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閑話 聖杯の行方
聖杯の行方 13
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「水を浄化するため、僕の腹心が聖杯を手に入れます。聖杯に願っても水が元に戻らなかったら……僕が皆さんに安全な水を提供します!」
群衆の前で王太子は堂々と言い放った。普段は頼りない甘えん坊にしか見えないが、こうして国民を前にすると身が引き締まってスイッチが入るのだ。
「おお、王太子様が……我らのために!」
「何とありがたい!」
すぐに大きな歓声があがり、拍手が沸き起こる。セドリックを称賛する声が上がった。町の祭り主催者は、祭りを中止にせざるを得ないと判断し舞台の上から告知した。
「コーノック先生」
「……人違いだ」
――声を変えてもバレバレだっての。
マシューは裏声で返事をしている。
「魔法科のコーノック先生ですよね?」
「……人違いだと言ったが?」
近づいてきたセドリックから顔を隠すように、マシューはローブの袖を上げた。
「エミリーも一緒なんだね。よかった。……泉の水のことで、相談があるんだ」
「汚染されたんでしょ?」
「うん。飲んだ人の話だと、水が薄紫に見えて、辛かったって言っていたよ。何か手がかりにならないかな」
「辛い……?」
眼鏡を取ったマシューが、怪しい帽子を折りたたみながら腕を組んだ。長い指を下唇に当て考える。
「紫で、辛くて、お腹が下る?」
頭の中で魔法薬辞典をパラパラと捲る。紫色になるなんて、山のものが混入したくらいで色まで変わるものだろうか。原因が山の植物や鉱物なら、もっと以前から謎の腹痛は広まっているはずだ。そもそもそんな危険な水が飲み水になる地域に人が住むはずもない。
「お腹が痛いって言っていたけど、下るかどうかは分からないな。腹痛は一時的な物かもしれない。二人には解毒薬を作って欲しい」
エミリーはちらりとマシューを見上げた。考えを整理しているらしく、魔法薬の名前をブツブツと呟いている。
「……水にかけられた魔法による中毒症状なら、解毒薬がなくても『浄化』か『無効化』の魔法で解呪できる。魔法薬を使っているとすれば、色と味から察するにアシュゴア草とメリブ岩からなる薬だ」
「アシュゴア……メリブ岩?大した薬効もないはずよ?」
「その二つは単独では殆ど役に立たないが、とある材料を用いることで結合し、強力な下剤になる。効果が強すぎて、町の魔法薬店では売られていないほどだ。……で、エミリー?先ほどの問いの答えは?」
――リュンネ草の万能薬、ね。
「混ぜ合わせることで効果を発揮する魔法薬を、無効化するんでしょ?」
「正解だ。……流石だな」
マシューの視線は、台の上に置かれた大量のリュンネ草に注がれている。
「町の人々に手伝ってもらえば、すぐにあれを細かくできるね。乳鉢ですりつぶすのかい?」
「すり鉢が足りない。呼びかけをお願いできますか、王太子殿下?」
「任せてください、コーノック先生、エミリー」
セドリックは身を翻して、再び舞台の中央に出て行った。
◆◆◆
「のぅわあああああ!」
ロープに群がる若者達から、頭一つ抜け出したのはレイモンドだった。
「放せ!俺にはどうしてもやらなければならないことがあるんだぁああああ」
「何でも手に入る貴族の坊ちゃんが、欲張るんじゃねえ!この!」
「うぅ!」
叩かれても歯を食いしばって耐えた。自分から手は出すまいと決めていたが、レイモンドの中で何かが吹っ切れた。
「……悪く思うなよ!」
全力でロープの高いところに飛びつき、端を争う男達を蹴り飛ばして上り始めた。
「レイモンドさん、すげえ……」
「何感心してるのよ。私達も続くよ!」
「だ、ダメだ、ジュリア。あんな男の群れに入ったら……ここは俺が行く!必ず取って来るから待っててくれ」
もみくちゃになる姿を見たくないと言い、その場にジュリアを留める。アレックスは雄叫びを上げながら一団に飛び込んでいき、あっという間にレイモンドの次点におさまった。
「レイモンドさん!俺も負けません!」
「その声……アレックスか!?」
崖の上まであと少し。一メートルのところまで来た。上だけを見て上ってきたレイモンドは、怖くて下を見られない。体力に自信があるアレックスが、どんな勢いで上がってきているのか、想像するだけで恐ろしい。
「アリッサに励まされて頑張ってるんですね。俺も、ジュリアの前で、いいところを……」
がしっ。
アレックスの手がレイモンドのスボンのベルトを掴んだ。
「違う、俺は……!放せっ!」
「放しませんっ!」
崖の上に手をかけ、勢いをつけて身体を持ち上げたレイモンドは、アレックスを吊り上げるようにして崖の上に着いた。
「馬鹿、やめろ!危ない」
台の上に輝く聖杯に手を伸ばす。
「放しませんっ!優勝は俺だぁあ!」
ベルトを引っ張るアレックスの手に力が入り、台に向かって屈んだレイモンドのズボンがずり落ちた。神官達や追いすがる一団の前で尻を半分晒したレイモンドは、聖杯を手にしたまま半狂乱でズボンを上げると、
「見るな!今あったことは忘れろぉお!」
と絶叫した。
群衆の前で王太子は堂々と言い放った。普段は頼りない甘えん坊にしか見えないが、こうして国民を前にすると身が引き締まってスイッチが入るのだ。
「おお、王太子様が……我らのために!」
「何とありがたい!」
すぐに大きな歓声があがり、拍手が沸き起こる。セドリックを称賛する声が上がった。町の祭り主催者は、祭りを中止にせざるを得ないと判断し舞台の上から告知した。
「コーノック先生」
「……人違いだ」
――声を変えてもバレバレだっての。
マシューは裏声で返事をしている。
「魔法科のコーノック先生ですよね?」
「……人違いだと言ったが?」
近づいてきたセドリックから顔を隠すように、マシューはローブの袖を上げた。
「エミリーも一緒なんだね。よかった。……泉の水のことで、相談があるんだ」
「汚染されたんでしょ?」
「うん。飲んだ人の話だと、水が薄紫に見えて、辛かったって言っていたよ。何か手がかりにならないかな」
「辛い……?」
眼鏡を取ったマシューが、怪しい帽子を折りたたみながら腕を組んだ。長い指を下唇に当て考える。
「紫で、辛くて、お腹が下る?」
頭の中で魔法薬辞典をパラパラと捲る。紫色になるなんて、山のものが混入したくらいで色まで変わるものだろうか。原因が山の植物や鉱物なら、もっと以前から謎の腹痛は広まっているはずだ。そもそもそんな危険な水が飲み水になる地域に人が住むはずもない。
「お腹が痛いって言っていたけど、下るかどうかは分からないな。腹痛は一時的な物かもしれない。二人には解毒薬を作って欲しい」
エミリーはちらりとマシューを見上げた。考えを整理しているらしく、魔法薬の名前をブツブツと呟いている。
「……水にかけられた魔法による中毒症状なら、解毒薬がなくても『浄化』か『無効化』の魔法で解呪できる。魔法薬を使っているとすれば、色と味から察するにアシュゴア草とメリブ岩からなる薬だ」
「アシュゴア……メリブ岩?大した薬効もないはずよ?」
「その二つは単独では殆ど役に立たないが、とある材料を用いることで結合し、強力な下剤になる。効果が強すぎて、町の魔法薬店では売られていないほどだ。……で、エミリー?先ほどの問いの答えは?」
――リュンネ草の万能薬、ね。
「混ぜ合わせることで効果を発揮する魔法薬を、無効化するんでしょ?」
「正解だ。……流石だな」
マシューの視線は、台の上に置かれた大量のリュンネ草に注がれている。
「町の人々に手伝ってもらえば、すぐにあれを細かくできるね。乳鉢ですりつぶすのかい?」
「すり鉢が足りない。呼びかけをお願いできますか、王太子殿下?」
「任せてください、コーノック先生、エミリー」
セドリックは身を翻して、再び舞台の中央に出て行った。
◆◆◆
「のぅわあああああ!」
ロープに群がる若者達から、頭一つ抜け出したのはレイモンドだった。
「放せ!俺にはどうしてもやらなければならないことがあるんだぁああああ」
「何でも手に入る貴族の坊ちゃんが、欲張るんじゃねえ!この!」
「うぅ!」
叩かれても歯を食いしばって耐えた。自分から手は出すまいと決めていたが、レイモンドの中で何かが吹っ切れた。
「……悪く思うなよ!」
全力でロープの高いところに飛びつき、端を争う男達を蹴り飛ばして上り始めた。
「レイモンドさん、すげえ……」
「何感心してるのよ。私達も続くよ!」
「だ、ダメだ、ジュリア。あんな男の群れに入ったら……ここは俺が行く!必ず取って来るから待っててくれ」
もみくちゃになる姿を見たくないと言い、その場にジュリアを留める。アレックスは雄叫びを上げながら一団に飛び込んでいき、あっという間にレイモンドの次点におさまった。
「レイモンドさん!俺も負けません!」
「その声……アレックスか!?」
崖の上まであと少し。一メートルのところまで来た。上だけを見て上ってきたレイモンドは、怖くて下を見られない。体力に自信があるアレックスが、どんな勢いで上がってきているのか、想像するだけで恐ろしい。
「アリッサに励まされて頑張ってるんですね。俺も、ジュリアの前で、いいところを……」
がしっ。
アレックスの手がレイモンドのスボンのベルトを掴んだ。
「違う、俺は……!放せっ!」
「放しませんっ!」
崖の上に手をかけ、勢いをつけて身体を持ち上げたレイモンドは、アレックスを吊り上げるようにして崖の上に着いた。
「馬鹿、やめろ!危ない」
台の上に輝く聖杯に手を伸ばす。
「放しませんっ!優勝は俺だぁあ!」
ベルトを引っ張るアレックスの手に力が入り、台に向かって屈んだレイモンドのズボンがずり落ちた。神官達や追いすがる一団の前で尻を半分晒したレイモンドは、聖杯を手にしたまま半狂乱でズボンを上げると、
「見るな!今あったことは忘れろぉお!」
と絶叫した。
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