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学院編 14

540 悪役令嬢と前のめり男

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「やったな!アリッサ!」
ホラスと共に控室に戻り、アレックスは上機嫌でスキップした。手を並べてアリッサの頭の上に差し出す。ジュリアがいればハイタッチするところなのだが、その妹は不思議そうに首を傾げた。
「ああー。ほら、こうするんだよ」
アリッサの手首を掴んで自分の手にハイタッチさせた。
「どうした?元気ないぞ?」
「だって……リオネル様が……」
議場の前で待っていたアリッサ達は、いくらも経たないうちに散会となったと知った。貴族達が口々に、「リオネル様が次の王に」と言っているのが聞こえ、彼女が今どんなに動揺しているだろうと思うと胸が痛んだ。
「王子なんだから、仕方がないだろ」
「そんな言葉で片付けられないよ。王様になるってことは、自分を捨てなきゃならないんだよ?一生を国に捧げ、好きな人とも……恋も諦めて……」
「諦める?何でだ?」
「え?」
「せっかく国王になるんだろ?この際だから、自分の好きなようにやればいいんじゃねえか?」
「好きなように……」
「俺だったらそうするな。まず、王立学院の期末試験をなくして……」
「アレックス君……」
変革はそこか、とアリッサは突っ込みたくなった。
「さっきの商人、リオネルに会ったって言ってただろ?アリッサもリオネルに会って来いよ。んで、励ましてやれよ。我儘に生きることを諦めんなって」
――アレックス君のポジティブさはすごいわ。私も見習わなくちゃ。
「うん。行ってくるね。……と、そうだわ」
「どうした?」
「あの……一緒に来てくれる?私、絶対迷子になりそうなの」
おずおずと袖を引くと、アレックスは豪快に笑って、
「いいぜ。俺に任せろ!」
と胸を叩いた。

   ◆◆◆

「……決めるのは、国王か」
ルーファスと手錠で繋がれ、不本意だが議場の隅で壁に背を預けて脚を組んでいたマシューが口を開いた。散会した議場に残っているのはエミリーとリオネル、マシュー、それにルーファスの四人だけだ。
「……いきなり何?」
マシューがフッと笑うのを見て、エミリーは心の中で舌打ちした。
――こんな非常事態なのに、無駄にカッコいいって反則だわ。
「王太子が言う通り、国王に判断を仰げばいい」
「コーノック先生、それは……父上にかけられた魔法を解くということですね?」
リオネルが確認すると、マシューは低い声で「そうだ」と言った。
「俺達だけじゃ、陛下の部屋には入れない。お前かヴィルジニー様がいないと」
「うん……」
黙り込んだリオネルの顔を覗き込み、エミリーが無表情で訊ねる。
「どうしたの?お父様が回復するのが嬉しくないの?」
「そ、それは、嬉しいよ?……ただ、回復した父上が、やっぱり僕を後継者に指名したら……」
もう逃れられない、とリオネルは弱々しく呟く。仮に解呪に失敗したら、今度は国王代理である兄オーレリアンの言葉が重みを増す。
「エミリー。しばらく、ルーと二人にしてくれる?」
「いいよ」
エミリーは持っていた鍵でルーファスの手錠を外し、自分の手首につないだ。マシューの魔力の気配が高まった。
「……嬉しそうな顔」
「自分に正直で何が悪い?……行くぞ」
黒いローブで包み込まれるように抱かれ、エミリーは議場の外へ連れ去られた。

   ◆◆◆

オーレリアン王太子は、嵐のような評議会を終えて、自室の長椅子に身体を凭れさせていた。
「はあ……」
「失礼いたします。殿下、お客様がお見えです」
自分には休む時間も与えられないのかと心の中で愚痴を零し、王太子は居住まいを正した。
「案内してくれ」
「はい」
侍従が連れて来たのは、彼の師であるクレメンタイン・メイザーだった。
「ああ、クレム先生。……今日はどのようなご用件でしょう」
「此度の件、まずもって殿下に御礼を申し上げたいと……」
クレムは膝を折ってオーレリアンの前で頭を下げた。
「やめてください。僕はあなたの弟子として当然のことをしたまでです。才能ある魔導士のあなたが、陰謀によって大学を追われるなど、アスタシフォン王国の損失ですから」
「私のことは放っておいてくださってもよろしかったのです。殿下が国王陛下の代理を務められ、ゆくゆくは王になられるものと思っておりましたのに、よもやあのような……」
オーレリアンは椅子から立ち上がり、師匠に手を差し出して立たせた。
「疲れたのですよ。少しばかり。……デュドネやセヴラン、その母親たちに狙われる毎日に嫌気がさしていたのです。彼らの言うように、僕には王たる器がないのではないかと、ずっと悩んでいました」
「殿下……」
「リオネルはきっと、何もかもまっさらなところから、この国を立て直してくれるでしょう。後継者を絶やさないようにと代々の王が続けてきた愛妾制度は、父上の代を最後に廃止すべきです。過去の歴史で侵略してきた王侯貴族と、僕らは話し合いで協力関係を築いていかなければならない。そのためにはあの子の愛される素質が必要不可欠なのですよ」
「リオネル王子のために、あなたは王位を譲るのですか?」
「リオネルのためではなく、アスタシフォンの未来のためにです」
言い切った王太子に、彼の師は大きく溜息をついて見せた。
「あなたには失望しました。殿下」
「な……」
「弟君に押しつけて、公の場から逃げようとなさっているだけではありませんか」
「違います、先生、僕は……」
「どこが違うと言うのですか。デュドネ王子の母上も、セヴラン王子の母上も、罪を犯したことは揺るぎがたい真実です。ですが、彼らが罪を犯す原因を作ったのはあなたではありません。セヴラン王子が怪しい薬に溺れたのは、外国からの禁輸品が発端では?問題となった腕輪も、品物は全てグランディアのビルクール港から運ばれたものでしょう?」
「何を仰りたいのです、先生?」
「つまり、全ての元凶は、ビルクールを領地に持つグランディア貴族……ハーリオン侯爵にあるのです」
オーレリアン王太子は目を丸くして首を振った。
「ハーリオン侯爵はそのような方ではない。先ほども評議会の合間に僕に挨拶をしに来られた。御病気から回復されたばかりなのに、国に残した家族が心配だから帰国すると……」
「不思議ですね。アスタシフォンに来られてから長く患っていらっしゃった方が、評議会の最中に突然回復して帰国するとは。まるで、都合が悪くなったから逃げようとしているとしか思えませんが……」
「いくら先生でも、言っていいことと悪いことがありますよ。侯爵はリオネルの友人の父です。リオネルは人を見る目がある。僕はあの子を信じたい」
王太子は憮然として言った。
「そういうところは、殿下のよくないところだと思いますよ。弟君のことを考えるなら、悪しき関係は断ち切るべきです。国王代理のあなたが決断を下すのです」
「関係を絶つ?……馬鹿な。グランディアとの友好関係は……」
「国交を絶つとは申しておりません」
「リオネルは友人を絶交できるような子ではないよ」
「ですから、あなた様が絶って差し上げるのです」
「まさか……」
クレムは本棚からアスタシフォンの法律が書かれた本を手に取り、目次を見てページを捲った。
「アスタシフォン刑法第十一条……我が国の王族に害をなし、国家を転覆させんと企む者は……」
王太子はごくりと唾を呑みこんだ。
「死を以って罪を贖う……」
「よく覚えていらっしゃいましたね」
明るい声で言うと、クレムは優しく微笑んだ。
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