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学院編 14
522 悪役令嬢は繋いだ手を冷やかされる
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「母上は父上の部屋にいるみたい。行こう」
女官から話を聞いたリオネルが皆を振り返り、軽く首を傾げた。王子の服装をしていなければただの美少女にしか見えない。
「また魔法結界の中に行くのかよ……」
「嫌だったらルーは来なくていいよ。エミリー、先生、一緒に来てくれる?」
二人が頷くと、隣でルーファスが面白くなさそうに口を尖らせた。
「一応囚人だしな。何かあったら危険デスカラ、オトモシマスヨ、王子!」
「何その言い方」
「あのな、さっきの解呪で結構消耗してるんだぞ?危険だろうが」
「危ないと思ったらすぐ出てくればいいでしょ。んもう、すぐルーはそうやって難癖をつけるんだから」
喧嘩を続けながら歩く二人の後を追い、エミリーとマシューは手を繋いだまま歩いた。
国王の寝室に近づくと、中から女性の声が聞こえた。
「何を証拠にそんなこと!」
「はあ?証拠なら今こうしてあんたがいることが証拠でしょうよ!陛下にペンを握らせて、無理やり署名させようとして!」
声は廊下まで響いている。
「あー、またか」
「またって?」
「母上とシャンタルの喧嘩。何も父上の部屋でやらなくてもねえ」
「待てよ。いつもはシャンタル様がふっかけてきてるだろ。今日は様子がおかしいぞ」
「ちょっと待ってて。僕、見てくる」
三人を廊下に待たせ、リオネルが部屋のドアを開けた。二人の言い争う声が一層大きく響いてくる。
「怪しいと思っていたのよ。陛下が御病気になってから、寄り付きもしなかったくせに。ここのところ頻繁に通っているって聞いて」
「あら、私も陛下の妻ですもの。こうして会いに来て何が悪いの?」
「妻?ふん。父親が陛下かも分からないような子を産んで、宮殿に留まった愛人の一人でしょ?」
「デュドネは陛下の御子よ!」
「女遊びが激しすぎてクビになった騎士とそっくりだけど?怪しい怪しいって言われ続けて、とうとう強硬手段に出たってわけ?」
ヴィルジニーがシャンタルの手から書状を奪い取る。
「『次の王にはデュドネをつかせる』?誰が見ても怪しいことこの上ないわね」
「陛下は納得してくださったわ。だから、途中まで署名を」
ベッドの上の国王は身じろぎもせず、腕をだらんと下ろしたまま、どこか一点を見つめている。
――お父様とすっかり同じ……!ペンなんて握れるはずがない。
「陛下の御意志を奪うために、この部屋に魔法をかけたのね?」
「な、何のことかしら?」
「知らないとでも思っているの?クレムが教えてくれたわ」
――クレムが!?
エミリーと振り返ったリオネルは顔を見合わせた。クレムはヴィルジニーに接触していたのだ。
「あなたに脅されて協力させられたって。酷い話よね。グランディア出身で後ろ盾のない彼女を大学から追い出すなんて」
「し、知らないわ!そんなの嘘よ!」
ヴィルジニーは冷たい瞳でシャンタルを見つめた。現役魔法騎士として、幾多の悪と戦ってきた戦士の顔だ。
「大学の学長に宛てて、クレムを辞めさせるように手紙を書いたわね。他にも多くの圧力をかけて……。証拠は揃っているのよ。諦めなさい!」
よく通る声が廊下にこだました瞬間、控えていた兵士達が一気に室内に雪崩れ込んできた。
「うおっと!」
「失礼いたしました!」
リオネルにぶつかりそうになり、兵士が頭を下げる。数名がシャンタルを囲み、ヴィルジニーの指示を待った。
「『司法の間』にお連れして」
「はっ!」
「放しなさい!この!」
ぎゃあぎゃあと叫ぶシャンタルが廊下の角を曲がって見えなくなると、ヴィルジニーはふうと息を吐いた。
「母上……」
「リオネル。あなたに知られてしまったわね」
「どういうこと?クレムが脅されていた?」
「そうよ。ひと月ほど前から、学長に手紙が届き始めたのよ。クレムを辞めさせろ、さもなくば王子デュドネの権限でお前を更迭すると」
「デュドネにそんな権限ないよね?」
「ないわね。でも、そこには……いずれデュドネが王になると書いてあったの」
「おかしいよ。次の王はオーリー兄様だし、父上も譲位を決められてないのに」
「学長を任命できるのは国王だけ。いずれ王にとあれば、学長も気になったのね。王太子殿下を通じて私に情報をくださった。そこから、シャンタルの動向を調べていたのよ。最近やけに陛下の周りをうろついていることも分かった。人払いしていても、私なら入っていける……」
「で、証拠が見つかったんだ……」
「『司法の間』でしばらく謹慎処分ね。近いうちに処遇を決める評議会が開かれるでしょう。肝心の陛下があの通り、何も仰らないままではあるけれど」
娘との話を終えて、ヴィルジニーは三人に視線を移した。
「あなたがグランディアからいらした方ね?」
「はい。魔導士のコーノックと申します」
「まあ、片時も離れないように手を繋いで……初々しいわ。ふふふ」
生温かい視線に恥ずかしくなり、エミリーはマシューの手を振りほどいた。
◆◆◆
ギラギラと絡みつくような視線を感じる。デュドネが奥の机から持ち出したのは、黒いしなやかな革でできた細い鞭だった。
「これは切れ味がいいんだ。お前のドレスがずたずたになるのと、気絶するのと、どっちが先かな」
――そ、そんな!逃げられない!
アリッサは恐怖のあまりに泣くことを忘れた。アメジストの瞳を揺らしながら、短い呼吸を繰り返すだけだ。
「一回目……!」
「んんんんんー!」
椅子と一体になったアレックスが、デュドネの背後に転がって来た。
「邪魔な奴だな」
「うっ」
踵の高いブーツがアレックスの腹にめり込む。
「やめて!」
「他人の心配なんかして、随分余裕があるんだな?ああ?」
「彼をこれ以上傷つけないで、解放してください」
「何だと?」
「私は人違いでここに連れて来られたわ。あなたは信じようとしないけど」
「何が言いたい」
「何をされても、私はあなたに屈したりしない。……あなたは、力があれば人の心まで自由になると思っているの?」
ヒュン!
鞭が宙を斬り、アリッサの頬に赤い筋が現れた。
「私の心は私のもの。でも、捧げる相手はあなたではないわ!レイ様だけよ!」
女官から話を聞いたリオネルが皆を振り返り、軽く首を傾げた。王子の服装をしていなければただの美少女にしか見えない。
「また魔法結界の中に行くのかよ……」
「嫌だったらルーは来なくていいよ。エミリー、先生、一緒に来てくれる?」
二人が頷くと、隣でルーファスが面白くなさそうに口を尖らせた。
「一応囚人だしな。何かあったら危険デスカラ、オトモシマスヨ、王子!」
「何その言い方」
「あのな、さっきの解呪で結構消耗してるんだぞ?危険だろうが」
「危ないと思ったらすぐ出てくればいいでしょ。んもう、すぐルーはそうやって難癖をつけるんだから」
喧嘩を続けながら歩く二人の後を追い、エミリーとマシューは手を繋いだまま歩いた。
国王の寝室に近づくと、中から女性の声が聞こえた。
「何を証拠にそんなこと!」
「はあ?証拠なら今こうしてあんたがいることが証拠でしょうよ!陛下にペンを握らせて、無理やり署名させようとして!」
声は廊下まで響いている。
「あー、またか」
「またって?」
「母上とシャンタルの喧嘩。何も父上の部屋でやらなくてもねえ」
「待てよ。いつもはシャンタル様がふっかけてきてるだろ。今日は様子がおかしいぞ」
「ちょっと待ってて。僕、見てくる」
三人を廊下に待たせ、リオネルが部屋のドアを開けた。二人の言い争う声が一層大きく響いてくる。
「怪しいと思っていたのよ。陛下が御病気になってから、寄り付きもしなかったくせに。ここのところ頻繁に通っているって聞いて」
「あら、私も陛下の妻ですもの。こうして会いに来て何が悪いの?」
「妻?ふん。父親が陛下かも分からないような子を産んで、宮殿に留まった愛人の一人でしょ?」
「デュドネは陛下の御子よ!」
「女遊びが激しすぎてクビになった騎士とそっくりだけど?怪しい怪しいって言われ続けて、とうとう強硬手段に出たってわけ?」
ヴィルジニーがシャンタルの手から書状を奪い取る。
「『次の王にはデュドネをつかせる』?誰が見ても怪しいことこの上ないわね」
「陛下は納得してくださったわ。だから、途中まで署名を」
ベッドの上の国王は身じろぎもせず、腕をだらんと下ろしたまま、どこか一点を見つめている。
――お父様とすっかり同じ……!ペンなんて握れるはずがない。
「陛下の御意志を奪うために、この部屋に魔法をかけたのね?」
「な、何のことかしら?」
「知らないとでも思っているの?クレムが教えてくれたわ」
――クレムが!?
エミリーと振り返ったリオネルは顔を見合わせた。クレムはヴィルジニーに接触していたのだ。
「あなたに脅されて協力させられたって。酷い話よね。グランディア出身で後ろ盾のない彼女を大学から追い出すなんて」
「し、知らないわ!そんなの嘘よ!」
ヴィルジニーは冷たい瞳でシャンタルを見つめた。現役魔法騎士として、幾多の悪と戦ってきた戦士の顔だ。
「大学の学長に宛てて、クレムを辞めさせるように手紙を書いたわね。他にも多くの圧力をかけて……。証拠は揃っているのよ。諦めなさい!」
よく通る声が廊下にこだました瞬間、控えていた兵士達が一気に室内に雪崩れ込んできた。
「うおっと!」
「失礼いたしました!」
リオネルにぶつかりそうになり、兵士が頭を下げる。数名がシャンタルを囲み、ヴィルジニーの指示を待った。
「『司法の間』にお連れして」
「はっ!」
「放しなさい!この!」
ぎゃあぎゃあと叫ぶシャンタルが廊下の角を曲がって見えなくなると、ヴィルジニーはふうと息を吐いた。
「母上……」
「リオネル。あなたに知られてしまったわね」
「どういうこと?クレムが脅されていた?」
「そうよ。ひと月ほど前から、学長に手紙が届き始めたのよ。クレムを辞めさせろ、さもなくば王子デュドネの権限でお前を更迭すると」
「デュドネにそんな権限ないよね?」
「ないわね。でも、そこには……いずれデュドネが王になると書いてあったの」
「おかしいよ。次の王はオーリー兄様だし、父上も譲位を決められてないのに」
「学長を任命できるのは国王だけ。いずれ王にとあれば、学長も気になったのね。王太子殿下を通じて私に情報をくださった。そこから、シャンタルの動向を調べていたのよ。最近やけに陛下の周りをうろついていることも分かった。人払いしていても、私なら入っていける……」
「で、証拠が見つかったんだ……」
「『司法の間』でしばらく謹慎処分ね。近いうちに処遇を決める評議会が開かれるでしょう。肝心の陛下があの通り、何も仰らないままではあるけれど」
娘との話を終えて、ヴィルジニーは三人に視線を移した。
「あなたがグランディアからいらした方ね?」
「はい。魔導士のコーノックと申します」
「まあ、片時も離れないように手を繋いで……初々しいわ。ふふふ」
生温かい視線に恥ずかしくなり、エミリーはマシューの手を振りほどいた。
◆◆◆
ギラギラと絡みつくような視線を感じる。デュドネが奥の机から持ち出したのは、黒いしなやかな革でできた細い鞭だった。
「これは切れ味がいいんだ。お前のドレスがずたずたになるのと、気絶するのと、どっちが先かな」
――そ、そんな!逃げられない!
アリッサは恐怖のあまりに泣くことを忘れた。アメジストの瞳を揺らしながら、短い呼吸を繰り返すだけだ。
「一回目……!」
「んんんんんー!」
椅子と一体になったアレックスが、デュドネの背後に転がって来た。
「邪魔な奴だな」
「うっ」
踵の高いブーツがアレックスの腹にめり込む。
「やめて!」
「他人の心配なんかして、随分余裕があるんだな?ああ?」
「彼をこれ以上傷つけないで、解放してください」
「何だと?」
「私は人違いでここに連れて来られたわ。あなたは信じようとしないけど」
「何が言いたい」
「何をされても、私はあなたに屈したりしない。……あなたは、力があれば人の心まで自由になると思っているの?」
ヒュン!
鞭が宙を斬り、アリッサの頬に赤い筋が現れた。
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