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学院編 14

489 悪役令嬢は捜査員を獲得する

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「……というわけでぇえ、無事!アリッサを連れて帰還したでござる!」
「ジュリアちゃん、キャラがおかしくなってるよぉ」
何もしていないのに自信満々のジュリアと、本来の役目を果たせたかどうか自信がないアリッサは、正反対の表情で椅子に座った。
「話し合いはうまくいったようね」
「そ。あの先輩、無表情なロボットかと思ってたら、意外ところころ表情が変わるんだね」
「まあ。そうなの?」
「マリナちゃんは……見たことなかったかなあ?」
「でさ。アリッサに一目惚れしてたんじゃない?ってつっこんだら、慌てふためいてたよ。違うって言ってたくせに、真っ赤になって」
「悪趣味ねえ」
マリナは楽しげに報告を聞いている。ジュリアの悪い癖で、少し話を誇張するところがあるが、大筋で合っているのだろう。アリッサは何も言わない。
「あのね。先輩はベイルズ商会を何とかしてくれるって言ってくれたの。準男爵のお父様をどう説得するつもりか分からないけれど、禁輸品を取り扱うのをやめてくれるみたい」
「そうなの?んなこと言ってたかなあ?」
「任せろって言っていたもん。きっと……」
胸の前で両手で拳を作り、アリッサは頬を膨らませた。
「そうね。いい方に考えましょう。様子を見て、……通商組合にも水面下で動いてもらうわ。マクシミリアン先輩だけでは、ベイルズ商会を動かせないでしょうし。そうだわ」
手を挙げて、アルカイックスマイルを浮かべてエイブラハムを見る。
「……俺ですか?」
「あなた以外に誰がいるかしら」
「俺、一応、オードファン家の執事なんで。レイモンド坊ちゃんの指示でここに来ただけで」
「あなた、ベイルズ商会に潜りこめない?」
「は?潜入捜査、ですか?」
ジュリアとアリッサの視線が集中し、エイブラハムはやれやれと頭を掻いた。
「すげえ……潜入捜査、かっこいいな」
アレックスが瞳を輝かせて、崇拝するような視線を送る。
「アレックスは目立つから無理だよ?」
「ええ?俺もやりたかったのに!」
容姿が目立つことは勿論、言動も悪目立ちするのが目に見えている。マリナは妹が何とか止めてくれることを期待した。
「マクシミリアン先輩とは、時々連絡を取り合いましょう。ベイルズ準男爵に動きを察知されたら厄介だもの。あなたが間に入ってくれたら安心よ、エイブラハム」
「はいはい。分かりましたよ。……この貸しは高くつきますよ?」
「あら。将来あなたがオードファン公爵家の執事頭になったときに、公爵夫人になっているのは誰かしらね?」
立ち上がって腰に手を当て、マリナはふふんと鼻で笑い、軽く仰け反った。
「マリナちゃん……」
「未来の公爵夫人の信頼を勝ち取りなさい。それが出世の近道よ!」
びし!
美しく白い指先をエイブラハムの鼻先に突き付ける。やる気が見えない適当執事は、未来の王妃が放つオーラに圧倒されて肩を竦めた。

   ◆◆◆

王宮の一室。王太子の私室からは遠く離れた資料室に、黒いフードつきのローブを被った人影が滑り込む。
「……遅いぞ」
部屋の奥から押し殺した声がする。
「ごめん。隠し通路を通って来たんだけど、久しぶりだから迷っちゃって」
「大丈夫か?いざという時に使えないようでは困るぞ?」
フードを下ろし、セドリックは仁王立ちで待っていた再従兄を見た。寒い資料室にしばらくいたらしく、唇の色が紫になっている。
「寒かったよね。僕が遅くなったから……」
ぎゅ。
「ぉうわっ!いきなり抱きつくな!」
「体温で温まって欲しいなって」
「だからって抱きつかなくてもいいだろう?……と」
首に絡まった王太子の腕を解き、レイモンドは彼を丸椅子に座らせた。
「アイリーン・シェリンズ。あの女のところに、舞踏会用のドレスが納品された。見張らせているうちの者達が、納入業者の後をつけたが……」
「ちょっと待って。ドレスって……確か、母上が。王宮で用意してもいいって連絡したはずだよね?」
「ああ。王妃様はアイリーンをよく思っていらっしゃらないが、あまり粗末なドレスでは、ダンスを踊るお前の品格が下がるからと、それなりのドレスを作らせようとお考えになったようだな。だが、シェリンズ家はこともあろうに王妃様のお心遣いを断ってきたとか」
「そうなの!?」
「信じられないだろう?俺も耳を疑った」
「母上はセンスが悪い方ではないし、むしろ、自分は『おしゃれ番長』だって名乗っているくらいで」
「何だ、それは?」
「分からないよ。特別な日の装いを絵に描かせて、王都で売っている新聞に連載しているんだよ」
「ああ……あれは王妃様が自らなさっていたとは……」
レイモンドは絶句した。自分のドレスの自慢ではないか。貴族達に褒められるだけでは足りないのだろうか。
「流行を作り出すのは自分なんだって。まあ、そうだよね。……で、アイリーンはどうやってドレスを準備したの?僕の……王太子の相手を務める令嬢は、王室御用達の店のものしか着てはならないって暗黙の掟があるんだよ。布地も縫製も一級品の、あの店のドレスを男爵家が用意するなんて、無理じゃないか」
「だが、ドレスを届けた者は、確かにその店の店員だった。我が家でもその店員が配達に来たことがあって、何人もの使用人が顔を覚えていたんだ」
「うーん。男爵家が財産を持っているって話は聞いたことがないよ?」
「元々狭い領地を切り売りしたという話もない。……誰か、アイリーンに援助している者がいると考えて、俺はドレスの代金の支払いがどうなっているのか調べさせた」
「お店の秘密にしている情報だよ?訊いても教えてくれないよ?」
レイモンドはフッと笑った。
「大口顧客はグランディア王家だけだとでも思っているのか?」
「あ……!」
「我が母上は地味だが質の良いドレスを気に入っていてな。父上は月に何枚も新しいドレスを仕立てさせているんだ。勿論、俺がアリッサに贈ったドレスもあの店のものだし、アイリーンの情報を寄越さなければ、ハーリオン家もドレスの注文をやめるだろうと脅しておいた」
実際、ハーリオン家ではしばらくドレスを注文できる状態ではない。邸の維持と使用人の手当もままならないのだ。裏の事情は隠し、レイモンドは店に圧力をかけたのである。
「ホント、レイを敵に回したくないね」
「アイリーン・シェリンズを援助という名目で囲っている男がいるのではないか、と言ったら、そんな娘が王太子殿下とダンスを踊るなんてとんでもないと、店主は立腹してすぐに教えてくれた。近日中にシェリンズ家のドレス代金を持参するとの手紙が届いていた」
「差出人は?」
「用心深いのか、書いていなかったそうだ。ただ、翌日、店の周りで見張っていた従僕が、代金を持ってきた執事風の男を見つけた。支払いを済ませて店から出たところで、故意にぶつかって……」
「うわあ。それで、それで?」
「怪我をさせて申し訳ないから、馬車で送ると提案した」
「怪我をさせたの?」
「かすり傷だがな。だが、すぐにその執事を馬車が連れ去ったそうだ」
「馬車……?紋章は見たの?」
「紋章はなかった。しかし、馬車の金属の部分に錆が多く、車体が古びていないのに奇妙な感じがしたと言っていた。恐らく錆が発生しやすい環境で使われている馬車なのだろう」
「どこで?……あ、もしかして……」
セドリックは壁に貼られた『グランディア王国全図』を見つめた。
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