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学院編 14

526 悪役令嬢は隊列を気にしない

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「……あれ、何?」
アスタシフォン国王にかけられた魔法を解く方法を検討すべく、エミリーとマシューはリオネルの私室に一度引き上げることにしたが、途中で騒ぎを聞きつけた。
「魔導士達が連れて来たんだよ。あいつを」
「あいつって?」
リオネルは名前を口にするのも嫌なのか、軽く溜息をついた。
「うちの二番目、デュドネ王子」
「……」
最早、兄とも呼ばないあたり、本気で嫌っているのだ。リオネルが兄と認めるのはオーレリアン王太子だけだった。
「あれ、エミリー。何か……」
「ああ、ちょっと会ったことがあるんだよ。な」
「ルーは黙っててよ。僕はエミリーと話したいの!」
「……王子と何があった?」
黒と赤の瞳を光らせて、マシューがエミリーを問い詰めた。
「……軽くのしただけ」
「デュドネ王子が娼婦を痛めつけていてさ。エミリーが魔法でやっつけて、娼婦を助けたんだよ。やらなきゃあの娘が殺されて……」
「そんな危険な目に!?」
「……!!」
リオネルの驚きと、動揺したマシューの魔力が多く漏れたのは同時だった。
「あいつがそんなところに出入りしてるのもどうかと思うけど、人殺しの常習犯じゃ、王子の位を剥奪されるのも時間の問題だね。シャンタルもいよいよ、後がなくなったし」
「その話だけど……信じられない」
「何が?父上に書状を書けって迫ってたのは本当だよ?」
エミリーは静かに首を振った。
「……じゃなくて、クレムのこと。シャンタルに脅されて国王陛下の部屋に魔法を仕掛けたとしても、お父様は関係ない」
「練習台でしょ?」
「でも……国王陛下の部屋より、お父様のいた部屋の方が、魔法の濃さっていうか……強い気がした」
「そうだな。確かに」
隣でマシューが頷く。手はしっかり握ったままだ。
「これから貴族達が招集されて、人数が揃い次第、評議会が開かれる。シャンタルが無実を訴えると思う。本来は父上が最終判断をするけど、まだ回復していないから、兄上が代わりを務める。クレムは兄上の先生だ。全ての罪はシャンタルとデュドネが……?」
「何か裏がありそうな話だな。ソレンヌ様とセヴラン王子が騒ぎ立てないのも不気味だ」
第二王子とその母が罰せられようとしているのに、同じく王子と王の妾である二人は、王宮内のどこにいるのか姿を見せない。ルーファスが視線を落として考え込む。
「腐っても第二王子のデュドネがいなくなれば、ますますオーリー兄上の地位はゆるぎないものになる。セヴランも諦めたんじゃないかな?」
「どうだろうな。陛下の魔法を解くのを後にするなら、俺はセヴラン王子の様子を見てくる。こうなるのを分かっていたかのように、婿入り先から戻ってきているだろう」
「表向きは父上を心配して、ってことになってるけどね。毎日楽団と旅芸人を呼んで、友達と乱痴気騒ぎ。お見舞いにも行かないくせにね」
リオネルが肩を竦めた。
「いいよ、ルー。僕達は部屋で待ってる」
令嬢のそれと見分けがつかない白い手をひらひらさせて、リオネルはルーファスを見送った。実際、リオネルはおとなしく部屋で待機しているのが一番良いのだ。貴族評議員の過半数が集まれば、評議会は始まってしまう。事件の当事者ではないが、第四王子の出席は必須である。いつ呼ばれてもおかしくはない。
「さ。行こうか」
腕を差し出したリオネルに、エミリーがそっと手を添える。そして、もう一方の手はマシューと繋いだままだ。
「……なんか、変じゃない?」
三人が横一列になって歩き出すと、見回りの兵士達が壁に貼りついて通路を開けた。

   ◆◆◆

「セドリック様」
ダンスの途中で、アイリーンは不意に王太子の名を口にした。これまで何事もなく、ほぼ会話なしで済んでいたのに、スタンリーは窮地に立たされた。そうでなくても彼女には酷い目に遭わされており、こうしてダンスでペアになるのも恐ろしいほどだ。
「……何かな」
「今日はあのことをお話していただけませんの?」
「……ん?」
スタンリーの頭の中はただ一つ、『あのことって何!?』という問題だけがぐるぐると巡っていた。心臓が尋常でないほど音を立てている。
「王太子妃となる私に、サファイアの髪飾りを。マリナ・ハーリオンより私に似合うんですもの」
「……か、髪飾りか」
単なるおねだりなら問題ない。しかし、王太子妃候補の髪飾りとはどのようなものなのか。服装に無頓着なスタンリーには、マリナの着ていたドレスがどうだったか記憶がない。髪飾りは言わずもがなだ。
「あれをください。王太子妃の座も。……お約束してくださいましたよね?」
「や、くそく?」
声が裏返った。セドリックの声色を真似しているのに、地声が出そうになる。
セドリックがとんでもない約束をしていたなどと、スタンリーは一つも聞かされていない。レイモンドも知らないところで、二人は何か約束をしていたのだろうか。下手に踏み込んだ話になっては、身代わりだと気づかれてしまう。この場を切り抜ける方法はないだろうか。
「このヴェールが何だか分かるかな?」
「紫の……?花嫁が身につける白いヴェールがよかったわ」
「君は、『ホウォドン王と七十三人の刺客』という話を知っているかな?」
「知りませんわ」
「その物語ではね、外国の王女が二十八人目の刺客としてやってくるんだ」
「……だから?」
「王女がヴェールを身に着けていてね……衣裳が……」
舞台の話なら饒舌に話せると思ったスタンリーは、刺客の物語が想定以上に続かないことを悟った。
「こ、輿入れの日に……」
「王太子様は、私に命を狙われたいのかしら?」
「違……あっ」
会話に気を取られて、ダンスが不得手なスタンリーはよろめいた。
「きゃっ」
はずみで被っていたヴェールを引かれ、アイリーンの顔が露わになった。
「あなたは……!」
音楽に消された声は貴族達には聞こえない。アイリーンのピンク色の髪が見えるだけだ。何事もなかったかのように体勢を立て直して踊るスタンリーは、彼女の指先に魔法が迸るのを見て息を呑んだ。
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