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学院編 14

551 悪役令嬢は腰痛を心配する

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「馬車の長距離移動は腰が痛くなるよねえ」
「お年寄りみたいなことを言うのね。ジュリアらしくないわ」
「私らしいって何?ところで、さっきの作戦変更、大丈夫だよね?」
ジュリアの問いかけにマリナはゆっくりと頷く。母の振る舞いを意識して、さらに貴婦人らしく務めているのだ。隣では青年姿のクリスが、馬車の心地よい揺れにうとうとしている。見た目は青年でも中身は幼児である。
「『ハーリオン侯爵夫妻』は娘のジュリアを連れて、北の領地エスティアに向かった。……と、お邸を出る時にあれだけ仰々しく、周りに見せつけて来たのよ。うちの周りを見張っている騎士も、他にもいるかもしれない敵方の人間も、気づかないはずがないわ」
「アリッサがマリナのふりをして見送りしたもんね」
「ええ。私が王都にいるのは、正体が分からない敵にも知られているけれど、アリッサが王都に戻ったと知っているのは、家族と使用人の他は、アレックスぐらいですもの。財政難で使用人の人数を減らしているから、残っているのは私達が子供の頃から世話をしてくれている皆よ。敵に通じているなんてことはないでしょう」
「敵の思い通りに、こっちが動いたって思わせた?」
マリナはフッと笑って扇子で口元を隠した。
「当然、あちらは大喜びでしょうね。『ハーリオン侯爵夫妻』はアスタシフォンから極秘帰国して、王宮に一言の挨拶もなしに領地に引き籠った……なんて、誰かが陛下に申し上げているかもしれないわね」
「言った奴が怪しいってことか」
「エンウィ伯爵の動きも怪しいけれど、お父様宛に手紙を寄越したのは伯爵ではないでしょう。伯爵はアスタシフォンにパイプはない。魔導士だからそうそう出国できない。つまり、お父様に手紙を寄越した人物は、アスタシフォンでもグランディアでも、こちらの動きを把握できる環境にある。そして、王宮に出入りが許される身分の者……」
手持ちの革の鞄から、綺麗に纏められた紙の束を取り出し、マリナはジュリアの前に差し出した。
「何、これ?」
「車内で読んだら酔うから、後でいいわ。グランディアからアスタシフォンに渡航した人物のリストよ。王宮に出入りできる身分のね。王族は抜いているわ」
「少ないね。これ何年分?」
「ビルクールに残っていた資料で、一番古いのは二十年前だったわ」
「二十年でこれだけ?アスタシフォンに行ってる貴族って、うちのお父様とレイモンドの……オードファン宰相くらいじゃん?」
「出国日、帰国日で相殺していくと、……戻っていない人物が三人いたのよ」
「で?」
「アスタシフォンとグランディアのパイプ役になるなら、その三人の誰かだと思うの。一人はニーブ伯爵夫人ダーシー。この方はかなりの高齢でね。旅行でアスタシフォンを訪れて、そのままあちらで亡くなったそうよ。親類がアスタシフォンにいて、そちらで埋葬されたとか。二人目はホルド男爵令嬢イーデン。アスタシフォンの商家に嫁いだものの、元々病弱で気候風土に馴染めずに亡くなったと記録にはあるわ」
「マリナの好きな貴族名鑑?」
「あら、覚えておいて損はないわよ。少なくとも、有力貴族はね」
「興味ないもん。で、あと一人は?」
「クララ・ブロード。ジーモン伯爵の血縁とはあるけれど、素性がはっきりしないのよ」
「名前からして女だね」
「ええ。記録によると、当時の年齢は十六歳とあるわ。生きていれば、お父様やお母様と同じくらいの年齢ね」
「ジーモン伯爵家って聞いたことないよ」
「二十年近く前に、跡取りがいなくて断絶しているわ。クララがアスタシフォンに渡った頃、確かにまだ伯爵はご存命だった。クララが唯一の血縁なら、彼女に婿を取るなりしそうなものでしょう?そう簡単に出国を許すかしら?」
「だよね。あり得ない気がする。ってことは、そのクララがアスタシフォンでお父様に手紙を書いたんだね?さっさとグランディアに戻らないと、ハリー兄様を酷い目に遭わすって。お父様とお母様は急いで帰って来たから、王太子に捕まらなかったんじゃないかってアレックスが言ってたね」
「アスタシフォンの王太子殿下がお父様とお母様を追捕しようとしている理由は分からないけれど、あちらでもグランディアでも、状況は同じよ」
二人はアメジストの瞳で見つめ合った。
「ハーリオン侯爵に不利な状況を作ろうとしてる感じ?」
「アスタシフォンでは重罪人、グランディアでは謀反人扱い。国王陛下がお父様と懇意にしてくださっていなかったら、とうの昔に断頭台行きよ」
「すごいね。そんなにお父様やハーリオン家を恨んでるの?あ、うちがなかったら得するとか?マクシミリアンの家だって、ビルクール海運がなかったらもっと儲かってたかもだし、キースのじいさんだって閑職についてるうちのお父様より自分の方が侯爵に相応しいと思ってるのかもね。フローラは単なるレイモンドファンっぽいから除外するとしても、元騎士のレナードのお父さんを騙して、レナードに殿下を襲撃させ、お父様がやらせたことにしようとしてた。フロードリンやコレルダードでも、誰かがお父様の名を騙って領民から散々巻き上げてた」
「巻き上げるって……まあ、搾取していたわね。対外的には、ハーリオン侯爵は私腹を肥やしていると思われている。領地のビルクール港から禁輸品をアスタシフォンに輸出して、あちらの王宮を混乱に陥れた。そして、娘を王太子や、宰相、騎士団長の子息と婚約させて権力を固める一方で、レナードやマシューを使ってセドリック様……グランディアの王族の命を狙った。自身はアスタシフォンに逃亡していたが、国王代理の王太子によって裁かれそうになってグランディアに極秘帰国。王都から遠く、人里離れたエスティアに潜伏している……という筋書きね」
「弁解のしようもないねー」
「悪事のオンパレードよね。まさに悪役令嬢の父!」
「そうそう!没落断罪エンドそのものって感じ!乙女ゲームっぽくない?」
声を弾ませ、ジュリアは手を叩いた。マリナの視線がすうっと下がり、恐怖のアルカイックスマイルで妹を見た。
「……って、喜ぶところ?私達、あれだけ頑張って、悪役令嬢にならないようにしたのよ?」
「……ゴメン。でもさ、ゲームと決定的に違うところがあるじゃん!」
「何かしら?」
「攻略対象……殿下もレイモンドもアレックスもマシューも、私達の味方じゃん!アイリーンなんかこれっぽっちも好きじゃない。ハーリオン家が没落しても、皆変わらずに……殿下はマリナのことが好きだと思うし、アレックスも……」
一度言葉を区切り、ジュリアはアレックスとの日々を思い出した。二人で過ごした時間は、ゲームの強制力なんかに負けやしない。そう思いたかった。
「私は、悲惨な未来なんて来ないって信じてる。レナードが最悪の事態にならなかったように、どこかに必ず道はあるんだよ。兄様だって助けてみせる。全部が全部、ゲームの通りになるわけないよ。初めからおかしいのさ。一人だった悪役令嬢が、四人になってるんだから!」
「ジュリアねえさ……るさい」
馬車の中に響いた声に顔を顰め、美青年のクリスが呟いた。
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