの鍵、開けてくんないかなあ?」
妹の想像にマリナは溜息をついた。
「一度、地下室の中を点検しましょう。何か役に立つものがあるかもしれないわ」

   ◆◆◆

「モップ、樽、麻の袋……」
「武器になりそうなものはないな」
「薄い板はあったよ。これにSOSって書いたら?」
「えすおーえす?何だ、それは?」
「え、ええと、秘密の暗号です。……ジュリア、こっちの世界で通用しないわよ」
「あ、そっか。うーん。じゃ、狼煙を上げるのは?」
「狼煙?何かを燃やすのね?」
「うん。ほら、このモップとか、袋とかさ」
ジュリアがにやりと笑って通気口を指さした。

かくして。
一番背が高いヴィルソード侯爵が樽の上に立ち、通気口の隙間からモップの柄を使って麻袋を外に出した。勿論、麻袋にはマリナが父の煙草に火をつける程度の魔法で着火している。
「雪で消えなきゃいいねえ」
「邸の使用人に見つかるのが早いか、クリスが見つけるのが早いか……賭けだわ」
「どうか、神様、よろしくっ!」
ジュリアは柏手を打って神に祈った。

   ◆◆◆

王宮を出ようとして止められたセドリックは、隠し通路を使って街に行く手段を選んだ。一人で行くのは初めてで心細いが、自分の行動如何でマリナ達が助けられるのだと思うと、勇気が湧いてくる気がした。
「古い文献で読んだだけだからな……。こっちかな……」
セドリックの記憶は限りなく怪しかったが、彼は持って生まれた幸運体質を遺憾なく発揮した。いくつかの分かれ道を勘に頼って進み、とうとう観音開きの扉の前にたどり着いた。
「うん、ここだ!」
外から何やら音がしている。街の賑わいではなく、何か争うような音が。
確信を持って鍵に王位継承者の指輪を近づけると、扉にかけられた魔法の鍵が外れた。
「やった!」
勢いよく押し開ける。一段飛ばしで階段を駆け上がったセドリックは、危うく誰かにぶつかりそうになった。
「うわっ!?」
「きゃ」
「……」
涙ぐむアリッサを抱きしめていたレイモンドに、思い切り白い眼で睨まれた。
「何をしている?セドリック」
「何って、王宮から抜け出して来たんだ」
「そんなのは見れば分かる。お前はこの反乱に首を突っ込むべきではないだろう?」
「そうやってレイはいつも僕を除け者にしたがる。いいかい?父上はハーリオン家の全員を捕らえるように、宰相に命じたんだ。きっともう、お邸には騎士団が向かっていると思う」
「そんな……!お邸にはお母様が」
「うん。今から行っても間に合わないだろうし、アリッサが捕まることになるね」
「侯爵様はお留守なんだな?」
腕組みをしたレイモンドが中指で眼鏡を上げた。
「はい。事情があって、王宮に……あれ?」
「王宮に行かれたのか?」
「おかしいなあ。父上や宰相は、ハーリオン侯爵は来ていないと言っていたよ。すぐに来なければ何とかって……。確かに侯爵はお邸を出たのかい?」
「多分……お父様は私と違って迷子にならないですし、あの……ローブもうまく使えると思うんです」
「ローブだって?」
「魔法が使える人が着ると、姿が見えなくなるっていうローブで……そ、それより王太子様!お兄様が大変なんです」
「そうだ。ハロルドが反乱軍にいた」
「まさか……」
「侯爵絡みの案件を全て自分一人がしたことにしようとしている。罪を一人で被る気だ。いくらエスティアが故郷でも、彼一人で反乱軍の人員を集められるとは思えない。余計な入れ知恵をした者がいるに違いない」
「私達に、国王陛下に話すように、って、あ、あ……」
泣きじゃくるアリッサの肩を抱き、レイモンドはセドリックの言葉を待った。
「……ハロルドは何処へ?」
「部屋を出て行って、その先は分からない。まだ神殿の中にいるといいが」
「分かった。彼のことは任せてくれ。レイ、アリッサを連れて僕が来た道を戻るんだ。途中に指輪の魔法で灯りをつけてきているから、王宮に戻れると思う。ハロルドが望んだように、父上に報告してほしい」
「正気か?」
「正気だよ。……そうだね。できるだけ大袈裟に騒いで、王宮の外にも知られるようにして。魔導師団や騎士団……たくさんの貴族にね。ほら、行って!」
トン、と背中を押され、レイモンドは渋々アリッサを隠し通路へ誘導した。
「心配しないで、アリッサ。……僕はこんな形で負けるのは嫌いなんだよ」
二人に軽く手を振ると、セドリックは部屋を飛び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...