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学院編 14
556 悪役令嬢は無理な願いを口にする
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劇場の入口まで来ると、外から人々の叫び声が聞こえてきた。アリッサは隣を歩くレイモンドの腕にしがみついた。
「レイ様……」
「うちの馬車が近くまで来ている。送っていくから大丈夫だ」
ガタタ。
鍵を閉めていたはずの劇場の入口扉が開き、一人の男が滑り込むように入ってきて、すぐに鍵をかける。
「ふう……なんちゅう騒ぎだ」
乱れたくせ毛を掻き上げて汚れたシャツを腕まくりし、エイブラハムがやれやれと首を撫でた。
「よかった、坊ちゃん。ご無事でしたか」
「無事と分かっていて来たのだろう?」
「まあ、そうですけどね」
「アスタシフォンから戻らないのかと思っていたぞ」
「いやあ、出国に手間取ったのなんの。ハーリオン侯爵様がどこかに潜んでいるんじゃないかって船の隅々まで調べられましてね。ビルクール海運のロディス支社も捜索されそうになって、尋問される前にホラスさんが匿ったんですよ」
「誰だそれは。……まあいい。アスタシフォン側がハーリオン家を敵と見做したのなら、グランディアがどこまで擁護できるのか。反乱を起こしたのが本当にハロルドだとすれば、もはや弁解の余地はない」
レイモンドの表情に悲壮感が漂う。ハロルドは彼にとって入学以来の友人なのだ。
「あー、それですけど、本当かどうか怪しいもんですよ。さっき、中央神殿から逃げてきた神官と行き会ったんです。飲み友達のね……っとこれは秘密で」
「いいから早く話せ」
「とある騎士のために祈りたいと、集団がおしかけてきたそうなんです。神殿は基本、来る者拒まずで、彼らを中に入れたところ……今の結果に。で、集団はハーリオン家の紋章がついた旗を掲げ、『ハロルドが王に相応しい』みたいなことを言っているようですが、ちょっと分かんないところがありましてね。その神官が聞いた限りでは、マリナ様を王太子妃候補から外したことに不満を持ったのが発端で挙兵したそうなんです」
「おかしいな」
すぐにレイモンドが反応する。
「おかしいです。だって、お兄様は……その、マリナちゃんのことが……」
「マリナが王太子妃候補から外れて、一番喜んでいるのはハロルドだと思うが」
「そうですよねえ。俺もそんな話を聞いたんで、おかしいなと思ったんですよ。娘が妃候補から外されて、どう転がってハロルド様が王になるのか。説明がつきませんよ」
「全くだな。大義名分もなく反乱を起こし、ただ王都を混乱させればいいと思っているのか。……騎士団はどうしている?」
「俺が見た範囲では、動いていないみたいですね。殆ど王都からは出てますし、残った隊も大して戦力にならない見習い集団らしいです。神殿奪還は無理じゃないですか?」
「……あのっ」
小さな声にレイモンドが視線を下げた。震える手でしっかりと自分の腕を掴んでいるアリッサが、強い意志を秘めた瞳でこちらを見つめていた。
「お願いが、あるんです」
「何だ?君の願いなら何でも叶えてやる」
「……私を、中央神殿に連れて行ってください」
「何だって?危険すぎる」
「だって、お兄様が反乱を起こすなんて考えられないんです。あの優しいお兄様が」
「俺だって信じられない気持ちだ。ハロルドは植物を愛する真面目で温厚な男だ。誰かに唆されても信念は揺らがないだろう。王家に恨みもないだろうし、反乱を起こすような要因は……いや、まさか……」
「レイ様?」
「反乱の理由はどうあれ、王になりさえすれば、ハロルドは全てを自分の意のままにできる。……マリナを自分のものにすることもな」
◆◆◆
ハロルド・ハーリオン率いる反乱軍が、王都の中央神殿を占拠したという報告は、すぐにグランディア国王のもとへ届いた。
「中央神殿か……成程」
隣で話を聞いていたオードファン宰相が呟く。国王は報告をした騎士をじっと見つめた。
「一つ、聞きたいことがある」
「はっ」
「頭目は、確かにハロルド・ハーリオンだったのだな?」
若い騎士は王の問いの意味が分からず、何度か瞬きを繰り返した。
「旗印は確かにハーリオン家の紋章でございました。集まっている兵士が、『ハロルドこそ王』と叫んでおりましたので……」
「つまり、顔を見たわけではない、ということか。そもそも、騎士の中でハロルド・ハーリオンと面識がある者が何人いるのかな」
国王が宰相に話しかける。騎士は青ざめて俯いた。
「申し訳ございません。確認不足でございました!」
「ハロルドは社交の場にあまり出ていないし、それこそ騎士で面識があるのは……ヴィルソード侯爵くらいなものだろう」
「フロードリン、ビルクール、コレルダード……ハーリオン領であった各地に遠征している騎士団には急使を出しております。宰相閣下のご命令があれば、すぐにも王都に帰還いたします」
「待て。各地の騎士団を動かしてはならぬ」
「陛下?」
「治安維持に向けていた部隊が突然いなくなれば、町がすぐに荒れてしまうだろう。幸い、反乱軍は中央神殿を占拠しただけで被害は少ない。フロードリンには王都にいる部隊を向かわせよう。交代の部隊が到着した後、フロードリンの部隊が王都へ帰還するように」
「はっ!」
騎士は深々と頭を下げた。
「陛下の仰せの通りだ。フロードリンの部隊が到着するまで、王都の守りが手薄になってしまうが、王宮には魔導師団もいる。万全とは言えないが、速やかに帰還するように。いいな?王都にいる騎士が少ないと、決して反乱軍に悟られないようにするのだ」
宰相は念を押すと、王と視線を絡ませて頷いた。
「レイ様……」
「うちの馬車が近くまで来ている。送っていくから大丈夫だ」
ガタタ。
鍵を閉めていたはずの劇場の入口扉が開き、一人の男が滑り込むように入ってきて、すぐに鍵をかける。
「ふう……なんちゅう騒ぎだ」
乱れたくせ毛を掻き上げて汚れたシャツを腕まくりし、エイブラハムがやれやれと首を撫でた。
「よかった、坊ちゃん。ご無事でしたか」
「無事と分かっていて来たのだろう?」
「まあ、そうですけどね」
「アスタシフォンから戻らないのかと思っていたぞ」
「いやあ、出国に手間取ったのなんの。ハーリオン侯爵様がどこかに潜んでいるんじゃないかって船の隅々まで調べられましてね。ビルクール海運のロディス支社も捜索されそうになって、尋問される前にホラスさんが匿ったんですよ」
「誰だそれは。……まあいい。アスタシフォン側がハーリオン家を敵と見做したのなら、グランディアがどこまで擁護できるのか。反乱を起こしたのが本当にハロルドだとすれば、もはや弁解の余地はない」
レイモンドの表情に悲壮感が漂う。ハロルドは彼にとって入学以来の友人なのだ。
「あー、それですけど、本当かどうか怪しいもんですよ。さっき、中央神殿から逃げてきた神官と行き会ったんです。飲み友達のね……っとこれは秘密で」
「いいから早く話せ」
「とある騎士のために祈りたいと、集団がおしかけてきたそうなんです。神殿は基本、来る者拒まずで、彼らを中に入れたところ……今の結果に。で、集団はハーリオン家の紋章がついた旗を掲げ、『ハロルドが王に相応しい』みたいなことを言っているようですが、ちょっと分かんないところがありましてね。その神官が聞いた限りでは、マリナ様を王太子妃候補から外したことに不満を持ったのが発端で挙兵したそうなんです」
「おかしいな」
すぐにレイモンドが反応する。
「おかしいです。だって、お兄様は……その、マリナちゃんのことが……」
「マリナが王太子妃候補から外れて、一番喜んでいるのはハロルドだと思うが」
「そうですよねえ。俺もそんな話を聞いたんで、おかしいなと思ったんですよ。娘が妃候補から外されて、どう転がってハロルド様が王になるのか。説明がつきませんよ」
「全くだな。大義名分もなく反乱を起こし、ただ王都を混乱させればいいと思っているのか。……騎士団はどうしている?」
「俺が見た範囲では、動いていないみたいですね。殆ど王都からは出てますし、残った隊も大して戦力にならない見習い集団らしいです。神殿奪還は無理じゃないですか?」
「……あのっ」
小さな声にレイモンドが視線を下げた。震える手でしっかりと自分の腕を掴んでいるアリッサが、強い意志を秘めた瞳でこちらを見つめていた。
「お願いが、あるんです」
「何だ?君の願いなら何でも叶えてやる」
「……私を、中央神殿に連れて行ってください」
「何だって?危険すぎる」
「だって、お兄様が反乱を起こすなんて考えられないんです。あの優しいお兄様が」
「俺だって信じられない気持ちだ。ハロルドは植物を愛する真面目で温厚な男だ。誰かに唆されても信念は揺らがないだろう。王家に恨みもないだろうし、反乱を起こすような要因は……いや、まさか……」
「レイ様?」
「反乱の理由はどうあれ、王になりさえすれば、ハロルドは全てを自分の意のままにできる。……マリナを自分のものにすることもな」
◆◆◆
ハロルド・ハーリオン率いる反乱軍が、王都の中央神殿を占拠したという報告は、すぐにグランディア国王のもとへ届いた。
「中央神殿か……成程」
隣で話を聞いていたオードファン宰相が呟く。国王は報告をした騎士をじっと見つめた。
「一つ、聞きたいことがある」
「はっ」
「頭目は、確かにハロルド・ハーリオンだったのだな?」
若い騎士は王の問いの意味が分からず、何度か瞬きを繰り返した。
「旗印は確かにハーリオン家の紋章でございました。集まっている兵士が、『ハロルドこそ王』と叫んでおりましたので……」
「つまり、顔を見たわけではない、ということか。そもそも、騎士の中でハロルド・ハーリオンと面識がある者が何人いるのかな」
国王が宰相に話しかける。騎士は青ざめて俯いた。
「申し訳ございません。確認不足でございました!」
「ハロルドは社交の場にあまり出ていないし、それこそ騎士で面識があるのは……ヴィルソード侯爵くらいなものだろう」
「フロードリン、ビルクール、コレルダード……ハーリオン領であった各地に遠征している騎士団には急使を出しております。宰相閣下のご命令があれば、すぐにも王都に帰還いたします」
「待て。各地の騎士団を動かしてはならぬ」
「陛下?」
「治安維持に向けていた部隊が突然いなくなれば、町がすぐに荒れてしまうだろう。幸い、反乱軍は中央神殿を占拠しただけで被害は少ない。フロードリンには王都にいる部隊を向かわせよう。交代の部隊が到着した後、フロードリンの部隊が王都へ帰還するように」
「はっ!」
騎士は深々と頭を下げた。
「陛下の仰せの通りだ。フロードリンの部隊が到着するまで、王都の守りが手薄になってしまうが、王宮には魔導師団もいる。万全とは言えないが、速やかに帰還するように。いいな?王都にいる騎士が少ないと、決して反乱軍に悟られないようにするのだ」
宰相は念を押すと、王と視線を絡ませて頷いた。
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