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学院編 14
554 警鐘
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オードファン宰相は王の前を辞し、王宮の廊下を早足で歩いていた。公爵家が連絡要員を置いているビルクールから、友人であるハーリオン侯爵夫妻が国内に入ったとの連絡を受け、つい今しがたまで国王と密談をしていたのだ。
考え事をしながら歩くのはよくないと分かっていても、対応しなければいけない事柄がたくさんある。宰相は正面から歩いてくる人物に気づかなかった。右肩がぶつかって初めて存在を意識した。
「失礼……と、エンフィールド侯爵?このような時間に王宮にいらっしゃるとは」
「お久しぶりです。宰相閣下」
宰相が距離を置きたいと考えている貴族の一人、エンフィールド侯爵は緩くウエーブした金髪を揺らし宰相に一礼した。
「先日のパーティーも欠席し、新年のご挨拶もできずにおりまして……」
「領地に急用ができたと聞きましたが」
「はい。本日王宮に上がりましたのも、その件なのです……」
公の場に慣れていない侯爵は、宰相の持つオーラに圧倒されたように視線を落として口ごもった。顔には疲れが見え服装も王宮に来るには大層乱れている。
「ご存知のように、私の領地は二国と国境を接しております。高い山脈に阻まれ、歴史を見ても他国の侵略はほぼありませんでした。ですが……」
「隣国に不穏な動きがあるのか?そのような話は把握していないが」
慇懃無礼な態度をやめ、宰相は若い侯爵に詰め寄った。エンフィールド侯爵は後ろによろめきながら、薄く笑みを浮かべて顔の前で手を振った。
「い、いえ……。問題は国内なのです」
「国内……?」
「東の町に危険な兆候があると、領民が申しておりまして」
「東と言うと、ハーリオン侯爵領だな」
宰相の頭の中には当然国内の地図が、比較的詳細な形で描かれていた。エスティアを含むハーリオン侯爵領は、町以外は全て針葉樹林が広がる山地だった。人目につかない山の中ではなく、エスティアの町に何があるというのだろう。
「私の力では如何ともしがたく、是非陛下と宰相閣下にご相談したく、急ぎ参った次第です。このような時間になってしまい……」
おどおどとした態度を崩さず、エンフィールド侯爵は次第に声を小さくしていった。
「話を聞こう。陛下もまだ執務室にいらっしゃるだろう」
「ありがとうございます!」
侯爵が頭を下げると、首元から金のロケットペンダントが滑り落ちた。
◆◆◆
「……反乱の、兆候あり……と?」
「はい。はっきりとは申し上げられないのですが、コレルダードに出稼ぎに行っていたエスティアの領民が戻り始め、人の動きが活発になったようです。それに伴って、他から商人や仕事を求める者が流入し、中にはならず者の姿もあるとか」
「町が活気づくのはいいことではないのか」
国王は宰相に視線を送った。言葉にしなくても二人の間には通じる何かがある。
「ならず者はどの町にもいる。反乱の兆候ありとすぐに決めつけてよいものか。それとも、何か証拠があるのかな?」
「傭兵です」
「傭兵?誰の?」
「ハーリオン家が傭兵を集めているようなのです。武装した者達が我が領地との境界を行き来する姿を見て、領民が大層怯えております。王都へ出るためにエスティアを通る道を避けている有様です」
「ふむ……。ハーリオン侯爵は国外に滞在しているが……」
「自分のいない間のことだから知らぬと、責任逃れをするつもりなのでしょう。コレルダードやフロードリンに目を向けさせ、騎士団をそちらに向かわせて、山奥のエスティアで準備を整えていたに違いありません」
目を眇めて侯爵を見、国王は思案顔で口を開いた。
「ハーリオン侯爵の代わりに、誰が反乱を起こすと言うのだね?まさか、あの四姉妹が首謀者だと言うつもりか?彼女達は何の力も持たない普通の令嬢なのだよ?」
「ハーリオン侯爵の養子、ハロルドがビルクールに頻繁に足を運んでいると聞きました。アスタシフォンに行っているとも。侯爵と連絡を取っているのでしょう」
「それは……」
宰相が口を開いた時、王の執務室のドアが荒々しく開かれた。
「失礼いたします!陛下!一大事にございます!」
息を荒げて入って来たのは、魔導士のローブを乱したエンウィ魔導師団長だった。
「私の不手際にございます。……あのマシュー・コーノックが脱獄しました」
「何だと?」
「やはり……ハーリオン侯爵はエスティアに力を集めているのです!マシュー・コーノックは侯爵令嬢の師で、その兄は姉妹の家庭教師だったとか。侯爵は五属性持ちの娘だけではなく、六属性魔導士を味方につけ、王都を魔法で攻撃するつもりです」
エンフィールド侯爵が魔導師団長のローブを掴んだ。
「どうか、魔導師団長殿。この王都を反逆者の手から守ってください。あなただけが頼りです」
「ハーリオンの娘は、私の孫を人質に取っている。迂闊に手は出せん……」
「なんと!それでは成す術がないではないですか。騎士団はどうしたのです?閣下、騎士団長はこのような非常時に……」
わなわなと唇を震わせ、三人の顔を交互に見る。
「ヴィルソード騎士団長は謹慎中だ。騎士団は私の指揮下にある。……陛下、いかがいたしましょうか」
「では、ハーリオン侯爵に直接問いただすとしよう。すぐに……明日の朝に王宮へ来るようにと邸へ使者を出せ」
「明日の朝ですか?」
驚いた様子で声を上げたエンフィールド侯爵の口元に、微かに笑みが浮かんでいたのを、オードファン宰相は見逃さなかった。
考え事をしながら歩くのはよくないと分かっていても、対応しなければいけない事柄がたくさんある。宰相は正面から歩いてくる人物に気づかなかった。右肩がぶつかって初めて存在を意識した。
「失礼……と、エンフィールド侯爵?このような時間に王宮にいらっしゃるとは」
「お久しぶりです。宰相閣下」
宰相が距離を置きたいと考えている貴族の一人、エンフィールド侯爵は緩くウエーブした金髪を揺らし宰相に一礼した。
「先日のパーティーも欠席し、新年のご挨拶もできずにおりまして……」
「領地に急用ができたと聞きましたが」
「はい。本日王宮に上がりましたのも、その件なのです……」
公の場に慣れていない侯爵は、宰相の持つオーラに圧倒されたように視線を落として口ごもった。顔には疲れが見え服装も王宮に来るには大層乱れている。
「ご存知のように、私の領地は二国と国境を接しております。高い山脈に阻まれ、歴史を見ても他国の侵略はほぼありませんでした。ですが……」
「隣国に不穏な動きがあるのか?そのような話は把握していないが」
慇懃無礼な態度をやめ、宰相は若い侯爵に詰め寄った。エンフィールド侯爵は後ろによろめきながら、薄く笑みを浮かべて顔の前で手を振った。
「い、いえ……。問題は国内なのです」
「国内……?」
「東の町に危険な兆候があると、領民が申しておりまして」
「東と言うと、ハーリオン侯爵領だな」
宰相の頭の中には当然国内の地図が、比較的詳細な形で描かれていた。エスティアを含むハーリオン侯爵領は、町以外は全て針葉樹林が広がる山地だった。人目につかない山の中ではなく、エスティアの町に何があるというのだろう。
「私の力では如何ともしがたく、是非陛下と宰相閣下にご相談したく、急ぎ参った次第です。このような時間になってしまい……」
おどおどとした態度を崩さず、エンフィールド侯爵は次第に声を小さくしていった。
「話を聞こう。陛下もまだ執務室にいらっしゃるだろう」
「ありがとうございます!」
侯爵が頭を下げると、首元から金のロケットペンダントが滑り落ちた。
◆◆◆
「……反乱の、兆候あり……と?」
「はい。はっきりとは申し上げられないのですが、コレルダードに出稼ぎに行っていたエスティアの領民が戻り始め、人の動きが活発になったようです。それに伴って、他から商人や仕事を求める者が流入し、中にはならず者の姿もあるとか」
「町が活気づくのはいいことではないのか」
国王は宰相に視線を送った。言葉にしなくても二人の間には通じる何かがある。
「ならず者はどの町にもいる。反乱の兆候ありとすぐに決めつけてよいものか。それとも、何か証拠があるのかな?」
「傭兵です」
「傭兵?誰の?」
「ハーリオン家が傭兵を集めているようなのです。武装した者達が我が領地との境界を行き来する姿を見て、領民が大層怯えております。王都へ出るためにエスティアを通る道を避けている有様です」
「ふむ……。ハーリオン侯爵は国外に滞在しているが……」
「自分のいない間のことだから知らぬと、責任逃れをするつもりなのでしょう。コレルダードやフロードリンに目を向けさせ、騎士団をそちらに向かわせて、山奥のエスティアで準備を整えていたに違いありません」
目を眇めて侯爵を見、国王は思案顔で口を開いた。
「ハーリオン侯爵の代わりに、誰が反乱を起こすと言うのだね?まさか、あの四姉妹が首謀者だと言うつもりか?彼女達は何の力も持たない普通の令嬢なのだよ?」
「ハーリオン侯爵の養子、ハロルドがビルクールに頻繁に足を運んでいると聞きました。アスタシフォンに行っているとも。侯爵と連絡を取っているのでしょう」
「それは……」
宰相が口を開いた時、王の執務室のドアが荒々しく開かれた。
「失礼いたします!陛下!一大事にございます!」
息を荒げて入って来たのは、魔導士のローブを乱したエンウィ魔導師団長だった。
「私の不手際にございます。……あのマシュー・コーノックが脱獄しました」
「何だと?」
「やはり……ハーリオン侯爵はエスティアに力を集めているのです!マシュー・コーノックは侯爵令嬢の師で、その兄は姉妹の家庭教師だったとか。侯爵は五属性持ちの娘だけではなく、六属性魔導士を味方につけ、王都を魔法で攻撃するつもりです」
エンフィールド侯爵が魔導師団長のローブを掴んだ。
「どうか、魔導師団長殿。この王都を反逆者の手から守ってください。あなただけが頼りです」
「ハーリオンの娘は、私の孫を人質に取っている。迂闊に手は出せん……」
「なんと!それでは成す術がないではないですか。騎士団はどうしたのです?閣下、騎士団長はこのような非常時に……」
わなわなと唇を震わせ、三人の顔を交互に見る。
「ヴィルソード騎士団長は謹慎中だ。騎士団は私の指揮下にある。……陛下、いかがいたしましょうか」
「では、ハーリオン侯爵に直接問いただすとしよう。すぐに……明日の朝に王宮へ来るようにと邸へ使者を出せ」
「明日の朝ですか?」
驚いた様子で声を上げたエンフィールド侯爵の口元に、微かに笑みが浮かんでいたのを、オードファン宰相は見逃さなかった。
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