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学院編 14
542 悪役令嬢はグダグダを責められる
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「はあー。あの組み合わせはつらいわ」
ジュリアはハーリオン家の居間で、長椅子に横になり背凭れに足を乗せた。
「お行儀が悪いわよ」
マリナが厳しい目を向ける。いくら妹でもこのグダグダぶりは許せないのだ。
「帰り道の馬車であんなに説教されるとは思わなかったよ」
「お説教?……オードファン家の馬車で送っていただいたのでしょう?レイモンドの」
「違うよ。レイモンドだけならまだしも、バイロン先生が一緒でさ。私が小父様を正気に戻した武勇伝を語って聞かせたら……む」
白い指先がジュリアの唇に触れた。
「待って。順を追って話してくれないかしら?」
アルカイックスマイルを浮かべる姉から目を逸らし、ジュリアは曖昧に返事をした。
◆◆◆
ハロルドと共に敵の本拠地に乗り込んだはいいが、義兄が敵の手に落ち、なぜかレナードを追って王宮に行き、彼の凶行を止めるまでのいきさつを、ジュリアは(自分なりに)事細かに話した。
「……信じられないわ。信じたくないというのが本音かしら。お兄様は……」
「捕まっちゃったのかな……。でも私達が悪を退治すれば助けに行けるよ!」
「悪を退治……って簡単に言うわね。敵の正体も分からないのに」
「アジトがエスティアと山を挟んで裏側にあるって分かっただけでもいいじゃん。あとはアレックスとか殿下とかレイモンドとか誘って、一気に攻め込む!奇襲だ、奇襲!」
「……はあ。王家からも公爵家からも距離を置かれているのに、協力を求められるわけはないでしょう。ハーリオン家単独で動けば、また悪評の元になるわよ」
「えー?」
面倒くさい、とジュリアは唇を尖らせる。
「レナードの一件で、アイリーンの身柄が王宮預かりになっているとはいえ、彼女がハッピーエンドを迎えない保証はないわ。ヒロインが思い通りのエンディングを迎えなくても、私達悪役令嬢が断罪されるかもしれないのよ」
「頑張ってるのにそりゃないよ」
「頭痛の種を作ってきた人が何を言うのかしら?」
「やっぱり?マリナも小父様がヘンになってたのが気になるよね。力持ちで、すっごい鍛えてるけど、暴れるような人じゃないよ。お酒も弱いらしいし」
マリナはゆるゆると頭を振った。妹には話が通じていない。
「ヴィルソード侯爵様が何らかの魔法にかかっていらしたのはそうかもしれないけれど、それにあなたが関わっていると思われるような行動をしたことが問題なのよ」
「うう……。レナードのお見舞いから帰るところを見られたら、生きてるってバレるじゃないか。姿を隠すためにローブを借りたんだよ?」
「その好意を無にしたのは誰かしら?変な抜け道をしないで、普通の経路で車寄せへ向かっていれば、いらない騒動に巻き込まれることもなかったのよ?」
「いらないって……マリナはどうなのさ?か、彼氏の、お父さんがヘンになってたら。うーんと、殿下のお父さんだから、陛下が……例えば王宮の廊下でマッパで踊ってたら」
情景を思い浮かべ、すぐさまマリナは額に手を当てた。
「……見て見ぬふりをするに決まっているわ。そんなのが噂になったら、グランディア王国の危機でしょう?」
「たとえが悪かったかな?ちぇっ」
「話を戻すわよ。侯爵様がいた場所には、魔導師団長もいたのね?」
「うん。キースのじいちゃん。何か、楽しそうに見てた」
「楽しそうに?」
腕組みをしたマリナが首を捻る。天使の輪ができている銀髪がさらりと揺れた。
「他の兵士はみーんな焦ってるのに、一人余裕で。怪しくない?」
「怪しいことこの上ないわ。どうしてそんなことになったのか、事情が分からないから何とも言えないけれど、アレックスがアイリーンに操られた時と同じように、魔法耐性が弱そうな侯爵様も魔法をかけられていた可能性はあるわね」
廊下を走る足音が聞こえた。
バン!
ドアが開いて、転がるように飛び込んできたのは若い従僕――ではなく、老執事のジョンだった。
「おぉっ!とうとうジョンも廊下を走る喜びに目覚めたんだね」
「お嬢様方!たた、たたた……」
「落ち着いて、深呼吸、深呼吸……」
すう、はあ、と何度か息をし、老人は一度むせた。
「ゴホン、もうしわ、けありません。……旦那様から手紙が」
「お父様から手紙ですって?」
「やった!貸して。……これ、魔法伝令便じゃん」
「ロディス港のビルクール海運の事務所を通じ、魔法伝令便が届きました。これによりますと、旦那様と奥方様を乗せた船は先刻アスタシフォンのロディス港から出港し、グランディアへ向かったそうにございます」
「アリッサとエミリーは?一緒じゃないの?」
両親は娘達を待たずに出国したというのだろうか。マリナとジュリアは理解ができず、魔法伝令便の短い文面を何度も読み直した。
「クリスに会いたいにしてもおかしくない?アリッサとエミリーが一緒に帰ってきた方が、クリスは嬉しいと思う」
「そうね。急いで帰国しなければいけない理由が、他にあるとしか思えないわ」
壁に貼られた地図を見ながら、マリナは航海の無事を祈った。
◆◆◆
洋上、ビルクール海運の大型船、所有する船のうちで最も速度が出るというジュリア号に乗り、ハーリオン侯爵夫妻は暗い顔をしていた。
「……ああ、どうか無事でいてくれ」
「あなた。私達には祈ることしかできないわ。今は、信じるしか……」
「そうだな。私はあの子に……まだ十分な幸せをあげられていないんだよ。それなのに、こんな……私達のために犠牲にするなんてできやしない!」
悔し涙を浮かべる侯爵の手には、皺になった手紙が握られていた。
ジュリアはハーリオン家の居間で、長椅子に横になり背凭れに足を乗せた。
「お行儀が悪いわよ」
マリナが厳しい目を向ける。いくら妹でもこのグダグダぶりは許せないのだ。
「帰り道の馬車であんなに説教されるとは思わなかったよ」
「お説教?……オードファン家の馬車で送っていただいたのでしょう?レイモンドの」
「違うよ。レイモンドだけならまだしも、バイロン先生が一緒でさ。私が小父様を正気に戻した武勇伝を語って聞かせたら……む」
白い指先がジュリアの唇に触れた。
「待って。順を追って話してくれないかしら?」
アルカイックスマイルを浮かべる姉から目を逸らし、ジュリアは曖昧に返事をした。
◆◆◆
ハロルドと共に敵の本拠地に乗り込んだはいいが、義兄が敵の手に落ち、なぜかレナードを追って王宮に行き、彼の凶行を止めるまでのいきさつを、ジュリアは(自分なりに)事細かに話した。
「……信じられないわ。信じたくないというのが本音かしら。お兄様は……」
「捕まっちゃったのかな……。でも私達が悪を退治すれば助けに行けるよ!」
「悪を退治……って簡単に言うわね。敵の正体も分からないのに」
「アジトがエスティアと山を挟んで裏側にあるって分かっただけでもいいじゃん。あとはアレックスとか殿下とかレイモンドとか誘って、一気に攻め込む!奇襲だ、奇襲!」
「……はあ。王家からも公爵家からも距離を置かれているのに、協力を求められるわけはないでしょう。ハーリオン家単独で動けば、また悪評の元になるわよ」
「えー?」
面倒くさい、とジュリアは唇を尖らせる。
「レナードの一件で、アイリーンの身柄が王宮預かりになっているとはいえ、彼女がハッピーエンドを迎えない保証はないわ。ヒロインが思い通りのエンディングを迎えなくても、私達悪役令嬢が断罪されるかもしれないのよ」
「頑張ってるのにそりゃないよ」
「頭痛の種を作ってきた人が何を言うのかしら?」
「やっぱり?マリナも小父様がヘンになってたのが気になるよね。力持ちで、すっごい鍛えてるけど、暴れるような人じゃないよ。お酒も弱いらしいし」
マリナはゆるゆると頭を振った。妹には話が通じていない。
「ヴィルソード侯爵様が何らかの魔法にかかっていらしたのはそうかもしれないけれど、それにあなたが関わっていると思われるような行動をしたことが問題なのよ」
「うう……。レナードのお見舞いから帰るところを見られたら、生きてるってバレるじゃないか。姿を隠すためにローブを借りたんだよ?」
「その好意を無にしたのは誰かしら?変な抜け道をしないで、普通の経路で車寄せへ向かっていれば、いらない騒動に巻き込まれることもなかったのよ?」
「いらないって……マリナはどうなのさ?か、彼氏の、お父さんがヘンになってたら。うーんと、殿下のお父さんだから、陛下が……例えば王宮の廊下でマッパで踊ってたら」
情景を思い浮かべ、すぐさまマリナは額に手を当てた。
「……見て見ぬふりをするに決まっているわ。そんなのが噂になったら、グランディア王国の危機でしょう?」
「たとえが悪かったかな?ちぇっ」
「話を戻すわよ。侯爵様がいた場所には、魔導師団長もいたのね?」
「うん。キースのじいちゃん。何か、楽しそうに見てた」
「楽しそうに?」
腕組みをしたマリナが首を捻る。天使の輪ができている銀髪がさらりと揺れた。
「他の兵士はみーんな焦ってるのに、一人余裕で。怪しくない?」
「怪しいことこの上ないわ。どうしてそんなことになったのか、事情が分からないから何とも言えないけれど、アレックスがアイリーンに操られた時と同じように、魔法耐性が弱そうな侯爵様も魔法をかけられていた可能性はあるわね」
廊下を走る足音が聞こえた。
バン!
ドアが開いて、転がるように飛び込んできたのは若い従僕――ではなく、老執事のジョンだった。
「おぉっ!とうとうジョンも廊下を走る喜びに目覚めたんだね」
「お嬢様方!たた、たたた……」
「落ち着いて、深呼吸、深呼吸……」
すう、はあ、と何度か息をし、老人は一度むせた。
「ゴホン、もうしわ、けありません。……旦那様から手紙が」
「お父様から手紙ですって?」
「やった!貸して。……これ、魔法伝令便じゃん」
「ロディス港のビルクール海運の事務所を通じ、魔法伝令便が届きました。これによりますと、旦那様と奥方様を乗せた船は先刻アスタシフォンのロディス港から出港し、グランディアへ向かったそうにございます」
「アリッサとエミリーは?一緒じゃないの?」
両親は娘達を待たずに出国したというのだろうか。マリナとジュリアは理解ができず、魔法伝令便の短い文面を何度も読み直した。
「クリスに会いたいにしてもおかしくない?アリッサとエミリーが一緒に帰ってきた方が、クリスは嬉しいと思う」
「そうね。急いで帰国しなければいけない理由が、他にあるとしか思えないわ」
壁に貼られた地図を見ながら、マリナは航海の無事を祈った。
◆◆◆
洋上、ビルクール海運の大型船、所有する船のうちで最も速度が出るというジュリア号に乗り、ハーリオン侯爵夫妻は暗い顔をしていた。
「……ああ、どうか無事でいてくれ」
「あなた。私達には祈ることしかできないわ。今は、信じるしか……」
「そうだな。私はあの子に……まだ十分な幸せをあげられていないんだよ。それなのに、こんな……私達のために犠牲にするなんてできやしない!」
悔し涙を浮かべる侯爵の手には、皺になった手紙が握られていた。
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