上 下
734 / 794
学院編 14

562 悪役令嬢は転んでもただでは起きない

しおりを挟む
「きゃあああ!レイ様ぁああ!」
中央神殿の廊下にアリッサの絶叫が響いた。部屋を見張っていた兵士が声に反応して、ドアに向かって声をかけた。
「おい!何があった?」
「中を確認したほうが……」
「部屋から出すなと言われているだろう?」
「しかし……」
統率のとれていない兵士達が言い合っている間にも、アリッサは短く叫んだ。
「心配するなアリッサ。ほら、騎士団の面々じゃないか。中央神殿は王族のための隠し通路がたくさんある。彼らはこうして、俺達を助けに来てくれたんだぞ?叫ぶなんて失礼だよ」
部屋の外に聞こえるように、レイモンドはゆっくりはっきりと話した。廊下から慌てふためく兵士の声と遠ざかる足音がし、二人は視線を合わせてにんまりと笑った。
「うまく……いったのかしら?」
「こちらはな。神殿内にいる者は、どこから騎士が現れるか分からない恐怖を感じ、神殿から出て行こうとするだろう。だが、外を見ても退路はないと分かる」
「ドアも窓も、キース君が閉めちゃったんですよね」
「ああ。結界を張ったはずだ。窓から見えるのは王家が寄越した軍……先生とエミリーの魔法が見せるまやかしだがな」
廊下から絶望した兵士達の声がする。命だけでも助かろうと、反乱軍を離脱すると叫んでいる。
「外にいる人達は、中で何が起こっているか不安でしょうね。声は聞こえるのに」
「それも抜かりない。窓から覗いたら、味方が何かに怯えて狂ったように逃げ惑っているんだ。恐ろしくて仕方がないだろう。指揮官に余程の統率力がなければ、この事態を乗り切ることは難しい。金で雇われた寄せ集めの軍に、そこまでの指揮官がいるだろうか」
「いないと思います。……流石、レイ様だわ……」
尊敬の念をこめて見つめるアリッサに気をよくして、レイモンドは彼女の手を取って口づけた。背中に手を回し、部屋の奥へと誘導する。
「……レイ様?」
「隠し通路の話は本当だ。危険が迫ったら、君だけでもここから逃げるんだ。分かったね?」
書棚の下の引き出しを開けると、足元に階段が現れた。アリッサは唇を尖らせてレイモンドに抱きついた。
「レイ様が一緒じゃなきゃ嫌」
「我儘を言うな」
「やだやだやだやだやだ!一緒に来てくれなきゃやだっ!」
「まだ酔いが抜けないのか……」
苦笑いを浮かべたレイモンドは、階段の奥から人の気配を感じ身構えた。

   ◆◆◆

「皆、私の記憶力に感謝すべきだよねー」
「野生の勘の間違いじゃないの?」
「分かんないときは小父様のカンに頼ったけどさ。例のお邸に着けたんだからいいんじゃない?」
唇に人差し指をあて、「しーっ」と囁く。一番煩いのは自分だと気づいていないのだ。
「想像していたより普通だな」
セドリック少年が呟く。彼の中では、悪の親玉の隠れ家を想像していたらしい。
「みすぼらしくもなく、美しくもないな。壁の色もくすんで目立たないが、周りの木々がうまく邸を風景に溶け込ませている。馬車で近くを通っても見逃してしまうだろう」
ヴィルソード侯爵は腕組みをして考えたが、抜群の視力で紋章を見つめても誰の邸なのか思い出せなかった。
「マリナ。紋章あるの、見える?」
「ええ。雪でところどころ隠れているけれど、見覚えはあるわ。エンフィールド侯爵家の紋章……山を挟んでうちの隣の領地だから、当然といえば当然ね。ただ……」
「ん?」
「エンフィールド家の紋章によく似ているけれど……少し違うかもしれないわ。遠目だとはっきりしないわ」
貴族名鑑を丸暗記し、家系と紋章に詳しいマリナの言うことに間違いはないと確信し、ジュリアは歩き疲れてヴィルソード侯爵に背負われている弟を振り返った。
「クリス。兄様がどこにいるか分かんない?」
「うーん……魔力の気配を探して……なんか、あのお邸、近づきたくないなあ。気持ち悪くなりそう」
「そうだった!中には魔法の罠があるんだった。どうしよう、この中で行けるのはマリナを含めて三人だけ?」
「最短ルートで行って戻ろう。ハロルドは俺が担ぐ。任せろ」
三人は頷き合った。魔力が高いクリスとセドリックを待たせ、以前ジュリアがハロルドを助けた部屋を目指すことに決めた。

「……暗いな」
「気を付けてね、二人とも。私も目が慣れないなあ……っと!」
廊下の絨毯に足を取られ、転びそうになったマリナをジュリアが支える。
「ありがとう。私、足手まといね。窓から入る時だって、窓枠までうまく上がれなかったもの」
その点を考えると、大柄すぎて窓枠からなかなか入れなかったヴィルソード侯爵も足手まといということになる。彼は全く気にしていないが。
「木登り名人の私と比べる方が間違ってるよ。マリナがいれば、もし兄様が倒れてて歩けなくても、頑張ってくれるかもしれないじゃん。特効薬だよ」
「歩くのが不安なら俺が背負うぞ」
「侯爵様、ありがとうございます。お気持ちだけで十分で……んぐ」
マリナの口をジュリアの手が塞ぐ。指を立てて静かにと口パクで伝える。
見ると、少しだけ灯りをともした廊下を一人の少年が歩いていく。手には食器を持っていた。
「……行った。あの子、兄様に食事を運んでいるんじゃないかな。前もそうだったし」
「自分の分でしょう?」
「使用人部屋で食べればいいのに、わざわざ持ってくのはおかしいよ。とにかく、後を追うよ」

足音を忍ばせて後を追うと、少年は廊下の片隅にある細い階段を下りていく。地下へ続いているようだ。
「地下か……急いで助けないと、一階に上がってくる前に見つかっちまう。俺もハロルドを背負っては戦いにくい」
「あの子が出てきたら入るよ」
「手枷や足枷をつけられていたら、どうやって外せばいい?俺の力で外せるかどうか」
ヴィルソード侯爵が二の腕の筋肉を手で摩る。鉄の鎖を引きちぎる自信があるようだ。
「食事を持って行っているのですもの。自分で食べられる程度に自由はあるのよ。見張りを躱してしまえば助け出せる気がするわ」
「よし。じゃあ、突破するしかないね。兄様を連れ出して、クリスのところに戻ろう。魔法でエスティアまで……ううん、あの洞窟まででもいい。足跡を残さないで逃げれば」
邸までの道のりを歩いてきたが、雪の上の足跡は全てセドリックとクリスが魔法で消してきた。同じ失敗はしたくない。
「ええ。……行きましょう。お兄様を助けて、王都にいるハロルド・ハーリオンは偽物だと証明するのよ」
地下への階段から、食器を持った少年が上がってくる。廊下の角を曲がって姿が見えなくなると、三人は滑るように階段を下りた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...