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学院編 14

546 悪役令嬢は友人に帰国を急かされる

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マシューがアスタシフォン国王の魔法を解き、リオネルがグランディアに依頼した用件は全て完了した。王宮にある魔法陣で帰る段になり、マシューは渋い顔をした。
「……まだ終わりではないと思う」
「どこが?」
終わったでしょ、と続けようとして、エミリーはマシューの表情の暗さが気になった。
「帰れば……また牢屋だから?」
「それもあるが……」
二人を繋ぐ手錠を手繰り寄せ、マシューはエミリーの手を握った。
「……離れたくない」
――ちょ、直球すぎるでしょ!皆が見てるってのに!
「放して」
「何故だ?」
――少しは察してよ!!!
苛立つエミリーは手を振りほどき、手錠のチェーンが許す限り距離を置いた。
「エミリー……」
溜息交じりの低い声が聞こえた。
「リオネル、私達、帰っても大丈夫?」
「うん。ちょっとゴタゴタするかもだけど、父上も元気になると思うし。……ル、ルーファスもい、いるし……」
最後の方は声が小さい。照れて視線を逸らした彼女に同意を求められ、ルーファスは黙って頷いた。
「そういうわけだから、いいよ。王宮まで王族専用魔法陣で送っていくよ」
エミリーを抱き寄せるようにリオネルが肩を組む。淀んだ魔力を発しているマシューの背後で、けたたましい音を立ててドアが開いた。
「大変だ!き、聞いてくれ!すっげえ大変なんだ」
「どうしたの、アレックス君?」
ホラスに挨拶に行ったはずのアレックスが、赤い髪を振り乱し血相を変えて戻って来たのだ。
「おう、おぉお、王太子、がハーリオン……ぉお、おう、って」
「……意味不明」
「落ち着いて、アレックス。兄上が何かしたの?」
アレックスは口を閉じて深呼吸を何度かする。唇の動きだけで、落ち着け落ち着けと繰り返している。
「……聞いたんだ。俺」
「だから何を?」
「王太子殿下……リオネルの兄さんが、ハーリオン侯爵様を狙って……いや、追ってるって」
「追う?お父様を?」
アリッサが首を捻る。リオネルと共に、侯爵にとって王宮で頼れる存在であった王太子が、急に態度を変えたというのだろうか。
「兵士とか、そういう奴らが話してたのを聞いただけだから、よく分かんねえけど。捕まえたら……し」
「し?」
「処刑……するって」
あまりの言葉にその場にいた全員が絶句した。
「兄上は何を……!僕の友達の父を殺すつもりなのか?」
「リオネル、落ち着け!」
「落ち着けるか!あの穏やかな兄上が、そんなことを言うものか!誰かに唆されたのに決まってる」
「……アレックス、兵士はお父様を追ってるって言った?」
「ああ。追っ手がかかってるらしい」
「つまり、捕まってはいないのね。お母様は?」
「二人を探してるって言ったから、一緒にいるんじゃないかな。王宮にいたんだろ?どうして急に出発したんだ?」
「さあ?娘を置いて行かないと思うんだよね、普通。兄上が何かしようとしたのに気づいて逃げたのかな。うーん、分かんないや」
リオネルが唸った後、王太子付きの侍従が部屋に入って来た。
「失礼いたします、リオネル殿下。王太子殿下がお話ししたいことがあると……」
「分かった。僕、少しだけ用事があるから、終わったらすぐにいくと伝えて」
「かしこまりました」
侍従が部屋を出て、数秒待ったのち、リオネルはアリッサとエミリーを見つめて言った。
「二人も早く帰国したほうがいい。僕が魔法陣で送るから。この国にいたら危険だよ」

   ◆◆◆

「うう、夜は随分冷えるな」
外套の襟元をしめ、ハーリオン侯爵は甲板から朝焼けに燃える海面を見つめた。
ビルクール海運が誇る大型高速船ジュリア号が、ビルクール港に入ったのは翌日の未明のことだった。波が穏やかな夜、ジュリア号は最高速度で侯爵夫妻をグランディアへ運んだ。
「あなた。どうしてもお邸には寄らないというの?」
「仕方があるまい」
「私は……子供達に一目会いたいわ。ほんのひとときで構わないのよ。お願い、戻りましょう?」
愛する妻の懇願に、侯爵は項垂れた。マシューが行った解呪は、さらに強い暗示をかけるものであり、侯爵は妻を大切に想う気持ちが抑えられない。目の前で軽く涙ぐまれては鋼の意志も脆く崩れていく。
「……分かった。王都まで早く戻って、邸に行こう。すぐに出発しないと、『期限』までに着けないぞ。分かっているな?」
「ええ。もちろんよ。旅支度はどうでもいいわ。ただ、私達がいない間、子供達がどんなに心細くていたかと思うと、元気な顔を見ないでは旅立てないのよ」
「私も、ずっと気にかかっていた。特に……責任感が強いマリナが無理をしていないか心配だ。あの子は自分で何でも背負い込みすぎる。クリスのことも、領地のことも……」
船員が二人を促し、何名かが荷物を持って下船の準備をする。侯爵は薄暗い早朝の桟橋に、一人の青年の姿を見つけた。
「お待ちしておりました。侯爵様」
「君は……確か、生徒会の?」
青年は苦い顔をしてすぐに笑顔で取り繕った。
「王立学院は退学することになりますので、今はただの一領民です」
「私達がジュリア号に乗っていると、どうして分かったのだね?」
「ベイルズ商会にも、それなりの情報網はございます。……それより、あの船でこの時間に着いたとなると、かなりお急ぎなのですね」
「至急、王都に戻らねばならん」
「では、王都の市場へ通じる魔法陣をお使いください。この時間なら、市場でも人目に付くことなく移動できます。こちらです」

青年――マクシミリアン・ベイルズに案内され、侯爵夫妻は荷物運搬用の魔法陣のある倉庫へ足を踏み入れた。会社を経営していても、実際に荷物が運ばれる現場に立つことは殆どない。夫人に至っては見るのも初めてである。
「……どうにか追われずに済みましたね」
「私達は追われているのか?」
「夜のうちに突然魔導師団が現れ、我が物顔で町を歩いているのです。侯爵様がお留守の間に、好き放題にされています。ビルクールが王家直轄領になるからといって……」
「直轄領?どういうことだ、それは?」
侯爵はマクシミリアンに顔を近づけ声を荒げた。
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