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学院編 14

557 悪役令嬢と思わぬ拾い物

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アデラを急かして外に出たジュリアは、早速町の中を早足で歩いた。目立つ銀髪を隠すために古いテーブルクロスを被っている。それでいて、スボン姿でブーツを履いているのだから奇妙である。
「ジュリア様、ま、待ってください!」
「ん?あ、ごめんごめん」
「用事があるのは向こうの店です。早く済ませて帰りましょう?」
辺りを気にして駆け寄ってくる。何人か不審な人物がジュリアの視界に入ってくる。
「……ねえ」
「はい?」
「いつもついてくるのって、誰?向こうの路地の奴?」
「違います。……でも、あの人もこっちを見ていますね」
「あいつだけじゃないよ。私がざっと見ただけでも、六人がアデラに注目してる」
自分が注目されているとは露程も思っていないのだ。アデラは苦笑いをした。
「目立ちすぎですよ、ジュリア様。まあ、怪しすぎて誰も近寄らないので、私も助かりますけど……」
「じゃあいいじゃん。結果オーライだね」
歯を見せてニッと笑う。つられて笑ったアデラの肩を後ろから叩く者がいた。
「よお、お邸の姉ちゃん。今日もおつかいか?」
「……」
視線だけで『彼だ』と告げる。ジュリアを完全に無視して話を続ける男は、アデラの話そのままに帯剣しているものの腕が立ちそうには見えない。学院の剣技科やアレックスの家で鍛えられた身体を見慣れているジュリアには、この男は剣をファッションの一部にしているのではないかと思えた。
「ちょっと。この子は私の連れなんだけど?勝手に話しかけないでもらえる?」
足を踏み出し、二人の間に身体をすべり込ませた。
「何だ?奇妙な婆さんがいると思ったら、こっちも若いな」
「用事を済ませないといけないの。忙しいからあなたに付き合ってる暇はないんだ」
「そんなに時間は取らせないぜ。なあに、ちょっとだけ手伝ってくれさえすればな」
「手伝う?」
不穏な空気を感じ、ジュリアはじっと男を見つめた。どこにでもいるような顔で、剣技科出身とも思えないたるんだ身体をしている。笑い方も下品だ。
「お邸には領主様が来てるっていうじゃないか。馬車で着いたところを俺は見たぜ?」
「私達に口利きを頼んで雇われようっていうなら、生憎だけど新しい従僕の募集はしていないの。諦めるんだね」
「いやいや。そんな大層なことは考えちゃいないさ。姉ちゃんのどっちか、厨房に出入りしたりしないか?」
――何となく、予想がついた。こいつ、お父様お母様に毒でも盛るつもり?
「料理はしないけど、何かあるの?」
「これだよ。何にでも効く万能薬さ。料理に混ぜてもいいし、そのまま飲んでもいい」
男は小瓶をジュリアに握らせた。
「エスティアの領民からの贈り物だ。受け取ってもらえるとうれしい。それじゃあな」

男が通りの向こうに見えなくなるのを待って、アデラは重い口を開いた。
「ジュリア様。今の人、エスティアの町の者じゃないですよ」
「だろうねえ。だって、話し方に特徴があったもん。どこかから流れてきたみたい」
手に持っている瓶に目をやると、『ユーデピオレ』と書いてある。本物なら万能薬だが、白ピオリの種なら何の効果もなく、赤ピオリの種なら毒である。
「それは……?」
「これねー、薬だか毒だか分かんないんだよねえ。しかも、なるべくなら持っていたくないんだ。どうしようかな」
領主館に持ち帰ったところに、敵の息がかかった騎士が乗り込んで来たら、ハーリオン家が家族ぐるみで偽の万能薬をアスタシフォンに輸出していたと思われてしまう。状況証拠ができあがってしまうのだ。
「誰かに試すわけにもいかないし……ん?」
通りを少し行ったところにある店の前で、頭に布を被った大柄な男が行ったり来たりしているのが見えた。熊のように大きな背中を丸め、丸太のような腕を寒風に晒している。
「世の中には三人似た人がいるっていうけど……まさかね」
アデラに声をかけて、軽い足取りで怪しい男へ近寄った。
「小父様!」
「……うぉおっ!」
背中を叩かれて情けない声を上げ、ヴィルソード侯爵は道路端の雪の中に尻餅をついた。被っていた布がはらりと落ち、赤髪が分からないほど剃りあげた頭と無精ひげが露わになった。

   ◆◆◆

「で、こうなったわけね」
「うん。だってさ、寒そうだったから」
怪しい小瓶を手に、ヴィルソード侯爵を伴って領主館に戻ったジュリアを出迎えたのは、マリナのブリザードのような視線だった。
「この微妙な状況下で、侯爵様を巻き込んで……」
「俺は気にしていないぞ?」
「ええ、存じております」
侯爵も息子のアレックス同様、細かいことは気にしない、空気を読まない男なのだろうとマリナは予想していた。実際、こうして深刻な話をしているのに、全く動じる気配もない。
「毒だか何だか知らないが、気にすることはないんじゃないか?そいつは万能薬だって言ったんだろう?領民を信じるのは大切だぞ」
「領民ではないから気になっているのですわ。アスタシフォンで出回っていたグランディア産ユーデピオレの万能薬は、よく似た白ピオリを原料にしていました。薬効がないだけでも詐欺なのですけれど、赤ピオリが混じっていれば毒薬なのです。町でこれを渡した男が、ハーリオン侯爵を毒殺しようとしているかもしれないのですわ」
「ところで、どうして小父様はここにいるの?」
ジュリアがおやつのパウンドケーキを口に入れた。王都の邸のものとは違うが、これはこれで美味だと思う。
「はっはっは。驚いただろう?俺は邸で謹慎していることになっているからな。こっそり抜け出してここまで来るのは大変だったんだぞ」
「そうでしょうね……」
「エスティアに用心棒くずれが集まっているという情報は、割と早くからあったんだ。で、この際だから俺が行くことになった」
話を端折りすぎていて理解できない。マリナは愛想笑いをした。
「用心棒を集めているのが誰なのか。変装して雇われようと思ってな。他の応募者に負けない自信はあるぞ。はっはっは」
同じテンションで笑い出したジュリアの足を踏み、マリナはにっこりと微笑んだ。
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