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閑話 聖杯の行方
聖杯の行方 14
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数日後。
王立学院の食堂にて。
「ふわあああ。何だか疲れが取れないなあ」
「人が集まる場所で欠伸をするな。誰が見ているか分からないんだぞ」
「また王族の威厳がー、とか言うの?欠伸くらいいいの。僕の評判はどんどん上がっているんだから」
セドリックは顎を上げてふふんと笑った。
王太子がキーンジェルンの危機を救ったという噂は、瞬く間に王国全土に広がった。キーンジェルンを知らない国境の町にまで、聖杯争いの祭りや名物のリュンネ草と共に、人々に知れ渡ることとなったのだ。
「解毒をしたのは、コーノック先生とエミリーだろうが」
「町のリュンネ草があったからできたんだよ。運が良かったとしか思えないね」
「ああ、そのことだが……」
レイモンドは飲みかけていた紅茶のカップを置き、顔を近づけて声を潜めた。
「あの毒物の原因が分かった」
「何だったの?誰かの陰謀?」
「俺も最初はそれを疑った。お前が聖杯争いに出ると聞いて、王太子を狙った犯行ではないかと。だが、効果はせいぜい腹が下る程度だ。お前の名誉が多少傷つくかもしれないが、命まで取るものではない。……そこでだ」
ごくり。
「続けて」
王太子は青い瞳を見開いて、声を潜める側近の話に耳を傾けた。
「俺はあの町の周辺の植生と、地質について調べてみた。コーノック先生にもご指導いただいたが、アシュゴア草もメリブ岩も、あの辺りで入手可能だ。可能と言うか、その辺にゴロゴロ転がっていると言っていい」
「つまり……毒になったのは偶然だってこと?コーノック先生は、他にも材料がないと効果が出ないって言っていた気がするよ」
「ドルルグ鳥の巣だ」
「鳥の巣?」
「ドルルグ鳥は一度飲み込んだ草を吐きだして、唾液で巣を作るんだ。うちの者達に調べさせたら、あの泉の周辺にドルルグ鳥の羽根が大量に落ちていた。恐らく、他の動物に巣を狙われ、親鳥が戦ったのだろう。死骸は見つからなかったようだが」
「戦って、巣が落ちた?」
「ああ。これも推測でしかないが、落下した巣はアシュゴア草でできていた可能性が高い。周辺には巣作りに良さそうな植物はそれしかなかった。メリブ岩は泉に落ちれば、自然に水中に溶けだす」
「条件は揃った、ってこと……」
「草も岩も鳥も、あの辺りでは珍しくないなら、今回のようなことは過去にも起こっていたに違いないと思って、俺は歴史を調べた。解毒効果のあるリュンネ草を日常的に食べ始めたのも、過去の事件が発端だった。コーノック先生に訊ねたところ、リュンネ草は生のままが一番効果が高いが、加熱しても若干効果があるらしい。キーンジェルンの人々は、生では食べにくい草を料理に混ぜて食べてきたんだな。理由も分からずに」
溜息をついてセドリックはテーブルに手を伸ばした。
「全部、偶然だったのかぁ」
「何だ?命を狙われたかったのか?」
意地悪い微笑で再従弟をからかうと、王太子は口を尖らせた。
「レイの方はどうだったのさ?結局、誰も聖杯争いの結果を教えてくれないし」
「……秘密だ」
「アレックスもジュリアも、覚えてない、分からないってしか言わないし。町の人も知らないって言うし……」
「コホン。……とにかく、毒物事件は片付いたんだ。これ以上のことはないだろう?」
「前回の祭りの結果といい、聖杯の謎は解けないままか……はあ」
「少しくらい謎があった方が、人々の興味関心を引くというものだ。気になるなら、次の機会に出場すればいい」
トントン、と肩を叩き、王太子の視線を食堂の入口へと促す。
「マリナ!」
弾かれたように顔を上げ、セドリックは大きく手を振った。
◆◆◆
「んー、うまい!」
「ちょっと、ジュリア。それ何本目?」
「分かんない。いいじゃん、早く食べないと悪くなるし」
皆の前に用意されたのは、山盛りになったリュンネ草入りソーセージだった。王太子への感謝の気持ちとして、昨日町の人々が届けたものだ。セドリック一人では食べきれないので、学院の食堂で特別メニューとして提供されている。
「エミリーちゃん、食べないの?」
「……いい。この間、いっぱい食べたから」
「あ……」
キス寸前の妹を思い出し、アリッサはまた顔を赤くした。
「やめてよ。こっちが恥ずかしい」
「ごめんね……。でも、ちょっと羨ましかったな」
「……どこがよ」
エミリーが睨むと、アリッサの視線は反対隣りのレイモンドに固定されていた。
「あの……レイ様?」
「何だ?アリッサ」
「こ、この間の……聖杯は残念でしたね。結果がどうでも、私、レイ様にこれをお渡ししたくて」
「……?」
手渡された包みを開け、何やら黄色い物体を手に取る。
「これは?」
「レイ、いいなあ。帽子じゃないか」
隣のセドリックが腕で小突いた。
「帽子、か……」
「え、あの……」
聖杯のカップ部分を頭に乗せ、レイモンドは「少し小さいな」と呟き、編み目を広げて頭にフィットさせた。聖杯の脚部分が頭頂部に生えた格好になる。
「あ……」
「ぷぷっ、タケ●プターみたい!」
「ジュリア!」
口からソーセージを零しそうになったジュリアが慌てて飲み込む。エミリーが斜め下を向いて必死に笑いをこらえている。
「レイ様、違うんです、それは……」
「どうだ、アリッサ。……似合うか?俺には少々奇抜な意匠に思えるが、君の見立てなら……」
編み物の聖杯を頭に被り、幸せそうに微笑むレイモンドを前に、アリッサは言葉を失った。
――金色の聖杯が輝いて見えるわ。レイ様が被ると何でも輝いて……。
「……素敵」
大爆笑したジュリアがバンバンとテーブルを叩き、またしてもマリナに注意され、セドリックは自分にも作って欲しいと期待をこめてマリナの手をそっと握ったのだった。
王立学院の食堂にて。
「ふわあああ。何だか疲れが取れないなあ」
「人が集まる場所で欠伸をするな。誰が見ているか分からないんだぞ」
「また王族の威厳がー、とか言うの?欠伸くらいいいの。僕の評判はどんどん上がっているんだから」
セドリックは顎を上げてふふんと笑った。
王太子がキーンジェルンの危機を救ったという噂は、瞬く間に王国全土に広がった。キーンジェルンを知らない国境の町にまで、聖杯争いの祭りや名物のリュンネ草と共に、人々に知れ渡ることとなったのだ。
「解毒をしたのは、コーノック先生とエミリーだろうが」
「町のリュンネ草があったからできたんだよ。運が良かったとしか思えないね」
「ああ、そのことだが……」
レイモンドは飲みかけていた紅茶のカップを置き、顔を近づけて声を潜めた。
「あの毒物の原因が分かった」
「何だったの?誰かの陰謀?」
「俺も最初はそれを疑った。お前が聖杯争いに出ると聞いて、王太子を狙った犯行ではないかと。だが、効果はせいぜい腹が下る程度だ。お前の名誉が多少傷つくかもしれないが、命まで取るものではない。……そこでだ」
ごくり。
「続けて」
王太子は青い瞳を見開いて、声を潜める側近の話に耳を傾けた。
「俺はあの町の周辺の植生と、地質について調べてみた。コーノック先生にもご指導いただいたが、アシュゴア草もメリブ岩も、あの辺りで入手可能だ。可能と言うか、その辺にゴロゴロ転がっていると言っていい」
「つまり……毒になったのは偶然だってこと?コーノック先生は、他にも材料がないと効果が出ないって言っていた気がするよ」
「ドルルグ鳥の巣だ」
「鳥の巣?」
「ドルルグ鳥は一度飲み込んだ草を吐きだして、唾液で巣を作るんだ。うちの者達に調べさせたら、あの泉の周辺にドルルグ鳥の羽根が大量に落ちていた。恐らく、他の動物に巣を狙われ、親鳥が戦ったのだろう。死骸は見つからなかったようだが」
「戦って、巣が落ちた?」
「ああ。これも推測でしかないが、落下した巣はアシュゴア草でできていた可能性が高い。周辺には巣作りに良さそうな植物はそれしかなかった。メリブ岩は泉に落ちれば、自然に水中に溶けだす」
「条件は揃った、ってこと……」
「草も岩も鳥も、あの辺りでは珍しくないなら、今回のようなことは過去にも起こっていたに違いないと思って、俺は歴史を調べた。解毒効果のあるリュンネ草を日常的に食べ始めたのも、過去の事件が発端だった。コーノック先生に訊ねたところ、リュンネ草は生のままが一番効果が高いが、加熱しても若干効果があるらしい。キーンジェルンの人々は、生では食べにくい草を料理に混ぜて食べてきたんだな。理由も分からずに」
溜息をついてセドリックはテーブルに手を伸ばした。
「全部、偶然だったのかぁ」
「何だ?命を狙われたかったのか?」
意地悪い微笑で再従弟をからかうと、王太子は口を尖らせた。
「レイの方はどうだったのさ?結局、誰も聖杯争いの結果を教えてくれないし」
「……秘密だ」
「アレックスもジュリアも、覚えてない、分からないってしか言わないし。町の人も知らないって言うし……」
「コホン。……とにかく、毒物事件は片付いたんだ。これ以上のことはないだろう?」
「前回の祭りの結果といい、聖杯の謎は解けないままか……はあ」
「少しくらい謎があった方が、人々の興味関心を引くというものだ。気になるなら、次の機会に出場すればいい」
トントン、と肩を叩き、王太子の視線を食堂の入口へと促す。
「マリナ!」
弾かれたように顔を上げ、セドリックは大きく手を振った。
◆◆◆
「んー、うまい!」
「ちょっと、ジュリア。それ何本目?」
「分かんない。いいじゃん、早く食べないと悪くなるし」
皆の前に用意されたのは、山盛りになったリュンネ草入りソーセージだった。王太子への感謝の気持ちとして、昨日町の人々が届けたものだ。セドリック一人では食べきれないので、学院の食堂で特別メニューとして提供されている。
「エミリーちゃん、食べないの?」
「……いい。この間、いっぱい食べたから」
「あ……」
キス寸前の妹を思い出し、アリッサはまた顔を赤くした。
「やめてよ。こっちが恥ずかしい」
「ごめんね……。でも、ちょっと羨ましかったな」
「……どこがよ」
エミリーが睨むと、アリッサの視線は反対隣りのレイモンドに固定されていた。
「あの……レイ様?」
「何だ?アリッサ」
「こ、この間の……聖杯は残念でしたね。結果がどうでも、私、レイ様にこれをお渡ししたくて」
「……?」
手渡された包みを開け、何やら黄色い物体を手に取る。
「これは?」
「レイ、いいなあ。帽子じゃないか」
隣のセドリックが腕で小突いた。
「帽子、か……」
「え、あの……」
聖杯のカップ部分を頭に乗せ、レイモンドは「少し小さいな」と呟き、編み目を広げて頭にフィットさせた。聖杯の脚部分が頭頂部に生えた格好になる。
「あ……」
「ぷぷっ、タケ●プターみたい!」
「ジュリア!」
口からソーセージを零しそうになったジュリアが慌てて飲み込む。エミリーが斜め下を向いて必死に笑いをこらえている。
「レイ様、違うんです、それは……」
「どうだ、アリッサ。……似合うか?俺には少々奇抜な意匠に思えるが、君の見立てなら……」
編み物の聖杯を頭に被り、幸せそうに微笑むレイモンドを前に、アリッサは言葉を失った。
――金色の聖杯が輝いて見えるわ。レイ様が被ると何でも輝いて……。
「……素敵」
大爆笑したジュリアがバンバンとテーブルを叩き、またしてもマリナに注意され、セドリックは自分にも作って欲しいと期待をこめてマリナの手をそっと握ったのだった。
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