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閑話 聖杯の行方
聖杯の行方 9
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絶句して石像のようになったエミリーから距離を置き、二人の姉は生温かい視線を注いでいた。
「……うわあ」
「二人の世界ね」
「何を話しているのか聞こえないよぉ」
身を乗り出したアリッサの首に後ろからマリナの手が伸びる。顎を上向きにさせられ、椅子に引き戻される。
「痛い、うう、マリナちゃん」
「盗み聞きなんて、野暮なことはしないものよ。それより、レイモンドの応援はいいの?」
「私、ここで待ってるしかできないし、レイ様は何でもできるから、きっと大丈夫だって思うことにしたの。でね、レイ様が聖杯を取れなくても、私が聖杯をプレゼントしようと思って」
アリッサの手元には作りかけのニット帽がある。細い毛糸で編んであり、編み目に全く乱れがない。
「帽子?」
「違うよぉ。ここからこうなって……土台ができたらひっくり返して」
「まあ。ニットの聖杯ね。このきめ細かい編み目、流石はアリッサね」
「うふふ。あのね、軸をどうやって強化するかが悩みどころなの」
「何か芯になるものを入れたらどうかしら」
「土台にもね。結構難しいかも……」
「でも、アリッサは手際がいいからすぐにできるわ。喜んでくれるといいわね」
「うん!」
レイモンドに言わせれば天使の微笑を浮かべるアリッサの背後で、人だかりができているのに気づき、マリナは妹に目くばせした。
「なあに?」
「あれを御覧なさいな。何か行事が始まるみたいよ」
「男の人ばっかり……近づきたくないなあ。力自慢大会とか?」
こういう祭りでは、力比べのイベントが行われることが多い。ハーリオン侯爵領のビルクールでは木箱運び大会、フロードリンではたくさんの荷物を積んだ台車を引くレースがあった。腕相撲大会や穀物の袋を運ぶ大会などはよく耳にするし、キーンジェルンでも同じようなイベントがあってもおかしくはない。
「見に行ってみましょう。……あら?エミリー達は?」
マリナがアリッサの編み物を褒めている間に、エミリーとマシューは忽然と姿を消していた。
「エミリーちゃんが、魔王に連れて行かれちゃった?」
「盛り上がってデートにでも行ったのよ。きっと。マシュー先生は大人なんだから、心配いらないわよ」
「そうかなあ……」
編み物を従僕に預け、アリッサはマリナの後を追って人ごみへ近づいた。
◆◆◆
「違う……私は出ないってば!」
「二人で受け付けに来たってことは、そうなんでしょう?」
「……その通りだ。問題ない」
「ちょ……!」
エミリーの手首を掴むマシューの手に力が入る。一歩後退しようとすれば、足が急に重くなった。逃げられない。
――魔法、使ったわね!
キッ、と隣の男を睨むが、黒髪の魔導士は蕩けた表情でこちらを見ている。余裕がありすぎるあたりが、エミリーの苛立ちを増幅させた。
二人が立っているのは、『ミスター&ミス・キーンジェルン、ベストカップルコンテスト受付』である。一人でエントリーすれば自動的にミスターまたはミス・キーンジェルンコンテストに、二人一緒ならベストカップルコンテストに出ることになる。人だかりを覗き込んだ二人は、偶然とはいえベストカップルコンテストの受付の列に並んでしまったのだ。
「お二人さん、ローブを着てるってことは、魔導士かい?他の組と違うアピールポイントがあるのは有利だよ。それに、ここだけの話、あんたらが一番の美男美女だし、優勝はもらったようなもんだろうよ」
受付の中年男性が周囲を気にしながら小声で言う。自信を深めたマシューは、エミリーの肩を抱き寄せた。
「名前は?」
「俺はマ……」
「マットとエマです。……それと、この眼鏡、つけてもいいですか?」
エミリーはマシューのポケットから工事中カラーの丸眼鏡を取り出した。受付の男がぎょっとして二人を見た。
「え?眼鏡……は別に構わないが、顔が見えなくなるぞ?折角美男美女なのに、もったいない」
「……いいの。手続きは終わり?」
ちらりと視線を上げてマシューを見ると、彼は軽く衝撃を受けたようだった。万が一ベストカップルになって学院関係者に知られてしまったら、職を失って困るのはマシューのほうなのに、陰のある表情(根暗ともいう)をさらに暗くしてしょんぼりしていた。
「時間になったらここに集まってくれ。それまでに身支度をしておくといいよ。……ほら、兄ちゃん、元気だしな!」
バシ!
腕を叩かれ、マシューは青白い顔でふらりと身体を揺らした。
◆◆◆
「最初はミスコンなのね。ありがちだわ」
「マリナちゃん、あれ……!」
手作り感満載のステージの上に、見覚えのあるピンク髪の少女が立っていた。他の町娘より数段可愛いと褒められたのか、笑顔で観客に手を振っている。
「アイリーン?」
「来てたんだ……」
「ゲームにはなかった気がするけど、イベントの一つなのかしら?」
「王太子様もレイ様もアレックス君も来るって分かってたら、イベントじゃなくても追いかけてくるよね。……でも、ミスコン?」
「優勝してセドリック様にお祝いを言ってもらえるとか、レイモンドに一目置かれるとか、そんなことだとは思うけれど。私達の知らない重要フラグが発生しているかもしれないわね」
腕組みして考えていると、ミスコン開始のアナウンスがあった。
「始まるわ。ええと、今年のお題は……『腕相撲』ですって?」
圧倒的に不利だと思われたアイリーンが、体格の良い町娘を相手に連戦連勝を重ねていく。
「はぁあ!」
「うぐうううう!」
歯を食いしばり、鼻を膨らませて力む様子は、とても美少女ヒロインとは思えない。勝利の雄叫びを上げると、会場から割れんばかりの拍手と歓声が響いた。一部からアイリーンコールが起き、ステージの中央に立ったアイリーンは我こそが覇者だと高々と拳を突き上げた。
「すごい……」
今年のミス・キーンジェルンはアイリーンだと、アナウンスが興奮気味に叫び、熱狂の渦に包まれた会場の中心で、アイリーンは高笑いをしている。
「これでいいのかしら?」
疑問を感じずにはいられないマリナが、ステージの袖に目をやると、そこには怪しい帽子を被った工事中カラー眼鏡の魔導士と、同じく先が二股になった怪しい帽子を被り緑とピンクの縞の眼鏡をかけた銀髪の少女がスタンバイしていた。
「え、エミリー!?」
「なんで……」
二人に気づかれたと分かり、エミリーはマシューの後ろに身を隠した。不気味な帽子がはみ出し、ちっとも隠れきれていない。呆気にとられた姉達に、ベストカップルコンテスト開始のアナウンスが聞こえた。
「……うわあ」
「二人の世界ね」
「何を話しているのか聞こえないよぉ」
身を乗り出したアリッサの首に後ろからマリナの手が伸びる。顎を上向きにさせられ、椅子に引き戻される。
「痛い、うう、マリナちゃん」
「盗み聞きなんて、野暮なことはしないものよ。それより、レイモンドの応援はいいの?」
「私、ここで待ってるしかできないし、レイ様は何でもできるから、きっと大丈夫だって思うことにしたの。でね、レイ様が聖杯を取れなくても、私が聖杯をプレゼントしようと思って」
アリッサの手元には作りかけのニット帽がある。細い毛糸で編んであり、編み目に全く乱れがない。
「帽子?」
「違うよぉ。ここからこうなって……土台ができたらひっくり返して」
「まあ。ニットの聖杯ね。このきめ細かい編み目、流石はアリッサね」
「うふふ。あのね、軸をどうやって強化するかが悩みどころなの」
「何か芯になるものを入れたらどうかしら」
「土台にもね。結構難しいかも……」
「でも、アリッサは手際がいいからすぐにできるわ。喜んでくれるといいわね」
「うん!」
レイモンドに言わせれば天使の微笑を浮かべるアリッサの背後で、人だかりができているのに気づき、マリナは妹に目くばせした。
「なあに?」
「あれを御覧なさいな。何か行事が始まるみたいよ」
「男の人ばっかり……近づきたくないなあ。力自慢大会とか?」
こういう祭りでは、力比べのイベントが行われることが多い。ハーリオン侯爵領のビルクールでは木箱運び大会、フロードリンではたくさんの荷物を積んだ台車を引くレースがあった。腕相撲大会や穀物の袋を運ぶ大会などはよく耳にするし、キーンジェルンでも同じようなイベントがあってもおかしくはない。
「見に行ってみましょう。……あら?エミリー達は?」
マリナがアリッサの編み物を褒めている間に、エミリーとマシューは忽然と姿を消していた。
「エミリーちゃんが、魔王に連れて行かれちゃった?」
「盛り上がってデートにでも行ったのよ。きっと。マシュー先生は大人なんだから、心配いらないわよ」
「そうかなあ……」
編み物を従僕に預け、アリッサはマリナの後を追って人ごみへ近づいた。
◆◆◆
「違う……私は出ないってば!」
「二人で受け付けに来たってことは、そうなんでしょう?」
「……その通りだ。問題ない」
「ちょ……!」
エミリーの手首を掴むマシューの手に力が入る。一歩後退しようとすれば、足が急に重くなった。逃げられない。
――魔法、使ったわね!
キッ、と隣の男を睨むが、黒髪の魔導士は蕩けた表情でこちらを見ている。余裕がありすぎるあたりが、エミリーの苛立ちを増幅させた。
二人が立っているのは、『ミスター&ミス・キーンジェルン、ベストカップルコンテスト受付』である。一人でエントリーすれば自動的にミスターまたはミス・キーンジェルンコンテストに、二人一緒ならベストカップルコンテストに出ることになる。人だかりを覗き込んだ二人は、偶然とはいえベストカップルコンテストの受付の列に並んでしまったのだ。
「お二人さん、ローブを着てるってことは、魔導士かい?他の組と違うアピールポイントがあるのは有利だよ。それに、ここだけの話、あんたらが一番の美男美女だし、優勝はもらったようなもんだろうよ」
受付の中年男性が周囲を気にしながら小声で言う。自信を深めたマシューは、エミリーの肩を抱き寄せた。
「名前は?」
「俺はマ……」
「マットとエマです。……それと、この眼鏡、つけてもいいですか?」
エミリーはマシューのポケットから工事中カラーの丸眼鏡を取り出した。受付の男がぎょっとして二人を見た。
「え?眼鏡……は別に構わないが、顔が見えなくなるぞ?折角美男美女なのに、もったいない」
「……いいの。手続きは終わり?」
ちらりと視線を上げてマシューを見ると、彼は軽く衝撃を受けたようだった。万が一ベストカップルになって学院関係者に知られてしまったら、職を失って困るのはマシューのほうなのに、陰のある表情(根暗ともいう)をさらに暗くしてしょんぼりしていた。
「時間になったらここに集まってくれ。それまでに身支度をしておくといいよ。……ほら、兄ちゃん、元気だしな!」
バシ!
腕を叩かれ、マシューは青白い顔でふらりと身体を揺らした。
◆◆◆
「最初はミスコンなのね。ありがちだわ」
「マリナちゃん、あれ……!」
手作り感満載のステージの上に、見覚えのあるピンク髪の少女が立っていた。他の町娘より数段可愛いと褒められたのか、笑顔で観客に手を振っている。
「アイリーン?」
「来てたんだ……」
「ゲームにはなかった気がするけど、イベントの一つなのかしら?」
「王太子様もレイ様もアレックス君も来るって分かってたら、イベントじゃなくても追いかけてくるよね。……でも、ミスコン?」
「優勝してセドリック様にお祝いを言ってもらえるとか、レイモンドに一目置かれるとか、そんなことだとは思うけれど。私達の知らない重要フラグが発生しているかもしれないわね」
腕組みして考えていると、ミスコン開始のアナウンスがあった。
「始まるわ。ええと、今年のお題は……『腕相撲』ですって?」
圧倒的に不利だと思われたアイリーンが、体格の良い町娘を相手に連戦連勝を重ねていく。
「はぁあ!」
「うぐうううう!」
歯を食いしばり、鼻を膨らませて力む様子は、とても美少女ヒロインとは思えない。勝利の雄叫びを上げると、会場から割れんばかりの拍手と歓声が響いた。一部からアイリーンコールが起き、ステージの中央に立ったアイリーンは我こそが覇者だと高々と拳を突き上げた。
「すごい……」
今年のミス・キーンジェルンはアイリーンだと、アナウンスが興奮気味に叫び、熱狂の渦に包まれた会場の中心で、アイリーンは高笑いをしている。
「これでいいのかしら?」
疑問を感じずにはいられないマリナが、ステージの袖に目をやると、そこには怪しい帽子を被った工事中カラー眼鏡の魔導士と、同じく先が二股になった怪しい帽子を被り緑とピンクの縞の眼鏡をかけた銀髪の少女がスタンバイしていた。
「え、エミリー!?」
「なんで……」
二人に気づかれたと分かり、エミリーはマシューの後ろに身を隠した。不気味な帽子がはみ出し、ちっとも隠れきれていない。呆気にとられた姉達に、ベストカップルコンテスト開始のアナウンスが聞こえた。
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