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学院編 14
528 王太子は成果に満足する
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【レイモンド視点】
スタンリーの様子がおかしいと気づいた時には、アイリーンは既に彼が替え玉だと悟っていた。セドリックに向ける作り笑顔とは真逆の、相手を蔑むような目線を目の前の『王太子』に向けている。
「まずい……」
連れ出して部屋に籠めてしまおう。この場からセドリックを連れ出せるのは、陛下か俺しかいない。陛下は父上と歓談中だ。セドリックに扮したスタンリーがダンスを失敗したことも知らないのだ。
一歩踏み出してスタンリーに近づこうとした時、アイリーンが完全にヴェールを剥ぎ取り、床に投げ捨てた。
もう間に合わないか……!
魔法を浴びて煌めく一閃。会場から悲鳴が上がった。
「レナード!」
ジュリアの声がした。
人の群れから突然、一人の兵士が走り出してきた。
「うぁああああああ!」
「はあああっ!」
あれはレナードなのか?
一瞬で剣から発せられたレナードの魔力がアイリーンの魔法を跳ね返し、両者はその場に仰向けに倒れた。
◆◆◆
駆け寄ったのは俺だけではなかった。顔面蒼白のジュリアが、涙を零してレナードの隣に跪いていた。咄嗟に王太子を守ろうとしたヴィルソード騎士団長はなすすべなく立っていた。魔法に関して、騎士団長の出番はない。
「レナード……嫌、お願い、目を開けて!」
周囲に漂う強力な魔力をものともせず、ジュリアはレナードの頬を撫でた。アイリーンの雷撃を受け、焦げた兵士服の裂け目から赤いものが滲んでいる。酷い傷だ。治癒魔導士はまだ来ないのか!?
「レナード!レナード!目を開けて!」
「ジュリア……君は何故ここに」
「そんなのどうでもいいでしょ!?友達が死にそうなのに、招待されてないからどうとか言うわけ?この石頭!」
「石……?君が騒いだところでどうにもならない。いいか、すぐに治癒魔導士が来る。魔力のない君より余程頼りになるだろう」
「そんなの分かってるよ!レイモンド!助けて……レナードを……!」
「落ち着くんだジュリア。俺達にできることは回復を祈ることだけだ」
頷いた彼女のアメジストの瞳から、また大粒の涙が落ちた。
◆◆◆
【セドリック視点】
スタンリーとアイリーンのダンスが流れを止めた。アイリーンはヴェールを取って何か言っている。音楽が大きくて聞こえない。
隠し通路にいる僕でも分かることは、スタンリーの変装がバレたということだ。貴族達は気づいていないし、父上も宰相も気づかないふりをしているけれど、見る人が見れば僕ではないと気づかれてしまう。
出て行って場を収めるべきかな?
「うぁああああああ!」
「はあああっ!」
え?
何が起こったの?
激しい光が炸裂し、収まった時にはアイリーンと兵士が倒れていた。スタンリーがおろおろして、駆け寄ってきたレイと話をしている。
会場は騒然となった。父上が椅子から立ち上がり、静粛にするよう呼びかけたものの、皆の動揺はなかなか収まらない。宰相がすぐに指示を出し、宮廷魔導士を呼ぶようだ。
レイとジュリアが怪我人の傍で喧嘩を始めた。スタンリーは王太子らしくなく挙動不審になっているし、どこから見ても僕には見えない。
「うぉっ!?」
隠し通路から飛び出ると、僕を見たヴィルソード騎士団長が大きな身体を揺らして驚いた。
「殿下!?え、え?ここにいるのは……」
突然出てきた僕に、父上と宰相は驚いた顔をしていた。母上だけが愉しそうにニコニコしている。全てお見通しだったかと思うと少し悔しい。
「父上、僕から説明させてください」
しっかりと目と目を合わせて会話する。父上は静かに頷いた。
「皆さん。どうか私の話を聞いてください」
王太子として人前に出る時は、「僕」ではなくて「私」と言う。言い慣れなくて時々間違うけど。
「ご存知ないかもしれませんが、新年のパーティーの会場で、僕を狙うという噂がありました」
貴族達がざわめく。当然だ。そんな噂はなかったんだから。
「そのため、私は皆と相談し、王都中央劇場のスタンリー・レネンデフォールに代わりを頼みました。彼は素晴らしい役者です」
びくびくしていたスタンリーは背中を鞭で打たれたように直立不動になった。
「皆さんの前で、彼は僕……私として雷撃を打たれましたが、一人の勇敢な兵士によって彼……『王太子セドリック』は守られました」
倒れている二人に近づく。泣いているジュリアの肩をそっと押して兵士の顔を見た。
――やはり、名前を呼んでいたのは聞き間違いではなかったんだ。
「彼の名はレナード・ネオブリー。私達と同じ、王立学院で学ぶ生徒です」
会場のざわめきが一層大きくなった。兵士が学生だったからなのか。レナードは意識を失っているが、致命傷ではないように見える。僕が話している最中に宮廷魔導士が入って来た。赤紫色の髪に見覚えがある。真剣な表情をしていて別人に見えるけど、ロン先生だよね?魔導士達はレナードとアイリーンを魔法で浮かせて運び出して行った。
「私は彼が回復し、必ず元通り王立学院に戻って来ると信じています。そして、今回の事件の首謀者をつきとめ、必ず罰を受けさせたいと思います」
ちらりと父上を見た。満足そうな顔をしている。レイの安堵した顔も視界に入った。
僕達は想定以上のいい結果を手に入れた。
アイリーンが魔法を使うのは予想しなかったけれど、少なくとも僕がいないことでヒステリーを起こすくらいはすると思った。レイがスタンリーを連れて来たのも僕の想定内で、彼と因縁があるアイリーンを怒らせるには十分だった。僕とダンスをすると思っていたアイリーンの期待を裏切り、替え玉で誤魔化そうとした。自己中心的でプライドの高い彼女には許しがたい行為だろう。
貴族達の前でスタンリーと喧嘩になれば、『王太子』に恥をかかせた男爵令嬢として、社交界から追放される。男爵令嬢が王宮の舞踏会で僕と踊るなんて、本来ならありえないのだから。アイリーンは喧嘩どころか、『王太子』に向かって強力な魔法を放った。大勢の見ている前で暗殺未遂をしたも同然だ。
アイリーンは脅しのつもりで、光魔法を見せたのかもしれない。スタンリーは以前彼女に魔法で攻撃されているから、少しの魔法でも怯んで逃げ出すか、自分の言いなりにできると踏んだのだろう。そこへ何故かレナードが飛び出して来たことで、アイリーンは魔法の制御を失い、高い出力で魔法を放ってしまった。魔力切れになったアイリーンは自分の魔法を跳ね返されて倒れ、レナードも重傷を負った。怪我の程度が軽いアイリーンには、目覚めればすぐに尋問が始まるだろう。何故、王太子を殺そうとしたか、と。
「私は王太子殿下を守ろうとしたのよ」
と、狡猾な彼女は言うかもしれない。
その前に、僕達は先手を打っておく必要がある。
スタンリーの様子がおかしいと気づいた時には、アイリーンは既に彼が替え玉だと悟っていた。セドリックに向ける作り笑顔とは真逆の、相手を蔑むような目線を目の前の『王太子』に向けている。
「まずい……」
連れ出して部屋に籠めてしまおう。この場からセドリックを連れ出せるのは、陛下か俺しかいない。陛下は父上と歓談中だ。セドリックに扮したスタンリーがダンスを失敗したことも知らないのだ。
一歩踏み出してスタンリーに近づこうとした時、アイリーンが完全にヴェールを剥ぎ取り、床に投げ捨てた。
もう間に合わないか……!
魔法を浴びて煌めく一閃。会場から悲鳴が上がった。
「レナード!」
ジュリアの声がした。
人の群れから突然、一人の兵士が走り出してきた。
「うぁああああああ!」
「はあああっ!」
あれはレナードなのか?
一瞬で剣から発せられたレナードの魔力がアイリーンの魔法を跳ね返し、両者はその場に仰向けに倒れた。
◆◆◆
駆け寄ったのは俺だけではなかった。顔面蒼白のジュリアが、涙を零してレナードの隣に跪いていた。咄嗟に王太子を守ろうとしたヴィルソード騎士団長はなすすべなく立っていた。魔法に関して、騎士団長の出番はない。
「レナード……嫌、お願い、目を開けて!」
周囲に漂う強力な魔力をものともせず、ジュリアはレナードの頬を撫でた。アイリーンの雷撃を受け、焦げた兵士服の裂け目から赤いものが滲んでいる。酷い傷だ。治癒魔導士はまだ来ないのか!?
「レナード!レナード!目を開けて!」
「ジュリア……君は何故ここに」
「そんなのどうでもいいでしょ!?友達が死にそうなのに、招待されてないからどうとか言うわけ?この石頭!」
「石……?君が騒いだところでどうにもならない。いいか、すぐに治癒魔導士が来る。魔力のない君より余程頼りになるだろう」
「そんなの分かってるよ!レイモンド!助けて……レナードを……!」
「落ち着くんだジュリア。俺達にできることは回復を祈ることだけだ」
頷いた彼女のアメジストの瞳から、また大粒の涙が落ちた。
◆◆◆
【セドリック視点】
スタンリーとアイリーンのダンスが流れを止めた。アイリーンはヴェールを取って何か言っている。音楽が大きくて聞こえない。
隠し通路にいる僕でも分かることは、スタンリーの変装がバレたということだ。貴族達は気づいていないし、父上も宰相も気づかないふりをしているけれど、見る人が見れば僕ではないと気づかれてしまう。
出て行って場を収めるべきかな?
「うぁああああああ!」
「はあああっ!」
え?
何が起こったの?
激しい光が炸裂し、収まった時にはアイリーンと兵士が倒れていた。スタンリーがおろおろして、駆け寄ってきたレイと話をしている。
会場は騒然となった。父上が椅子から立ち上がり、静粛にするよう呼びかけたものの、皆の動揺はなかなか収まらない。宰相がすぐに指示を出し、宮廷魔導士を呼ぶようだ。
レイとジュリアが怪我人の傍で喧嘩を始めた。スタンリーは王太子らしくなく挙動不審になっているし、どこから見ても僕には見えない。
「うぉっ!?」
隠し通路から飛び出ると、僕を見たヴィルソード騎士団長が大きな身体を揺らして驚いた。
「殿下!?え、え?ここにいるのは……」
突然出てきた僕に、父上と宰相は驚いた顔をしていた。母上だけが愉しそうにニコニコしている。全てお見通しだったかと思うと少し悔しい。
「父上、僕から説明させてください」
しっかりと目と目を合わせて会話する。父上は静かに頷いた。
「皆さん。どうか私の話を聞いてください」
王太子として人前に出る時は、「僕」ではなくて「私」と言う。言い慣れなくて時々間違うけど。
「ご存知ないかもしれませんが、新年のパーティーの会場で、僕を狙うという噂がありました」
貴族達がざわめく。当然だ。そんな噂はなかったんだから。
「そのため、私は皆と相談し、王都中央劇場のスタンリー・レネンデフォールに代わりを頼みました。彼は素晴らしい役者です」
びくびくしていたスタンリーは背中を鞭で打たれたように直立不動になった。
「皆さんの前で、彼は僕……私として雷撃を打たれましたが、一人の勇敢な兵士によって彼……『王太子セドリック』は守られました」
倒れている二人に近づく。泣いているジュリアの肩をそっと押して兵士の顔を見た。
――やはり、名前を呼んでいたのは聞き間違いではなかったんだ。
「彼の名はレナード・ネオブリー。私達と同じ、王立学院で学ぶ生徒です」
会場のざわめきが一層大きくなった。兵士が学生だったからなのか。レナードは意識を失っているが、致命傷ではないように見える。僕が話している最中に宮廷魔導士が入って来た。赤紫色の髪に見覚えがある。真剣な表情をしていて別人に見えるけど、ロン先生だよね?魔導士達はレナードとアイリーンを魔法で浮かせて運び出して行った。
「私は彼が回復し、必ず元通り王立学院に戻って来ると信じています。そして、今回の事件の首謀者をつきとめ、必ず罰を受けさせたいと思います」
ちらりと父上を見た。満足そうな顔をしている。レイの安堵した顔も視界に入った。
僕達は想定以上のいい結果を手に入れた。
アイリーンが魔法を使うのは予想しなかったけれど、少なくとも僕がいないことでヒステリーを起こすくらいはすると思った。レイがスタンリーを連れて来たのも僕の想定内で、彼と因縁があるアイリーンを怒らせるには十分だった。僕とダンスをすると思っていたアイリーンの期待を裏切り、替え玉で誤魔化そうとした。自己中心的でプライドの高い彼女には許しがたい行為だろう。
貴族達の前でスタンリーと喧嘩になれば、『王太子』に恥をかかせた男爵令嬢として、社交界から追放される。男爵令嬢が王宮の舞踏会で僕と踊るなんて、本来ならありえないのだから。アイリーンは喧嘩どころか、『王太子』に向かって強力な魔法を放った。大勢の見ている前で暗殺未遂をしたも同然だ。
アイリーンは脅しのつもりで、光魔法を見せたのかもしれない。スタンリーは以前彼女に魔法で攻撃されているから、少しの魔法でも怯んで逃げ出すか、自分の言いなりにできると踏んだのだろう。そこへ何故かレナードが飛び出して来たことで、アイリーンは魔法の制御を失い、高い出力で魔法を放ってしまった。魔力切れになったアイリーンは自分の魔法を跳ね返されて倒れ、レナードも重傷を負った。怪我の程度が軽いアイリーンには、目覚めればすぐに尋問が始まるだろう。何故、王太子を殺そうとしたか、と。
「私は王太子殿下を守ろうとしたのよ」
と、狡猾な彼女は言うかもしれない。
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