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学院編 14
539 悪役令嬢と新しい王
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挙手した貴族に視線が注がれる。
「お集まりの皆さん、そして、王太子殿下。お耳に入れたいことがございます」
壇上に向かって軽く礼をする。王太子の側近が頷き、張りつめた雰囲気に変わった。議場は静まり返った。
「ソレンヌ様は、法で輸入が禁じられている品を取り寄せています」
中年貴族は魔法の腕輪が入った箱を高く掲げた。
「これは人々の心に作用し、自分の意見に従わせる『隷属』の魔法がかかった魔導具です。ソレンヌ様はすでに一つを手に入れ、先ほど使って見せました!」
「言いがかりを!」
「言いがかりではございません。控室に戻りまして、どうも議場での記憶が曖昧だと気づいたのです。周囲の方々に聞けば、皆異口同音に分からないと仰る。これはどうもおかしいと思っていたところ、議場の入口でこれを持った商人に会いました」
「それが私と何の関係が……!私は無実ですわ!」
ソレンヌは再び腕を高く上げた。落ちた袖から腕輪が見えた。
――発動しないのに、馬鹿みたい。
「ここにあるものと、ソレンヌ様がお持ちのものは全く同じだそうです。少し調べれば分かります」
慌てて手を引っ込めたソレンヌは、袖を引っ張って手首を隠した。
「おや、どうなさいました、ソレンヌ様」
「知らないわ。そんな腕輪っ……!」
中年貴族は王太子に向き直った。
「王太子殿下、今の言葉が証拠です。私は魔導具としか申しませんでした」
「なっ……!」
ソレンヌが唇を噛んで、高い踵の靴で床を踏み鳴らした。
「確かに。皆も聞いたな?」
オーレリアン王太子が貴族達の顔を見た。老いも若きも同様に頷いている。
「魔導具の輸出入は厳密には禁止されてはいない。父上の許可が必要なのだ。だが、父上はこの数か月臥せっておられる。許可が出せる状況にはなかった。よって、その魔導具は無許可で輸入された」
「違います!私は騙されて……!そうですわ、その商人が……」
「もうやめて、母上ぇえ!」
頭を抱え、髪をぐしゃぐしゃに掻いて、セヴラン王子が絶叫した。
「僕、もう嫌、王子、嫌!皆僕が国王の子じゃないって知ってるんだもん!」
「黙りなさい!セヴラン!」
「母上が『お友達』と仲良くして、いっぱい仲良くしたら僕が生まれたんでしょう?」
「何を言っているの!あなたは混乱しているの、さあ、部屋に……」
「母上が仲良くしてるみたいに、僕もいっぱい仲良くしたよ?」
「セヴラン!」
「……仲良く?」
「セヴランは、婿入り先で問題起こしまくりだからね。妻の王女以外の女と」
「ああ……」
二人が白い目で見ている脇で、セヴランは侍従に引きずられて部屋から出て行く。
「あの人、昔から父上の子じゃないって言われてたし。気持ちが弱くて、ああなっちゃったのかも。少し可哀想かな。ソレンヌが王の妾じゃなくて、普通に『お友達』と結婚してたら幸せに暮らせたんだろうにさ」
叫ぶソレンヌも兵士に抱えられるようにして連れ出された。
「禁輸品の密輸について、アスタシフォン国内でも調査がされていたけど、決定的な証拠がなかったんだ。ほら、僕達が海賊になって調べてたでしょ?」
「コスプレ?」
「うんうん。ノアの海賊コス、最高だよねえ。……って、ああやって調べても、ソレンヌを追い込むだけの証拠がなかったんだ。今回は年貢の納め時みたいだね」
「ふうん」
「さて、兄上が王位を継承するために、邪魔者はいなくなった。どうするんだろうね」
リオネルは大きな瞳をきらきらさせて、国王代理として壇上に座る兄を見つめている。彼女の『推し』は、乙女ゲームをプレイしていたころから兄のオーレリアン王太子なのだ。
「リオネル」
ドアを開けて小声で呼んでいるのはルーファスだ。
「ん?」
「グランディアから速達の伝令便が来た」
「グランディアから?何だろ」
風魔法の伝令便、前世で言うところの電報は、王族宛ては金の縁取りがある上質な紙に書かれている。リオネルは手紙を開いてさっと目を通した。
「……レイモンドか」
「何て書いてあったの?」
「デュドネとセヴランが王になるなら、僕が王位につけって」
「はぁ?無茶言うなよ!」
何故かルーファスが憤る。
「リオネル、王になんてならないよな?王子のままで……できたら、王子なんてやめて……」
座ったままのリオネルの華奢な肩を掴み、ルーファスは青い瞳を揺らした。
「それは……」
「お前が王子を続けるっていうなら、俺はずっと傍にいる。でも、自分でも分かってるんだろう?男のふりを続けられなくなってるって」
どちらかと言えば小柄な部類のリオネルは、可愛らしい顔も相まって、お世辞にも男らしいとは言えない。声を低く出すようにし、仕草も気を付けていても、客観的に見れば女の子だ。目を伏せて、そっとルーファスの手を除けた。
「皆、聞いてほしい」
長いこと沈黙していたオーレリアン王太子が、立ち上がって告げた。
「父上の代理を満足に務められない私には、次の王たる資格はないと思う」
「何ですと!?」
「殿下、早まってはなりません!」
側近と有力貴族がオーレリアンを止めに入った。笑顔で彼らを宥め、人望が厚い王太子は貴族達と同じ目線に立った。
「私は臣下として次の王を支える。王を守っていく。正式に後継者を決めるのは父上だが……」
堂々と臣籍降下を宣言し、オーレリアンはバルコニー席を見上げた。視線が合い、リオネルが肩を揺らした。
「リオネル。私はお前に王になって欲しい」
掌を上に向け、真っ直ぐに腕を伸ばした兄に、リオネルは何か言おうとして、ぎゅっと唇を噛んだ。
「お集まりの皆さん、そして、王太子殿下。お耳に入れたいことがございます」
壇上に向かって軽く礼をする。王太子の側近が頷き、張りつめた雰囲気に変わった。議場は静まり返った。
「ソレンヌ様は、法で輸入が禁じられている品を取り寄せています」
中年貴族は魔法の腕輪が入った箱を高く掲げた。
「これは人々の心に作用し、自分の意見に従わせる『隷属』の魔法がかかった魔導具です。ソレンヌ様はすでに一つを手に入れ、先ほど使って見せました!」
「言いがかりを!」
「言いがかりではございません。控室に戻りまして、どうも議場での記憶が曖昧だと気づいたのです。周囲の方々に聞けば、皆異口同音に分からないと仰る。これはどうもおかしいと思っていたところ、議場の入口でこれを持った商人に会いました」
「それが私と何の関係が……!私は無実ですわ!」
ソレンヌは再び腕を高く上げた。落ちた袖から腕輪が見えた。
――発動しないのに、馬鹿みたい。
「ここにあるものと、ソレンヌ様がお持ちのものは全く同じだそうです。少し調べれば分かります」
慌てて手を引っ込めたソレンヌは、袖を引っ張って手首を隠した。
「おや、どうなさいました、ソレンヌ様」
「知らないわ。そんな腕輪っ……!」
中年貴族は王太子に向き直った。
「王太子殿下、今の言葉が証拠です。私は魔導具としか申しませんでした」
「なっ……!」
ソレンヌが唇を噛んで、高い踵の靴で床を踏み鳴らした。
「確かに。皆も聞いたな?」
オーレリアン王太子が貴族達の顔を見た。老いも若きも同様に頷いている。
「魔導具の輸出入は厳密には禁止されてはいない。父上の許可が必要なのだ。だが、父上はこの数か月臥せっておられる。許可が出せる状況にはなかった。よって、その魔導具は無許可で輸入された」
「違います!私は騙されて……!そうですわ、その商人が……」
「もうやめて、母上ぇえ!」
頭を抱え、髪をぐしゃぐしゃに掻いて、セヴラン王子が絶叫した。
「僕、もう嫌、王子、嫌!皆僕が国王の子じゃないって知ってるんだもん!」
「黙りなさい!セヴラン!」
「母上が『お友達』と仲良くして、いっぱい仲良くしたら僕が生まれたんでしょう?」
「何を言っているの!あなたは混乱しているの、さあ、部屋に……」
「母上が仲良くしてるみたいに、僕もいっぱい仲良くしたよ?」
「セヴラン!」
「……仲良く?」
「セヴランは、婿入り先で問題起こしまくりだからね。妻の王女以外の女と」
「ああ……」
二人が白い目で見ている脇で、セヴランは侍従に引きずられて部屋から出て行く。
「あの人、昔から父上の子じゃないって言われてたし。気持ちが弱くて、ああなっちゃったのかも。少し可哀想かな。ソレンヌが王の妾じゃなくて、普通に『お友達』と結婚してたら幸せに暮らせたんだろうにさ」
叫ぶソレンヌも兵士に抱えられるようにして連れ出された。
「禁輸品の密輸について、アスタシフォン国内でも調査がされていたけど、決定的な証拠がなかったんだ。ほら、僕達が海賊になって調べてたでしょ?」
「コスプレ?」
「うんうん。ノアの海賊コス、最高だよねえ。……って、ああやって調べても、ソレンヌを追い込むだけの証拠がなかったんだ。今回は年貢の納め時みたいだね」
「ふうん」
「さて、兄上が王位を継承するために、邪魔者はいなくなった。どうするんだろうね」
リオネルは大きな瞳をきらきらさせて、国王代理として壇上に座る兄を見つめている。彼女の『推し』は、乙女ゲームをプレイしていたころから兄のオーレリアン王太子なのだ。
「リオネル」
ドアを開けて小声で呼んでいるのはルーファスだ。
「ん?」
「グランディアから速達の伝令便が来た」
「グランディアから?何だろ」
風魔法の伝令便、前世で言うところの電報は、王族宛ては金の縁取りがある上質な紙に書かれている。リオネルは手紙を開いてさっと目を通した。
「……レイモンドか」
「何て書いてあったの?」
「デュドネとセヴランが王になるなら、僕が王位につけって」
「はぁ?無茶言うなよ!」
何故かルーファスが憤る。
「リオネル、王になんてならないよな?王子のままで……できたら、王子なんてやめて……」
座ったままのリオネルの華奢な肩を掴み、ルーファスは青い瞳を揺らした。
「それは……」
「お前が王子を続けるっていうなら、俺はずっと傍にいる。でも、自分でも分かってるんだろう?男のふりを続けられなくなってるって」
どちらかと言えば小柄な部類のリオネルは、可愛らしい顔も相まって、お世辞にも男らしいとは言えない。声を低く出すようにし、仕草も気を付けていても、客観的に見れば女の子だ。目を伏せて、そっとルーファスの手を除けた。
「皆、聞いてほしい」
長いこと沈黙していたオーレリアン王太子が、立ち上がって告げた。
「父上の代理を満足に務められない私には、次の王たる資格はないと思う」
「何ですと!?」
「殿下、早まってはなりません!」
側近と有力貴族がオーレリアンを止めに入った。笑顔で彼らを宥め、人望が厚い王太子は貴族達と同じ目線に立った。
「私は臣下として次の王を支える。王を守っていく。正式に後継者を決めるのは父上だが……」
堂々と臣籍降下を宣言し、オーレリアンはバルコニー席を見上げた。視線が合い、リオネルが肩を揺らした。
「リオネル。私はお前に王になって欲しい」
掌を上に向け、真っ直ぐに腕を伸ばした兄に、リオネルは何か言おうとして、ぎゅっと唇を噛んだ。
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