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学院編 14

548 悪役令嬢は渾身の力を振り絞る

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「クリス、私がお母様の代わりなんて……」
「だってさ、ジュリア姉様じゃ無理だもん」
「言うねー」
「ちょっとジュリア!傍観してないで何とかしてよ」
「私もマリナが適役だと思うよ。ま、護衛代わりについてってもいいけどさ。お母様の代わりはマナーが完璧なマリナじゃなきゃ。地味なドレスにして髪を結って行けば、遠目にはお母様そっくりじゃん?ね、お父様もそう思わない?」
ジュリアに同意を求められたハーリオン侯爵は、顎に手を当てて少し考えた。
「私達は相手の真意が読めない。そんな危険な場所にマリナとクリスを行かせるのは……」
「そうよ。私も反対だわ。……でも、フロードリンのことといい、コレルダードのことといい、陛下にお詫びをせずに旅立っていいものかしら?」
「逃げたと思われるよね」
「そうだろうな。王宮に敵の諜報員がいる可能性を考えると、安易に王宮に行くのは危険だ。私だけでも陛下にお会いできればいいのだが……」
五人の間に沈黙が流れる。リリーが紅茶を用意する音だけがカタカタと聞こえた。
「……ぁあああ!」
突然ジュリアが叫んだ。何事か思い出して掌を拳で打ち、紅茶のカートをひっくり返しそうな勢いで廊下に出て行った。
「ジュリア姉様、トイレを我慢していたのかな?」
「違うと思うけど……あ、戻って来たわ」
廊下を走る豪快な足音が聞こえ、ジュリアが何かをはためかせて入って来た。
「お父様、これ!」
「何だい、それは?」
「魔導士のローブ!これ、魔法がかかってるやつで、着てる人の魔力に反応して姿が見えなくなるんだって!」

ローブの入手経路の話と併せて、ジュリアはヴィルソード侯爵が錯乱していたことを話し、
「ちょっと姿を見られちゃったんだよね」
とさらっと付け加えた。
「そこが問題なんじゃない」
「いいの。今はお父様が陛下に会ってくるにはどうしたらいいかっていう話なんだから。私じゃ魔力が足りなかったけど、お父様なら普通に歩いても陛下のお部屋まで行けると思う。いきなり行くのがまずいなら、レイモンドのお父様に手紙を渡してもらってさ」
アメジストの瞳をきらきらさせて自分の作戦を語るジュリアに、ハーリオン侯爵は眉を下げて唸った。
「で、お父様とお母様がすぐに王都を離れないと、ハリー兄様が危ないんだよね?先にマリナとクリスに行ってもらって、お父様が陛下に事情を話してから、エスティアに行って交代したらいいんじゃない?……マリナだって、兄様を助けたいよね?」
「ええ。勿論よ」
ハロルドが人質としてどんな扱いを受けているかと想像するだけで、マリナは胸が苦しくなった。ハーリオン家に引き取られて以来、ハロルドはあまり幸せではなかったように思う。敵の手に落ち、このまま命を失うことになったら悲しすぎる。
「私達に勝算はあるのかしら」
「お父様とお母様をどうにかする気だったら、敵はエスティアに入り込むだろうね。で、そこでこっちが仕掛けた罠にはまってもらう!どお?」
「すばらしいわ、ジュリア!それで、罠って?」
侯爵夫人は椅子から立ち上がって、得意げに語る娘の手を握った。
「あー……と、それはこれから?」
曖昧に笑ったジュリアは明後日の方向を見つめて頬を掻いた。

   ◆◆◆

リオネル王子が魔法陣でグランディアを訪れたことを伝えに行った兵士は、三人が全く喜ばない結果をもたらした。六名の宮廷魔導士を従えて入って来たのは、エンウィ魔導師団長だった。
「あ、ちょ……!」
リオネルが止める間も与えず、マシューを魔法の手錠で拘束する。
「申し訳ございません、リオネル王子殿下。国賓であるあなた様のお傍に、このような危険な犯罪人を……」
「コーノック先生は罪人ではない。我が父、アスタシフォン王にかけられた魔法を解呪してくださったのだ。手錠を外せ!」
「それはできかねます。この者はグランディアの法律により、罰せられる予定にあるのです。王子殿下でも、我が国の法を曲げることはできません。何卒、ご容赦を」
魔導師団長は慇懃無礼に言い、絡みつくような視線でこちらを窺いながら礼をした。
「こちらへ来るんだ」
魔導士の一人が、二人を繋ぐ手錠を外し、マシューから引き離すようにエミリーの腕を引いた。
「……嫌」
「エミリー……!」
長い腕に縋りつき、エミリーは魔導士を睨んだ。
「私も牢屋に入れればいいでしょ」
「無許可渡航のことを言っているのか?確かに罪に問われるべき事案ではあるが、君はまだ学生だ。私が後見になり、正しい道へ導いてあげよう」
「……は?何言って……」
――渡航する羽目になったのは、この人の孫・キースのせいなんだけど?
エミリーが無言で睨むと、エンウィ魔導師団長は周りに聞こえるように言った。
「魔導師団長であるこの私が、直々に君の才能を伸ばしてあげよう」
「お断り」
「何だと!?」
即答でバッサリ斬ったエミリーを見て、リオネルが笑いを堪えた。
「少なくとも五属性持ちでなければ、魔力量から、私の魔法が暴走した時に太刀打ちできないはず。……あなたには無理」
「小娘が、馬鹿にしおって!」
歯を噛みしめた魔導師団長は、棒立ちになっていた魔導士から手錠を奪い、エミリーの細い手首を強引に絡め取った。
「や、だっ……!」
手錠がカシャンと音を立ててはまる。魔力が揺れ、一瞬で消える。手錠につけられた魔法石が魔力を吸い取ってしまったのだ。
「連れて行け。コーノックは牢に。娘は邸だ」
「はっ!」
「嫌!マシュー!」
滅多に叫ぶことがないエミリーが、魔力を吸い取られながらも渾身の力を振り絞って叫んだ。四人の魔導士がマシューを引きずるようにして連れて行き、残りの二人がエミリーを抱えて行く。
「エンウィ伯爵、やめるんだ!」
手出しができないリオネルを前に、魔導師団長は再び深く礼をし、
「御前失礼いたします」
と言って口の端を上げた。廊下から再びエミリーの叫び声がすると、リオネルは唇を噛んだ。
「……退け!」
目の前の魔導師団長を振り払い、上着の裾を翻して廊下に飛び出した。
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