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学院編 14
524 王太子は物陰から盗み見る
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グランディア王宮では、新年を祝うパーティーが間もなく始まろうとしていた。アリッサが攫われたと聞いて気が気でないレイモンドは、先ほどからイライラして部屋の窓辺を行ったり来たりしている。
「少し落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるか!」
宥めようと声をかけたスタンリーを睨み、ピシャリと言葉を撥ねつける。
「公爵様があちらの王宮に連絡を取って、最善の策を取られたんですよ?私達は見守るしか……」
「君には命に代えても守りたい人はいないのか?スタンリー」
「……は?」
「偶像を崇拝するようにエミリーを称賛している君だ。彼女に対する気持ちは、俺がアリッサに抱いているものとは違う」
「あなたの仰るとおりではありますけど……海を隔てている以上、私達にできることは限られていて、ここで部屋を歩き回っていても何にもなりません。それより、今はできることをすべきだと思いますよ?」
引っ込み思案のスタンリーにしては、思い切って言い出したつもりだった。王太子になりすます扮装をしていると、少し気が大きくなるのだ。
「……そうだな。すまなかった」
「いえ」
「しかし、君は……回数を重ねる度にセドリックの真似が上手くなるな」
レイモンドの前には金髪の美男子、セドリック王太子が脚を組んで肘掛椅子に座っている。分厚いレンズの眼鏡を外したスタンリーは、見事な化粧技術でセドリックに似せていた。遠目には見分けがつかないレベルだ。
「今日は失敗できませんから」
「ヴェールなどなくても、アイリーンが見間違えるんじゃないか?」
「一般の貴族は騙せても、彼女は騙せませんよ」
「何度もセドリックの顔を間近で見ているからか。女性は、化粧をしている相手の元の顔が分かるとも聞く。油断はならないか……」
「声を出すのは最小限にして、一曲踊ったらすぐにこの控室に引き上げます」
「何か急な用事があることにして、俺が声をかけよう」
「助かります。私は彼女が苦手で……」
以前、魔法で酷い目に遭わされて以来、スタンリーは魔法科の前を極力通らないようにしていた。アイリーンのピンク色の髪を遠くから見つけると、わざわざ回り道をするほどだ。
「では、そろそろ行こうか。頼んだぞ、セドリック」
スタンリーは軽く頷くと、立ち上がって顔を上げた瞬間にはセドリック王太子の顔になっていた。
「うん。行こうか、レイ」
◆◆◆
「うわあ……」
隠し通路から部屋の中を覗いていた本物のセドリックは、スタンリーの扮装があまりに完璧なので言葉を失っていた。自分と最も身近に接しているレイモンドが太鼓判を押したのだ。立ち上がったスタンリーは立ち居振る舞いも自分にそっくりだ。
「あれなら誤魔化せるかも……?」
そもそもスタンリーが呼ばれたのは、自分が母の王妃と喧嘩をして部屋に引きこもったからである。セドリックは原因が自分にあることを忘れて、すっかり外野の気分で見守っていた。
「アイリーンは何か失敗をする?スタンリーがそう仕向けるのかな」
役者スイッチが入ったスタンリーは驚くほど器用に何でもやってのける気がする。どうやって失敗させるのか、セドリックは見たくて仕方がなかった。
隠し通路の道順は完全に頭に入っている。どうすれば大広間に出られるか、王族の席の近くへ寄れるか、歩いているだけでわくわくした。
「アイリーンは今夜で何もかも終わり……学院にもいられなくなる、はずだよね?」
一段高くなった場所に王族が並ぶ席がある。その裏側にも隠し通路への入口があった。普段はカーテンの陰で見えないが、隙間から様子を窺うことができた。
貴族達が挨拶と世間話を繰り返しているパーティー会場は、黄金色のシャンデリアが眩く煌めき、祝賀の席に相応しい豪華絢爛な調度品で飾られていた。会場に一人の貴婦人が入ってくると、貴族達が我も我もと挨拶をする。
――レセルバン公爵の母君だ。確か、アイリーンの教育係になっていた……。
先代レセルバン公爵夫人は、温和な微笑を作りつつ、少し神経質になっているように見えた。
「今夜はいよいよお披露目ですかな?」
貴族達の中では長老に数えられる彼女に不躾な質問をしたのは、空気が読めないと評判の男だ。周囲の貴婦人たちの顔色が変わった。アイリーンが『未完成』であることを知っている仲間なのだろう。
「私もそろそろ引退する年齢なのかもしれませんわね。背中を押してくださってどうもありがとう」
取り巻きに案内されて奥の椅子に腰かけた。顔色が良くない。アイリーンの出来は余程酷いのだろう。
やがて音楽が始まり、国王と王妃が会場に現れた。集まった貴族達を労い、新しい年の抱負を述べたグランディア国王・ステファン四世は、挨拶を終えるとちらりと傍に控えていた宰相に目くばせした。
――いよいよだ!
昨年までは、ここでセドリックがマリナをエスコートして会場に現れ、皆が見守る中でダンスを披露したものだった。だが、今年は二人とも別人だ。事情を知らない貴婦人たちがヒソヒソと囁き合う。
「あのご令嬢は?」
「男爵令嬢ですってよ?何か功績があったとか」
「存じませんわね。……案外、殿下のごり押しだったりして?」
「まさか!マリナ嬢にあれだけ御執心でしたのよ?」
「あら、でも……今年は侯爵様もお姿が見えませんし、あの噂は本当なのではなくて?」
「噂とは何ですの?」
「ハーリオン侯爵様が領民を苦しめていて、それでお咎めを受けたそうですわ」
「お咎めを?では、マリナ嬢は妃候補から外されたの?」
「そうなると、あの男爵令嬢が本命になる可能性もあるかしら?」
「まさか!あり得ませんわ」
隣の中年紳士が咳払いをし、貴婦人たちはバツが悪そうに押し黙った。
セドリックに扮したスタンリーと、紫色のヴェールを被ったアイリーンが部屋の中央に立つと、楽団の指揮者が指揮棒を構えた。
「少し落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるか!」
宥めようと声をかけたスタンリーを睨み、ピシャリと言葉を撥ねつける。
「公爵様があちらの王宮に連絡を取って、最善の策を取られたんですよ?私達は見守るしか……」
「君には命に代えても守りたい人はいないのか?スタンリー」
「……は?」
「偶像を崇拝するようにエミリーを称賛している君だ。彼女に対する気持ちは、俺がアリッサに抱いているものとは違う」
「あなたの仰るとおりではありますけど……海を隔てている以上、私達にできることは限られていて、ここで部屋を歩き回っていても何にもなりません。それより、今はできることをすべきだと思いますよ?」
引っ込み思案のスタンリーにしては、思い切って言い出したつもりだった。王太子になりすます扮装をしていると、少し気が大きくなるのだ。
「……そうだな。すまなかった」
「いえ」
「しかし、君は……回数を重ねる度にセドリックの真似が上手くなるな」
レイモンドの前には金髪の美男子、セドリック王太子が脚を組んで肘掛椅子に座っている。分厚いレンズの眼鏡を外したスタンリーは、見事な化粧技術でセドリックに似せていた。遠目には見分けがつかないレベルだ。
「今日は失敗できませんから」
「ヴェールなどなくても、アイリーンが見間違えるんじゃないか?」
「一般の貴族は騙せても、彼女は騙せませんよ」
「何度もセドリックの顔を間近で見ているからか。女性は、化粧をしている相手の元の顔が分かるとも聞く。油断はならないか……」
「声を出すのは最小限にして、一曲踊ったらすぐにこの控室に引き上げます」
「何か急な用事があることにして、俺が声をかけよう」
「助かります。私は彼女が苦手で……」
以前、魔法で酷い目に遭わされて以来、スタンリーは魔法科の前を極力通らないようにしていた。アイリーンのピンク色の髪を遠くから見つけると、わざわざ回り道をするほどだ。
「では、そろそろ行こうか。頼んだぞ、セドリック」
スタンリーは軽く頷くと、立ち上がって顔を上げた瞬間にはセドリック王太子の顔になっていた。
「うん。行こうか、レイ」
◆◆◆
「うわあ……」
隠し通路から部屋の中を覗いていた本物のセドリックは、スタンリーの扮装があまりに完璧なので言葉を失っていた。自分と最も身近に接しているレイモンドが太鼓判を押したのだ。立ち上がったスタンリーは立ち居振る舞いも自分にそっくりだ。
「あれなら誤魔化せるかも……?」
そもそもスタンリーが呼ばれたのは、自分が母の王妃と喧嘩をして部屋に引きこもったからである。セドリックは原因が自分にあることを忘れて、すっかり外野の気分で見守っていた。
「アイリーンは何か失敗をする?スタンリーがそう仕向けるのかな」
役者スイッチが入ったスタンリーは驚くほど器用に何でもやってのける気がする。どうやって失敗させるのか、セドリックは見たくて仕方がなかった。
隠し通路の道順は完全に頭に入っている。どうすれば大広間に出られるか、王族の席の近くへ寄れるか、歩いているだけでわくわくした。
「アイリーンは今夜で何もかも終わり……学院にもいられなくなる、はずだよね?」
一段高くなった場所に王族が並ぶ席がある。その裏側にも隠し通路への入口があった。普段はカーテンの陰で見えないが、隙間から様子を窺うことができた。
貴族達が挨拶と世間話を繰り返しているパーティー会場は、黄金色のシャンデリアが眩く煌めき、祝賀の席に相応しい豪華絢爛な調度品で飾られていた。会場に一人の貴婦人が入ってくると、貴族達が我も我もと挨拶をする。
――レセルバン公爵の母君だ。確か、アイリーンの教育係になっていた……。
先代レセルバン公爵夫人は、温和な微笑を作りつつ、少し神経質になっているように見えた。
「今夜はいよいよお披露目ですかな?」
貴族達の中では長老に数えられる彼女に不躾な質問をしたのは、空気が読めないと評判の男だ。周囲の貴婦人たちの顔色が変わった。アイリーンが『未完成』であることを知っている仲間なのだろう。
「私もそろそろ引退する年齢なのかもしれませんわね。背中を押してくださってどうもありがとう」
取り巻きに案内されて奥の椅子に腰かけた。顔色が良くない。アイリーンの出来は余程酷いのだろう。
やがて音楽が始まり、国王と王妃が会場に現れた。集まった貴族達を労い、新しい年の抱負を述べたグランディア国王・ステファン四世は、挨拶を終えるとちらりと傍に控えていた宰相に目くばせした。
――いよいよだ!
昨年までは、ここでセドリックがマリナをエスコートして会場に現れ、皆が見守る中でダンスを披露したものだった。だが、今年は二人とも別人だ。事情を知らない貴婦人たちがヒソヒソと囁き合う。
「あのご令嬢は?」
「男爵令嬢ですってよ?何か功績があったとか」
「存じませんわね。……案外、殿下のごり押しだったりして?」
「まさか!マリナ嬢にあれだけ御執心でしたのよ?」
「あら、でも……今年は侯爵様もお姿が見えませんし、あの噂は本当なのではなくて?」
「噂とは何ですの?」
「ハーリオン侯爵様が領民を苦しめていて、それでお咎めを受けたそうですわ」
「お咎めを?では、マリナ嬢は妃候補から外されたの?」
「そうなると、あの男爵令嬢が本命になる可能性もあるかしら?」
「まさか!あり得ませんわ」
隣の中年紳士が咳払いをし、貴婦人たちはバツが悪そうに押し黙った。
セドリックに扮したスタンリーと、紫色のヴェールを被ったアイリーンが部屋の中央に立つと、楽団の指揮者が指揮棒を構えた。
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