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学院編 14

527 襲撃

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【レナード視点】

兵士の服を着ていれば潜りこめるなんて、この国の王宮はどうかしている。平和ボケもいいところだ。顔なじみの騎士や兵士に声をかけられても、「二日酔いになった兄の代わりで」とでも言えば、皆笑って通してくれた。役立たずの兄達も、最後には俺の役に立った。
いや、これから迷惑をかけるのはこちらの方だ。謝っても謝りきれない。皆の出世の道を閉ざしてしまうのは俺なんだ。
「レナード、聞いてるのか?」
「あ、すみません。珍しくて気になっちゃって」
俺を新年祝賀パーティー会場まで案内してくれているのは、王立学院時代に兄の同級生だった人だ。平民出身でもこの年齢で王宮の中の警備を任されているなら、かなり腕は立つ方なのだろう。
「無理もねえな。俺も入りたての頃は、こういうキラキラした天井とか、気になってじろじろ見てたよ。俺ん家と違いすぎる。……でもな、あんまり格好いいもんじゃないから、やめとけ。こっちから鼻の穴が丸見えだぞ」
「……そうします」
「この廊下の先が、大広間なんだが……一人で大丈夫か?」
「大丈夫です。行けば、友人がいるので」
確実に招待されているアレックスをダシにして、俺はここまでの案内を頼んだのだ。パーティーの雰囲気だけでも味わいたい、友達に会いたいと。貴族の友人が多い彼には、俺の出まかせもまっとうな願いに聞こえたらしい。
「そっか。友達は招待されてるんだろ?大貴族はいいよなあ。……言っておくが、お前さんは仕事だぞ?」
「はい」
「酒は飲むなよ!」
「分かってますって!兄貴達じゃないんだから、そんなヘマしませんよ」
何度か念を押されて、礼を言って別れた。俺を案内したことで、彼も処分を受けるのだろうか。人あたりのいい人なのに、悪いことをしたな。

   ◆◆◆

俺が狙うのは、王族の命だ。
謎の男の指示は単純だ。陛下の命を狙えと。無理ならセドリック王太子を狙えと。
失敗しても構わない。成否は問わず、俺が成し遂げさえすれば、その後の家族の生活は保障され、もちろん命も守られる……はずだ。
囚われの身になっているジュリアを解放する約束も果たされるだろう。
俺がやらなければ、両親と兄達、ジュリアの命はないと脅され、王宮に飛び込む以外に道はない。

皆を生かしておくには、ただ一つ、条件があった。
捕まって尋問されたら、「ハーリオン侯爵の指示だ」と言うことだ。
――そんなの、言ってたまるか!
王族の暗殺未遂を侯爵の仕業にしたいんだろうが、俺は友人を――好きな女を窮地に立たせる真似はしたくない。

尋問を長引かせて、絶対に口を割らずにいれば、ジュリアの父・ハーリオン侯爵は帰国する。もしかしたら、暗殺未遂事件の報せを受けてすぐに帰国することも考えられる。侯爵がいる前で、俺は「ハーリオン侯爵の指示だ」と言う。侯爵は面識がない俺を見て、俺が嘘をついていると言うだろう。俺とハーリオン侯爵には接点はない。他の貴族を侯爵と間違って話しかければいい。
それで全ては終わりだ。

ジュリアを悲しませることはしたくない。
彼女はきっと、夢を叶えて騎士になる。
アレックスと過ごす幸せな日々の中で、俺のことなど忘れていくだろう。
俺に闇魔法が使えたなら、ジュリアの記憶を消してやるのに。


   ◆◆◆

ダンスの音楽が聞こえる。
俺は腰の剣を確かめた。
あの邸で渡された剣についていた紋章はハーリオン家のものだった。造りが精巧で見るからに高級品だし、侯爵家から盗んだものかもしれない。ここまでして侯爵を陥れないといけないものなのか?わざとらしくて笑えた。
最期に手にしている剣が、ジュリアの家の紋章なんて、皮肉な巡り合わせだな。

会場の隅へ身体をすべり込ませると、貴族達が会場の中央を見つめていた。セドリック王太子とダンスの相手……紫のヴェールの令嬢がくるくると回っている。令嬢が不慣れなのか、どことなくダンスがぎこちない。
壇上を見れば、国王陛下はオードファン宰相と何やら話をしている。隣には二人の友人でもあるヴィルソード騎士団長が控えていて、職業柄周囲に目を光らせている。あそこに近づくなんてとんでもない空気だ。俺なんか一瞬で屍にされかねない。

何の恨みもないし、どちらかと言えば応援したい方だけど。
王太子殿下を狙うしかなさそうだ。近くにはあの令嬢しかいないし、走り寄ればどうにかなりそうだ。俺が剣を向ければ、騎士団長と兵士達がすっとんでくる。斬りかかりさえすればいいんだ。
人ごみを抜け、俺は殿下のいる部屋の中央へ視線を向けた。令嬢のヴェールが落ちかけて、ピンク色の髪が見える。――アイリーン・シェリンズか?
ピンクのドレスを着た彼女は、殿下と踊りながら何か呟いた。よく聞こえない。ダンスの流れが滞ったことを言っているのだろうか。

二人の動きが止まった。
今しかない!

剣を抜いて殿下に走り寄る。
「レナード!」
どこかから俺を呼ぶ声がした。
――ジュリア?
そんなはずはない。
昨夜の二人きりの時間が、走馬灯のように脳裏に甦った。
表情をくるくると変えるジュリアの顔。恥じらい、不安、怒り……そして、俺の淀んだ心を漱いでくれる微笑み。
最後のキスの後の照れた顔。
僅かな動揺が俺の足を鈍らせ、騎士団長と兵士が身構える姿が視界に入った。
「うぁああああああ!」
次の瞬間、俺の視界は白と赤に染まった。
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