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閑話 王子様はお菓子泥棒

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【時期を逸したハロウィーンネタです】

「さあ、いよいよだな!ふはははははは!」
グランディア王立学院男子寮の、特別室に高笑いが響いた。
豪快にドアを開け、まだ半分目を閉じている王太子の寝室までずかずかと入り込むと、自称・次期宰相のレイモンド・オードファンは容赦なくセドリックの布団を剥がした。
「さ、寒いよ!」
「いつまで寝ている?今日は決戦の日だろう?」
「けっせん……?」
眠い瞳を擦り、ひとつ大あくびをして、セドリックはハイテンションな再従兄を眺めた。いつもと変わらず隙のない制服の着こなしである。
「デドノアの祝祭ではないか。お菓子を奪って悪戯をする、悪名高い神の」
「そうだっけ?」
「違うのか?我が家では、母上がケーキを作り、父上と俺が悪戯をしかけたが」
「それは違うんじゃないかなあ?お菓子をくれた人には悪戯しないんだよ?」
雷で打たれたように、レイモンドは片手を顔の前に上げて身構えたまま固まった。
「そ、そうなのか……俺は、てっきり……」
がくり。項垂れて、そのまま膝をついて胸に手を当てて天に祈った。
「何てことだ……」
「どうしたの?いつものレイらしくないよ」
「いつもの俺は何だと言うんだ。まあ、確かに。いつもは俺がお前に教える役回りだからな」
「うん。僕が知っていてレイが知らないことなんて、初めてじゃないかな」
王太子セドリックは鬼の首を取ったようににやりと笑い、再従兄の隣に立った。
「ねえ。よかったら僕に話してみてよ。僕にできることなら協力するよ?」

   ◆◆◆

侍女に着替えさせられながら、セドリックは「うーん」と唸った。
「つまり、アリッサは大量にお菓子を作っているんだね?」
「そうだ。俺が頼んだんだ。『君の手作りのお菓子を食べさせてほしい』と」
「お菓子を作ってあげたのに、アリッサは悪戯される……予定だったんだね。レイの中では」
「ああ。悪戯が罰だったとは思わなかったんだ。……家では、父に悪戯されても、母は喜んでいたからな」
「レイの御両親は特別だからねえ」
オードファン公爵は愛妻家で有名である。息子のレイモンドでさえ、見ていると恥ずかしくなるほどのラブラブっぷりを見せつけてくることもある。それが普通だと思って育った彼は、アリッサとのスキンシップをとって当然だろうと考えていたが、どうやらお菓子があるのなら悪戯はできないと気づいた。
「そこでだ。セドリック、頼みがある」
「ん?」
「何となく気づいていると思うが……アリッサが用意した菓子類を全て盗み出してほしい」
「全部!?」
「……そうだ。アリッサの手持ちがなくなれば、俺は彼女に悪戯できる!」
両手でセドリックの手を握り、レイモンドは鼻息も荒く意気込んだ。
「うーん……できるかなあ」
「まずは実践あるのみだ。頼む!」

   ◆◆◆

「ひどい、ひどぉいよ……」
ぐすぐすと泣きじゃくるアリッサの隣で、エミリーが面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。
「いい加減にして」
「だって、だってぇ。ジュリアちゃんが……」
「レイモンドにあげる分だって知らなかったんだもん。試作品は食べていいって言ってたし」
「それは一昨日までだもん!昨日作ったのは、今日レイ様にお渡しするのに」
「だから、ごめんって!」
レイモンドに渡すべく、アリッサは焼き菓子やケーキを複数作っていた。袋とリボンでラッピングができていたマドレーヌ風の焼き菓子を除き、残りをジュリアが食べてしまったのだ。
「レイ様のリクエストだったのに……」
「食べてしまったものは仕方がないでしょう?残っているお菓子で満足してもらえるように考えればいいのよ」
マリナが自信満々に微笑んだ。
「おー。悪い顔」
「ふっ。作戦はもう、ここにできてるわよ」
指先で頭の横をトントンと叩く。もう一方の手は腰に当てている。
「どんなの?」
「教えて、マリナちゃん」
「題して、『私を食べて』大作戦よ」
「……ぶほっ!」
紅茶を啜っていたエミリーが吹き出した。
「マリナ、それ、正気で言ってる?酔っぱらってないよね?」
「む、無理ぃ。は、恥ずかしいよぉ……」
もじもじしたアリッサは両頬を手で包み、エミリーの隣に膝を揃えて座った。

   ◆◆◆

「おはよう!アレックス。実にいい朝だな」
「おぅ、あ、おはようございます……レイモンドさん!?」
スキップして食堂に向かう後姿に挨拶をしながら、アレックスは信じられない光景を二度見した。
「嘘だろ……あのレイモンドさんが?」
両手でゴシゴシと顔を擦り、自分が起きていることを確かめる。
「夢じゃないよな」
ぽん、と肩を叩かれて振り返り様に、指先がアレックスの頬に食い込んだ。
「うわあい、引っかかった」
満面の笑みで得意げだ。王太子セドリックは自分の悪戯が成功したことを純粋に喜んだ。
「アレックス、お菓子は?お菓子をくれないと……」
「殿下……悪戯するまえに訊くんじゃないですか?」
「えっ、そうだったの?悪かったね。次から気をつける」
「別に構いませんよ。……それより、あの、レイモンドさんが」
「うん。レイは張り切ってるよね」
目を細めて頷く。ついでに腕組みをして、自分だけが彼の秘密を知っているとでも言いたげにアレックスに流し目を送った。
「何ですか?」
「聞きたい?」
「いや、うーん。そんなでもないです」
「聞きたいって顔に書いてあるよ。うん、いいよ、特別にアレックスにも教えよう。僕達の仲間に入れてあげるよ」
「えっ?仲間?」
引きずられるように、食堂の上座まで連行される。アレックスは優雅に水を飲んでいるレイモンドと目が合い、嫌な予感に身震いした。
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