上 下
663 / 794
学院編 14

491 悪役令嬢は作戦に疑念を抱く

しおりを挟む
マリナとクリスが王都の邸宅に着いたとき、二人は邸内の異様な雰囲気に怯えた。
「姉様……」
クリスの小さな手がぎゅっとマリナのスカートを掴んだ。大きな紫色の瞳が潤んでいる。
「大丈夫よ、クリス。いつもより少し、暗いだけだから」
魔法の転移先にしたのは、障害物がない玄関ホールだ。天井からシャンデリアが下がり華やかな雰囲気だったはずだが、夜とはいえあまりに暗い。
「マリナ様!クリス様!」
声がした方を向くと、暗闇に包まれた廊下から誰かが走ってくる。リリーが手に光魔法球のランプを持ち、二人に向かって頭を下げた。
「リリー。これはどうしたことなの?」
「ご不便をおかけして申し訳ございません。実は、光魔法球の買い置きが不足しておりまして。普段使わない場所は、魔法球の数を減らそうと……」
「まあ……」
マリナは絶句した。領地からの収入が減り、邸の管理の人員も減っていることは承知していたが、そこまでとは思っていなかった。
「掃除は昼の明るいうちに済ませておりますから。……その、こう申しては何なのですけれど、旦那様と奥様がいらっしゃらない今、お邸を訪ねて来られるお客様も殆ど……」
「ええ。来るのは私達の友達くらいなものね」
四姉妹には友達と呼べる友達がいない。レイモンドやアレックスも、ハーリオン侯爵家へ出入りしないように釘を刺されている。侍女の前で精一杯見栄を張り、マリナは虚しい気持ちになった。

   ◆◆◆

リリーに促されて父の書斎に入り、眠そうなクリスを乳母に託した。待っていた執事のジョンが暗い顔で出迎え、用意していた書類を手渡すと、マリナは無言で読み始めた。
「そう……」
「いかがいたしましょうか」
領地の収支報告書を捲り、一ページ進むたびに溜息をつく。執事のジョンは目尻の皺を深くして、当主代理を心配そうに見つめた。
「どこも赤字経営だったというわけね」
「はい。既に王家直轄領になっているコレルダードとフロードリンは、領地からの収益が殆どないようですね」
「フロードリンは、あの大規模な工場への投資が原因でしょうね。コレルダードは……思い当たらないのだけれど?」
「治安の悪化で領民が他に流れたと聞いております。高い年貢を課したのも一因です。先祖代々の農地を手放して、別の土地へ移った者も多いとか。年貢を納める者が減れば、余計に負担が重くなります」
「完全に悪循環ね」
「はい。ですが、集めた年貢がどこに消えたのか……」
「侯爵家への報告はこのとおりですものね。誰かが中間搾取しているとしか考えられないわ。フロードリンのように、お父様の代理人を名乗る人物が私腹を肥やしているのかしら」
「お邸の周辺を巡回している騎士に聞いた話ですが、騎士団が調査を進めているものの、なかなか真相が明らかにならないようです。コレルダードにいたならず者達を問い詰めても、曖昧な情報ばかりで黒幕にはたどり着けない。捕まえたのは下っ端ばかりで話にならないと」
「ジュリアが戦った相手も、下っ端だったみたいね」
「それで、本来は街の治安維持や美化、川の治水工事に使われるはずだった資金が消えて、それらが置き去りになっているのです」
テーブルの上の手紙を見つめ、マリナはまた溜息をついた。王宮からの書状には、領主としてハーリオン家が負担すべき分について、細やかに書かれてあった。直轄領となる前から壊れていた橋の架け替えや、転移魔法陣を設置している建物の修繕は、ハーリオン家の負担で行うとある。つまり、これは立替払いの請求書だった。
「はあ……まるで言いがかりね。王家のなさりようはあんまりだわ。確かに、お父様には領地を管理する責任があったけれど……」
「私もそう思います。王立図書館に参りまして、過去に領地を王家直轄領として召し上げられた例を調べたところ、ここまで厳しい処分が下った例はございませんでした。古い時代の話になりますが、王太子の暗殺を企てた貴族でさえ、その縁者に管理費用を払わせたとは書かれておりませんでした。陛下はハーリオン侯爵家に対して、とりわけ厳しい処分をなされたのではないかと存じます」
手元の数字に目を走らせ、マリナはふとジュリアの話を思い出した。レイモンドの話では、彼のオードファン公爵家とアレックスのヴィルソード侯爵家は、故意にハーリオン家から遠ざかるようにしているのだという。息子と娘を婚約させて親しくしている王家・オードファン家・ヴィルソード家が距離を置き、ハーリオン侯爵家を孤立させる作戦なのだ。
――これも、うちを孤立させる作戦の一つかしら?
それにしては、請求額が大きすぎる。邸の明かりを節約したくらいでは、どうにも埋め合わせができない金額だ。
「期日までに、王家に納めることとあるわ。ジョンが私を呼んだということは、払うお金がない……そうなのね?」
「はい。私が存じております侯爵様の財産……金貨では支払えません」
「宝石やドレスを換金しても?」
「お嬢様方の古いドレスは、既に売り払ってしまいました。亡き大奥様が集められた絵画や、先代様の陶器のコレクションも、引き取り手があるものは全て……」
「そうだったわね。フロードリンの領民に食料を送り、残りはお邸を辞めていく皆に手当として渡したのだったわ」
祖父母が誇るコレクションは、マニアックすぎてあまりお金にならなかったのである。祖母が「きっと有名になるから」と集めた新進気鋭の画家の絵は二束三文で買い取られ、祖父が「高名な職人のものに違いない」と古物商から買い取った壺や皿は大半がよくできた偽物だった。ジョンから報告を受け、落胆したのを鮮明に思い出した。
「マリナお嬢様?」
「ごめんなさい。少しぼうっとしていたわ」
「このような折にお話しするのは気が引けるのですが……私に少々心当たりがございます」
「本当に?」
瞳を輝かせて見つめるマリナを前に、ジョンは口元の髭を撫でて唇を噛んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...