729 / 794
学院編 14
557 悪役令嬢と思わぬ拾い物
しおりを挟む
アデラを急かして外に出たジュリアは、早速町の中を早足で歩いた。目立つ銀髪を隠すために古いテーブルクロスを被っている。それでいて、スボン姿でブーツを履いているのだから奇妙である。
「ジュリア様、ま、待ってください!」
「ん?あ、ごめんごめん」
「用事があるのは向こうの店です。早く済ませて帰りましょう?」
辺りを気にして駆け寄ってくる。何人か不審な人物がジュリアの視界に入ってくる。
「……ねえ」
「はい?」
「いつもついてくるのって、誰?向こうの路地の奴?」
「違います。……でも、あの人もこっちを見ていますね」
「あいつだけじゃないよ。私がざっと見ただけでも、六人がアデラに注目してる」
自分が注目されているとは露程も思っていないのだ。アデラは苦笑いをした。
「目立ちすぎですよ、ジュリア様。まあ、怪しすぎて誰も近寄らないので、私も助かりますけど……」
「じゃあいいじゃん。結果オーライだね」
歯を見せてニッと笑う。つられて笑ったアデラの肩を後ろから叩く者がいた。
「よお、お邸の姉ちゃん。今日もおつかいか?」
「……」
視線だけで『彼だ』と告げる。ジュリアを完全に無視して話を続ける男は、アデラの話そのままに帯剣しているものの腕が立ちそうには見えない。学院の剣技科やアレックスの家で鍛えられた身体を見慣れているジュリアには、この男は剣をファッションの一部にしているのではないかと思えた。
「ちょっと。この子は私の連れなんだけど?勝手に話しかけないでもらえる?」
足を踏み出し、二人の間に身体をすべり込ませた。
「何だ?奇妙な婆さんがいると思ったら、こっちも若いな」
「用事を済ませないといけないの。忙しいからあなたに付き合ってる暇はないんだ」
「そんなに時間は取らせないぜ。なあに、ちょっとだけ手伝ってくれさえすればな」
「手伝う?」
不穏な空気を感じ、ジュリアはじっと男を見つめた。どこにでもいるような顔で、剣技科出身とも思えないたるんだ身体をしている。笑い方も下品だ。
「お邸には領主様が来てるっていうじゃないか。馬車で着いたところを俺は見たぜ?」
「私達に口利きを頼んで雇われようっていうなら、生憎だけど新しい従僕の募集はしていないの。諦めるんだね」
「いやいや。そんな大層なことは考えちゃいないさ。姉ちゃんのどっちか、厨房に出入りしたりしないか?」
――何となく、予想がついた。こいつ、お父様お母様に毒でも盛るつもり?
「料理はしないけど、何かあるの?」
「これだよ。何にでも効く万能薬さ。料理に混ぜてもいいし、そのまま飲んでもいい」
男は小瓶をジュリアに握らせた。
「エスティアの領民からの贈り物だ。受け取ってもらえるとうれしい。それじゃあな」
男が通りの向こうに見えなくなるのを待って、アデラは重い口を開いた。
「ジュリア様。今の人、エスティアの町の者じゃないですよ」
「だろうねえ。だって、話し方に特徴があったもん。どこかから流れてきたみたい」
手に持っている瓶に目をやると、『ユーデピオレ』と書いてある。本物なら万能薬だが、白ピオリの種なら何の効果もなく、赤ピオリの種なら毒である。
「それは……?」
「これねー、薬だか毒だか分かんないんだよねえ。しかも、なるべくなら持っていたくないんだ。どうしようかな」
領主館に持ち帰ったところに、敵の息がかかった騎士が乗り込んで来たら、ハーリオン家が家族ぐるみで偽の万能薬をアスタシフォンに輸出していたと思われてしまう。状況証拠ができあがってしまうのだ。
「誰かに試すわけにもいかないし……ん?」
通りを少し行ったところにある店の前で、頭に布を被った大柄な男が行ったり来たりしているのが見えた。熊のように大きな背中を丸め、丸太のような腕を寒風に晒している。
「世の中には三人似た人がいるっていうけど……まさかね」
アデラに声をかけて、軽い足取りで怪しい男へ近寄った。
「小父様!」
「……うぉおっ!」
背中を叩かれて情けない声を上げ、ヴィルソード侯爵は道路端の雪の中に尻餅をついた。被っていた布がはらりと落ち、赤髪が分からないほど剃りあげた頭と無精ひげが露わになった。
◆◆◆
「で、こうなったわけね」
「うん。だってさ、寒そうだったから」
怪しい小瓶を手に、ヴィルソード侯爵を伴って領主館に戻ったジュリアを出迎えたのは、マリナのブリザードのような視線だった。
「この微妙な状況下で、侯爵様を巻き込んで……」
「俺は気にしていないぞ?」
「ええ、存じております」
侯爵も息子のアレックス同様、細かいことは気にしない、空気を読まない男なのだろうとマリナは予想していた。実際、こうして深刻な話をしているのに、全く動じる気配もない。
「毒だか何だか知らないが、気にすることはないんじゃないか?そいつは万能薬だって言ったんだろう?領民を信じるのは大切だぞ」
「領民ではないから気になっているのですわ。アスタシフォンで出回っていたグランディア産ユーデピオレの万能薬は、よく似た白ピオリを原料にしていました。薬効がないだけでも詐欺なのですけれど、赤ピオリが混じっていれば毒薬なのです。町でこれを渡した男が、ハーリオン侯爵を毒殺しようとしているかもしれないのですわ」
「ところで、どうして小父様はここにいるの?」
ジュリアがおやつのパウンドケーキを口に入れた。王都の邸のものとは違うが、これはこれで美味だと思う。
「はっはっは。驚いただろう?俺は邸で謹慎していることになっているからな。こっそり抜け出してここまで来るのは大変だったんだぞ」
「そうでしょうね……」
「エスティアに用心棒くずれが集まっているという情報は、割と早くからあったんだ。で、この際だから俺が行くことになった」
話を端折りすぎていて理解できない。マリナは愛想笑いをした。
「用心棒を集めているのが誰なのか。変装して雇われようと思ってな。他の応募者に負けない自信はあるぞ。はっはっは」
同じテンションで笑い出したジュリアの足を踏み、マリナはにっこりと微笑んだ。
「ジュリア様、ま、待ってください!」
「ん?あ、ごめんごめん」
「用事があるのは向こうの店です。早く済ませて帰りましょう?」
辺りを気にして駆け寄ってくる。何人か不審な人物がジュリアの視界に入ってくる。
「……ねえ」
「はい?」
「いつもついてくるのって、誰?向こうの路地の奴?」
「違います。……でも、あの人もこっちを見ていますね」
「あいつだけじゃないよ。私がざっと見ただけでも、六人がアデラに注目してる」
自分が注目されているとは露程も思っていないのだ。アデラは苦笑いをした。
「目立ちすぎですよ、ジュリア様。まあ、怪しすぎて誰も近寄らないので、私も助かりますけど……」
「じゃあいいじゃん。結果オーライだね」
歯を見せてニッと笑う。つられて笑ったアデラの肩を後ろから叩く者がいた。
「よお、お邸の姉ちゃん。今日もおつかいか?」
「……」
視線だけで『彼だ』と告げる。ジュリアを完全に無視して話を続ける男は、アデラの話そのままに帯剣しているものの腕が立ちそうには見えない。学院の剣技科やアレックスの家で鍛えられた身体を見慣れているジュリアには、この男は剣をファッションの一部にしているのではないかと思えた。
「ちょっと。この子は私の連れなんだけど?勝手に話しかけないでもらえる?」
足を踏み出し、二人の間に身体をすべり込ませた。
「何だ?奇妙な婆さんがいると思ったら、こっちも若いな」
「用事を済ませないといけないの。忙しいからあなたに付き合ってる暇はないんだ」
「そんなに時間は取らせないぜ。なあに、ちょっとだけ手伝ってくれさえすればな」
「手伝う?」
不穏な空気を感じ、ジュリアはじっと男を見つめた。どこにでもいるような顔で、剣技科出身とも思えないたるんだ身体をしている。笑い方も下品だ。
「お邸には領主様が来てるっていうじゃないか。馬車で着いたところを俺は見たぜ?」
「私達に口利きを頼んで雇われようっていうなら、生憎だけど新しい従僕の募集はしていないの。諦めるんだね」
「いやいや。そんな大層なことは考えちゃいないさ。姉ちゃんのどっちか、厨房に出入りしたりしないか?」
――何となく、予想がついた。こいつ、お父様お母様に毒でも盛るつもり?
「料理はしないけど、何かあるの?」
「これだよ。何にでも効く万能薬さ。料理に混ぜてもいいし、そのまま飲んでもいい」
男は小瓶をジュリアに握らせた。
「エスティアの領民からの贈り物だ。受け取ってもらえるとうれしい。それじゃあな」
男が通りの向こうに見えなくなるのを待って、アデラは重い口を開いた。
「ジュリア様。今の人、エスティアの町の者じゃないですよ」
「だろうねえ。だって、話し方に特徴があったもん。どこかから流れてきたみたい」
手に持っている瓶に目をやると、『ユーデピオレ』と書いてある。本物なら万能薬だが、白ピオリの種なら何の効果もなく、赤ピオリの種なら毒である。
「それは……?」
「これねー、薬だか毒だか分かんないんだよねえ。しかも、なるべくなら持っていたくないんだ。どうしようかな」
領主館に持ち帰ったところに、敵の息がかかった騎士が乗り込んで来たら、ハーリオン家が家族ぐるみで偽の万能薬をアスタシフォンに輸出していたと思われてしまう。状況証拠ができあがってしまうのだ。
「誰かに試すわけにもいかないし……ん?」
通りを少し行ったところにある店の前で、頭に布を被った大柄な男が行ったり来たりしているのが見えた。熊のように大きな背中を丸め、丸太のような腕を寒風に晒している。
「世の中には三人似た人がいるっていうけど……まさかね」
アデラに声をかけて、軽い足取りで怪しい男へ近寄った。
「小父様!」
「……うぉおっ!」
背中を叩かれて情けない声を上げ、ヴィルソード侯爵は道路端の雪の中に尻餅をついた。被っていた布がはらりと落ち、赤髪が分からないほど剃りあげた頭と無精ひげが露わになった。
◆◆◆
「で、こうなったわけね」
「うん。だってさ、寒そうだったから」
怪しい小瓶を手に、ヴィルソード侯爵を伴って領主館に戻ったジュリアを出迎えたのは、マリナのブリザードのような視線だった。
「この微妙な状況下で、侯爵様を巻き込んで……」
「俺は気にしていないぞ?」
「ええ、存じております」
侯爵も息子のアレックス同様、細かいことは気にしない、空気を読まない男なのだろうとマリナは予想していた。実際、こうして深刻な話をしているのに、全く動じる気配もない。
「毒だか何だか知らないが、気にすることはないんじゃないか?そいつは万能薬だって言ったんだろう?領民を信じるのは大切だぞ」
「領民ではないから気になっているのですわ。アスタシフォンで出回っていたグランディア産ユーデピオレの万能薬は、よく似た白ピオリを原料にしていました。薬効がないだけでも詐欺なのですけれど、赤ピオリが混じっていれば毒薬なのです。町でこれを渡した男が、ハーリオン侯爵を毒殺しようとしているかもしれないのですわ」
「ところで、どうして小父様はここにいるの?」
ジュリアがおやつのパウンドケーキを口に入れた。王都の邸のものとは違うが、これはこれで美味だと思う。
「はっはっは。驚いただろう?俺は邸で謹慎していることになっているからな。こっそり抜け出してここまで来るのは大変だったんだぞ」
「そうでしょうね……」
「エスティアに用心棒くずれが集まっているという情報は、割と早くからあったんだ。で、この際だから俺が行くことになった」
話を端折りすぎていて理解できない。マリナは愛想笑いをした。
「用心棒を集めているのが誰なのか。変装して雇われようと思ってな。他の応募者に負けない自信はあるぞ。はっはっは」
同じテンションで笑い出したジュリアの足を踏み、マリナはにっこりと微笑んだ。
0
お気に入りに追加
751
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる