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閑話 聖杯の行方
聖杯の行方 7
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踵が高い靴で上り坂を歩くのは本当につらい。マリナはいつセドリックに言い出そうかとタイミングを計っていた。
「セドリック様」
「ん?なんだい?」
キラーン。
セドリックの周囲にキラキラオーラが発生した。
――ああ、とっても嬉しそうだわ……。
乙女ゲームの中で最も『推しキャラ』である彼を、マリナは客観的に見てしまう。どれだけセドリックの笑顔が素敵だろうが、問題は足が痛いことだった。
「私、もう、歩けません」
「えっ?君が隣に来てから、そんなに歩いていないよね?」
「足元が悪い道を、この靴では……」
――少しは察してよ!
控えめな笑顔を作りつつ、内心キレそうだ。マリナの靴は華美ではないが、山道を上がるには頼りない。セドリックが履いているブーツに比べて、汚れも目立ってきていた。
「そうだね。……ごめんね。僕がもっと早く気づいていれば……」
「いいえ。元はと言えば、この魔法の眼鏡が……」
「そうか!その手があったね!」
セドリックは瞳を輝かせ、屈んで二人の足首をまとめている魔法の輪に触れた。
「お願いだよ、マリナを休ませてあげたいんだ……!」
――話が通じる相手だといいけれど。どうかしら?
そのまま輪を掴み、力いっぱいちぎろうとしている。
「ん、んんんんんーっ!」
「セドリック様、魔法は力では……あら?」
カランカラン。
魔法の輪が無機質な音を立てて転がり、近くの石にぶつかって止まった。
「外れた!!」
「一体、どうやって……」
「僕もよく分からないよ。ただ、何だかとっても力が湧いてきて……」
眼鏡の縁が魔力を帯びて輝いた。マリナは書かれている文字に再度目を留めた。魔法の眼鏡は
――筋力増強!?マシューが籠めた魔力が発動したんだわ。「家内安全」はどうか知らないけれど、自慢しまくっていたから「唯我独尊」、今の「筋力増強」……残るは「弱肉強食」?
手をグーパーさせているセドリックに近づき、マリナはそっと耳打ちした。
「素敵ですわ、セドリック様。先に走って行ったツワモノにも、今なら難なく勝てそうですわね」
にっこり。じっと瞳を見つめて軽く瞬きをした。
「マリナ……うん、僕、頑張って来るよ。ここに君を一人で残していくのは心苦しいけれど」
「私のことならお気になさらず。頑張ってくださいませね?」
白い指先でそっと手を握る。セドリックは頬を染めて幸せそうな笑顔で、
「ありがとう。必ず聖杯を持って帰って来るからね。待っていてね、マリナ!」
と告げて、マリナの手の甲に約束のキスを残した。
◆◆◆
「……ひ、ま」
従者が用意した小さなテーブルに肘をつき、エミリーは椅子にぐったりと腰かけていた。
「ごめんね、エミリーちゃん。付き合わせちゃって」
「別に。ジュリアが出るって言って、三人を引きずって来たんだし」
「マリナちゃん、いきなり消えちゃったね」
「あ、あれは多分……眼鏡の魔法。マリナが包まれた光にマシューの魔力の気配がした」
「ええっ?」
いちいち大袈裟に驚く姉に、エミリーは説明するのも面倒臭くなった。
「あそこで売ってる眼鏡、マシューが魔力を入れるバイトしてるの。私も手伝った」
「じゃあ……買えば皆効果があるんだね」
「効果は何が出るかお楽しみ。ま、眼鏡の文字に引きずられる要素が大きいみたい」
「文字……あ……」
アリッサは両頬に手を当て、顔を青ざめさせている。エミリーは知らないふりをすることにした。
「どうしよう……レイ様の……」
眼鏡に度が入っていることだけを重視して買った結果、レイモンドの眼鏡には碌な効果がないのだ。
「ダメだと思ったら、自分で眼鏡を壊してでも帰ってくるでしょ」
「レイ様、困ってると思うの」
「かもね」
「エミリーちゃん、レイ様のところまで私を連れて行ってくれない?」
「困ってる人間に足手まといを送りつけるほど、私、嗜虐趣味じゃないの」
「……酷い」
口を尖らせて俯き、アリッサは街の景色に何気なく視線を向けた。
「……」
「エミリーちゃん、エミリーちゃん!」
小声にしているつもりが、焦って甲高くなっている。エミリーのローブをぎゅうぎゅうと引っ張る。
「やめて」
「ねえ、あれ、見て!」
「……はいはい」
「見てよ、ねえ!」
後ろから手で頬を挟まれ、エミリーは顔を向けさせられた。
「ちょ」
「あれ、黒いの……そうだよね?」
――気づいていたけど、気づきたくなかった……。
エミリーは大きく溜息をついて、テーブルに倒れ込んだ。従者が体調が悪いのかと心配するくらいだ。
「……知ってる。魔力がビシビシ来てたし」
「気づいてたんだね」
「私がいることを気づかれたくない。アリッサ、隠して」
「ぇえ?いいの?挨拶しなくて」
「……いい。っていうか、他人のふりがしたい!」
マシュー・コーノックはいつもの黒いローブを着ていた。時折裾から覗く足を見れば、授業がある日の服装と同じだ。しかし、問題は他のところにあった。
――何なのよ、あのセンス!
聖杯争いの出場者の大多数がかけている派手な色の眼鏡は、黄色と黒の工事中カラーだった。これぞ『ザ・魔法使い』という、先が尖った形の帽子は、高身長の彼の背丈の半分ほどの長さがあり、それだけでも見た目は身長が一・五倍だ。当然、人ごみの中でも悪目立ちしている。首に巻いたマフラーはワインカラーに近い赤で、水色の鱗のような模様がついている。腕には数多くの腕輪をはめ、自信満々の表情で颯爽と歩いている。魔力を制御しつつ増幅させる効果があるに違いない。強いミントの香りがエミリー達のいるところまで漂ってきているが、だだ漏れの魔力気づいているのはエミリーだけだ。
「鼻歌、歌ってるね……」
「鼻歌のレベルを超えてるわ」
「何で来たのかなあ?」
「……聖杯を取る気でしょうよ」
「まさか!スタートはずっと前に……あ」
怪しい帽子の男は、スタート地点に近づく前に警備の男達に呼び止められていた。帽子を取られ、過剰な魔法装備を注意されている。
「……やっぱりか」
「あの眼鏡、何の効果があったんだろうねえ。きっとすっごいんだよ」
「……アリッサ、騒がないで。気づかれる」
エミリーの忠告も空しく、外出にうきうきしている姉の不注意で騒ぎ立ててしまい、マシューは二人に気づいて手を挙げた。侯爵令嬢と知り合いだと分かると、不審者マシューは警備の手から逃れられた。
「セドリック様」
「ん?なんだい?」
キラーン。
セドリックの周囲にキラキラオーラが発生した。
――ああ、とっても嬉しそうだわ……。
乙女ゲームの中で最も『推しキャラ』である彼を、マリナは客観的に見てしまう。どれだけセドリックの笑顔が素敵だろうが、問題は足が痛いことだった。
「私、もう、歩けません」
「えっ?君が隣に来てから、そんなに歩いていないよね?」
「足元が悪い道を、この靴では……」
――少しは察してよ!
控えめな笑顔を作りつつ、内心キレそうだ。マリナの靴は華美ではないが、山道を上がるには頼りない。セドリックが履いているブーツに比べて、汚れも目立ってきていた。
「そうだね。……ごめんね。僕がもっと早く気づいていれば……」
「いいえ。元はと言えば、この魔法の眼鏡が……」
「そうか!その手があったね!」
セドリックは瞳を輝かせ、屈んで二人の足首をまとめている魔法の輪に触れた。
「お願いだよ、マリナを休ませてあげたいんだ……!」
――話が通じる相手だといいけれど。どうかしら?
そのまま輪を掴み、力いっぱいちぎろうとしている。
「ん、んんんんんーっ!」
「セドリック様、魔法は力では……あら?」
カランカラン。
魔法の輪が無機質な音を立てて転がり、近くの石にぶつかって止まった。
「外れた!!」
「一体、どうやって……」
「僕もよく分からないよ。ただ、何だかとっても力が湧いてきて……」
眼鏡の縁が魔力を帯びて輝いた。マリナは書かれている文字に再度目を留めた。魔法の眼鏡は
――筋力増強!?マシューが籠めた魔力が発動したんだわ。「家内安全」はどうか知らないけれど、自慢しまくっていたから「唯我独尊」、今の「筋力増強」……残るは「弱肉強食」?
手をグーパーさせているセドリックに近づき、マリナはそっと耳打ちした。
「素敵ですわ、セドリック様。先に走って行ったツワモノにも、今なら難なく勝てそうですわね」
にっこり。じっと瞳を見つめて軽く瞬きをした。
「マリナ……うん、僕、頑張って来るよ。ここに君を一人で残していくのは心苦しいけれど」
「私のことならお気になさらず。頑張ってくださいませね?」
白い指先でそっと手を握る。セドリックは頬を染めて幸せそうな笑顔で、
「ありがとう。必ず聖杯を持って帰って来るからね。待っていてね、マリナ!」
と告げて、マリナの手の甲に約束のキスを残した。
◆◆◆
「……ひ、ま」
従者が用意した小さなテーブルに肘をつき、エミリーは椅子にぐったりと腰かけていた。
「ごめんね、エミリーちゃん。付き合わせちゃって」
「別に。ジュリアが出るって言って、三人を引きずって来たんだし」
「マリナちゃん、いきなり消えちゃったね」
「あ、あれは多分……眼鏡の魔法。マリナが包まれた光にマシューの魔力の気配がした」
「ええっ?」
いちいち大袈裟に驚く姉に、エミリーは説明するのも面倒臭くなった。
「あそこで売ってる眼鏡、マシューが魔力を入れるバイトしてるの。私も手伝った」
「じゃあ……買えば皆効果があるんだね」
「効果は何が出るかお楽しみ。ま、眼鏡の文字に引きずられる要素が大きいみたい」
「文字……あ……」
アリッサは両頬に手を当て、顔を青ざめさせている。エミリーは知らないふりをすることにした。
「どうしよう……レイ様の……」
眼鏡に度が入っていることだけを重視して買った結果、レイモンドの眼鏡には碌な効果がないのだ。
「ダメだと思ったら、自分で眼鏡を壊してでも帰ってくるでしょ」
「レイ様、困ってると思うの」
「かもね」
「エミリーちゃん、レイ様のところまで私を連れて行ってくれない?」
「困ってる人間に足手まといを送りつけるほど、私、嗜虐趣味じゃないの」
「……酷い」
口を尖らせて俯き、アリッサは街の景色に何気なく視線を向けた。
「……」
「エミリーちゃん、エミリーちゃん!」
小声にしているつもりが、焦って甲高くなっている。エミリーのローブをぎゅうぎゅうと引っ張る。
「やめて」
「ねえ、あれ、見て!」
「……はいはい」
「見てよ、ねえ!」
後ろから手で頬を挟まれ、エミリーは顔を向けさせられた。
「ちょ」
「あれ、黒いの……そうだよね?」
――気づいていたけど、気づきたくなかった……。
エミリーは大きく溜息をついて、テーブルに倒れ込んだ。従者が体調が悪いのかと心配するくらいだ。
「……知ってる。魔力がビシビシ来てたし」
「気づいてたんだね」
「私がいることを気づかれたくない。アリッサ、隠して」
「ぇえ?いいの?挨拶しなくて」
「……いい。っていうか、他人のふりがしたい!」
マシュー・コーノックはいつもの黒いローブを着ていた。時折裾から覗く足を見れば、授業がある日の服装と同じだ。しかし、問題は他のところにあった。
――何なのよ、あのセンス!
聖杯争いの出場者の大多数がかけている派手な色の眼鏡は、黄色と黒の工事中カラーだった。これぞ『ザ・魔法使い』という、先が尖った形の帽子は、高身長の彼の背丈の半分ほどの長さがあり、それだけでも見た目は身長が一・五倍だ。当然、人ごみの中でも悪目立ちしている。首に巻いたマフラーはワインカラーに近い赤で、水色の鱗のような模様がついている。腕には数多くの腕輪をはめ、自信満々の表情で颯爽と歩いている。魔力を制御しつつ増幅させる効果があるに違いない。強いミントの香りがエミリー達のいるところまで漂ってきているが、だだ漏れの魔力気づいているのはエミリーだけだ。
「鼻歌、歌ってるね……」
「鼻歌のレベルを超えてるわ」
「何で来たのかなあ?」
「……聖杯を取る気でしょうよ」
「まさか!スタートはずっと前に……あ」
怪しい帽子の男は、スタート地点に近づく前に警備の男達に呼び止められていた。帽子を取られ、過剰な魔法装備を注意されている。
「……やっぱりか」
「あの眼鏡、何の効果があったんだろうねえ。きっとすっごいんだよ」
「……アリッサ、騒がないで。気づかれる」
エミリーの忠告も空しく、外出にうきうきしている姉の不注意で騒ぎ立ててしまい、マシューは二人に気づいて手を挙げた。侯爵令嬢と知り合いだと分かると、不審者マシューは警備の手から逃れられた。
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